【第一部 Who Am I?】はじめまして
第9話 諸準備
数日がたった。正式に班員となったキャサリンは、最近までずっと魔法を制御する訓練をしてきた。
肝は感情を抑えることで、アリシアが教えてくれたが、思ったよりも難しかった。無事になんとかコントロールができるようになって、学校でトラブルがないまま過ごすことができたが、とある人種差別発言をした人にキャサリンは激怒してしまい、リーナが抑えてなければ能力が発動するところだったこともあった。
「ごめん……でもおばあちゃんには中央アジアの血が流れていて、だから人種差別とか聞くとどうしても……」
いつもは穏やかなはずのキャサリンがなぜここまで怒ったのか疑問を抱いたリーナに、彼女はそう説明した。
日向たちの隠れ家で過ごすことによって、キャサリンはペストについていろんなことを誤解していたことがわかってきた。
まず初めに、日向が説明していたことだが、ペストは生まれたころからペストではないということだ。日向の班員は全員途中までは能力のない普通の人間として生まれてきたのだが、いずれも途中でペストになってしまったのであった。原因はよくわかっていおらず、隠れ家にいるメンバーの「ペストになったときの年齢」は最年少で6歳、最年長で18歳と全員ばらばらである。
二つ目はペストには5つの能力があることである。水を操ったり、凍らせたりする「水の能力」、炎を吹いたり、光を生み出したりできる「火の能力」、速く飛んだり、風や音を発生させる「風の能力」、強力な再生能力を誇り、植物や鉱石を操ることのできる「大地の能力」、他の全ての能力を通させない、真空状態を作ったり目くらましに使ったりできる最強の防御である「闇の能力」の5つである。
この隠れ家にいるペストたちは「三班」に所属しているらしく、一班と二班もいるが、彼らは別の地域で活動しているという。班員は全員で8人おり、キャサリンは少しずつだが、彼らの性質、性格がわかってきた。
「そういえばキャスって兄弟いるの?」
ある日の夕食、気になったのかリーナ・シュヴァルツがキャサリンに尋ねた。彼女は16歳の、音楽の才能にあふれた朗らかで能天気な少女だ。キャサリンは一瞬食べる行為を止めて、少しうつむく。
「いたよ、昔……」
少女の呟きが過去形だったので、全員が彼女に注目する。
「6歳年上のサミュエルっていうお兄ちゃんがいたんだけど、私が2歳のとき行ったスペイン旅行の帰りに、寝台列車で火災事故を起こして、そのときにみんな死んじゃった」
アリシア・リードは思わず息を呑んだ。彼女は能力が弱いために、主に班員たちの健康管理にまわっていた。彼女は自分が戦闘に役に立たないことを知っていたが、どうしてもみんなの役に立ちたかったため、ここにいることにしている。料理や洗濯などを行うしっかり者である。
「で、その事故がペストが引き起こしたって言われているのよね」
キャサリンは気まずそうにそれに頷いた。そこで金髪に緑色の目をした少年が鼻を鳴らした。
「ふん、どうせまたペストへのネガティブキャンペーンだろ」
彼の名はヴィリアミ・レーティネンという。愛称はヴィル。キャサリンが唯一苦手意識を持ったのがこの人だった。フィンランド出身で、年齢は17。性格は冷たく皮肉屋。しかし、頭が良く、まことにもっともなコメントしかしないので、言い返すこともできない。案外男の子っぽいところがあり、男子たちとよくふざける。能力は大地と水である。
ちなみにキャサリンがアリシアにヴィルが冷たいと文句を言ったとき、赤髪の彼女はなぜか少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、「そんなことない」と言っている。
「まあまあ、すべてがそうとは言えないよ。本当にペストが起こしたものかもしれないし」
そんな親友をなだめる黒髪の少年はクリシュナ・シャルマ。インド出身の17歳の少年で、闇の能力を使う。車での逃亡劇で助けに来てくれたのはこの人である。穏やかで、科学実験好き。博識(特に生物、化学、数学)なので、どんな質問でも答えてくれる。
「
口いっぱい食べ物をほおばったまま話す少年は、
「怜、口に食べ物を入れたまましゃべるな」
呆れて注意したのは怜の兄の
物静かで、食べるのが遅い事以外、キャサリンは彼のことを知らない。案外弟に厳しい。能力は弟と違って、水を一番得意とする。能力を開放したときには茶色い髪が金色に、同じく茶色い瞳がアクアブルー色変わる。
キャサリンがぼんやりと彼を見つめていると、ふと目が合ってしまい、キャサリンは慌てて横を向いた。
それから副班長で24歳のアーベル・エークルンドなる人物がいるが、相当仕事忙しいらしくキャサリンはまだ会っていない。
三班はこのような個性豊かなメンバーで構成されている。そしてもちろん、全員ペストだ。
「今日の見張り当番は私とキャスね!」
食べ終わったあと、当番表を見たリーナが言った。
「え、私……?」
「うん、魔法もだいぶできるようになったし、大丈夫でしょ」
「う……そうかな……」
「ビビってちゃいつまでも金は稼げないぜ」
ヴィルが皿を片付けながら口をはさみ、キャサリンをむっとさせた。
「まあ、初めての仕事には今日がちょうどいいんじゃない? 仕事着を持ってくるね」
日向はキャサリンと2階に登り、彼女に黒い動きやすい服を渡す。
「フードとマスクはちゃんとつけること。これは絶対よ」
「あの……日向さん……」
「なあに?」
「なんで下に着る服は背中が空いているんですか?」
キャサリンはむき出しの自分の背中をさする。
「そりゃあ羽を伸ばすためよ」
日向は何でもないように答えた。
そう、ペストが
「緊急時には上着を脱ぎ捨てて、羽を伸ばして飛んで逃げるのよ」
「そ、それってどうやって……」
「大丈夫、あとで教えるから。ほら、リーナが待ってるよ」
キャサリンは急かされて下に降りた。そして、栗色の髪を持つ彼女と一緒に家をでた。
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