氷と霧

第11話 探しもの

 結局、翔が帰ってきたのは夜遅く、キャサリンは彼が叱られているのを見た。


「一人でいるのは危ないって何回も言っているじゃない。どうしていうこと聞いてくれないの?」


 日向の言葉に翔はむっとした顔をする。まるで反抗期の子供のように。


「とにかく、そんなことはもうしないで」


 翔は返事もせずに、部屋へ戻った。日向はため息をついた。捕まえられた男は、最近ペスト化し、居場所がなくなって屋上にいたらしい。彼はフロスト社に送られ、これからどうするか決めるという。


「これから翔が勝手に出ていこうとしたら、みんな止めてね。まあ私も見張るつもりだけど」


 日向は班員たちに頼んだ。


「バカ兄貴。一体何考えてんだろ」


 翔の弟、怜が呆れた顔をして呟いた。




 次の日の晩、キャサリンは夜中2時頃に目覚め、水を飲みに台所へ行った。その途中、ふと仕事部屋を覗くと、日向が机の上に突っ伏して寝ているのを見つけた。キャサリンはそっとそばにあった毛布を持ってきてかけてあげた。

 台所へ行くために階段を降りると、誰かが居間にいるのを見かけた。翔だった。キャサリンは話しかけようか一瞬考えたが、その前に彼の目がこちらを向いた。


「そ、そこで何してるの?」


 キャサリンは恐る恐る尋ねた。そこで彼が仕事着を着ていることに気がつく。


「何も」


 答えはそっけなかった。


「でもどっか行こうとしてるよね?」


「だから?」


「だ、だめだよ。日向さんが怒っちゃう」


「日向が俺に怒るのは、俺のことを心配しているからだろ。でも俺は大丈夫だ。俺には水、大地、火の力があるし、経験もある」


「で、でも……」


「お前、俺がなんのために毎晩外へ出かけるか知ってるか?」


 突然の問いに、キャサリンは戸惑いながらも首を横に振る。


「姉を探すためだ」


「あ、姉……?」


「そうだ、俺には弟の他に姉がいた。篠崎真莉。それが彼女の名だ。俺たちはいつも一緒だった。3人で全部乗り越えてきた。でも二年前、姉さんは行方不明になった。俺が熱を出したとき、薬を買いに行って、そのまま戻ってこなかった」


「そんな……」


 キャサリンは息を飲んだ。自分にも兄がいた。兄弟を失うこと、その気持ちは痛いほどわかる。


「怜は平気そうに見えるが、実は毎日花を摘んで来る。そしてそれを姉さんが好きだった公園の木に供えて祈るのだ。そんな怜を俺はほっとけない。俺だって姉さんに会いたい。でもどうしようもない。そう思っていたとこに、ある情報が入った」


 翔は言葉を続けた。


「ペストを誘拐する組織の情報だ。どうやら数年前から活動していたらしい。ペストをさらって、売るのだ。もしかしたら姉さんはあいつらに捕まえられたかもしれない。

 俺はその時からその組織の奴らや怪しそうな奴らを捕まえ、姉を知ってるかどうか尋ねるようになった。奴らがペストを売るときに使う会場も特定した。それはすでに日向や本部に報告してある。だけどうちの班はいきなりは行動できないし、巻き込むわけにもいかない。あいつらから過去のデータさえ取れれば……姉さんは見つかるかもしれない」


 冷たかった翔の目は、急に寂しがり屋の小さな男の子のような色に変わった。


「だから頼む。見逃してくれ。俺は、姉さんを見つけたい……」


 キャサリンは彼の頼みを拒否することはできなかった。物心つく前に亡くなった自分の兄でさえ、自分にとってはとても大切な存在なのだ。ましてや何年も一緒にいた姉は……


「わ、わかった。でも気をつけてね……」


「ああ、もちろんだ……ありがとう」


 そこで初めて翔が微笑んだ。優しい笑みだった。キャサリンの胸はどきんと鳴った。少年は手をあげて感謝の気持ちを表し、そして出ていった。

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