第7話 溶解

 キャサリンは病院の長椅子に座っていた。隣にはあのアパートに住んでいた姉妹が、ぼんやりとした表情でじっとしていた。今はちょうど彼女の父親が治療を受けていて、彼女たちはそれを心配していた。遠くでは日向が眼鏡をかけた茶髪の医者と何かを話している。

 

 ペストを受け入れる病院があったんだ……

 キャサリンはここに来たとき、そう思ったのを思い出す。


 近くには自分の命を救ってくれた少年が、壁に寄りかかって立っていた。今はフードを被っていなかったので、肩までの長さの金髪がなびく様子が見えた。

 キャサリンは立ち上がって、彼にお礼を言いに行った。誰であろうと何かしてもらったときは必ずお礼を言わなければならないと祖母に教えてもらったからだ。


「あ、あの……助けてくれてありがとうございます」


 キャサリンがぎこちなく小さな声で言うと、少年は彼女に宝石のような綺麗な瞳を一瞬向けた。


「別に」


 少年は一言だけそう言った。キャサリンは頷き、長椅子に戻った。やっと彼女はわかってきた。

 ペストは全員がただのテロリストではない、ということを。


「おーい、ショウ!」


 別の二人の少年が向こうから少年の名を呼んだ。姉妹たちが車に乗るのを、能力で手伝ってくれた人たちだ。金髪の少年はそのまま二人に歩いて行き、病院を出て行った。


(ショウ……)


 キャサリンは少年の名を記憶した。


「傷あまり深くないって」


 今度は日向が歩いてきて、姉妹に父の状況を報告した。


「入院すればすぐに治るよ」


 姉妹のうち姉の方はその報告を聞き、ポロポロと涙を流し始めた。


「うちのせいで……パパがこんなことになっちゃった……せめてうちだけがペストだったらよかったのに……そしたらうちが死ぬだけでよかったのに……」


 キャサリンはそれにショックを受けた。彼女はこんなにも思い詰めていたのだ。日向は彼女を慰め、後から来た同僚に彼女たちの世話を託した。


「さ、キャサリン。家に帰ろう。疲れたでしょ?」


 日向は優しい木の色をした瞳を彼女に向け、手を差し出した。何か温かいものが頬にたれた気がした。自分の涙だった。


「キャサリン?」


「ご……ごめんなさい……」


 最初に謝罪の言葉が出た。


「私……なにも知らなかった……」


 最終的に言えたのはそれだけだった。ぼたぼたと目から涙が溢れた。日向は少女の背中をさすった。


「大丈夫、みんな同じ経験をしてる」


 日向は呟いた。キャサリンが落ち着くと、二人はやっと立ち上がって「家」に向かった。

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