第5話 これが現実
「今のは……?」
日向はキャサリンの問いに答えずに、スマホで何かの動作を行った。動き的にどこかにメッセージを送ったようだ。それから彼女はカバンを持って、近くのアパートの裏をまわった。そこには地下倉庫のような扉があった。日向は扉を開けるとキャサリンに降りるよう命じ、そのあと自分も降りた。そこは地下通路だった。
「生き残ってればいいけど……」
日向がぼそっとつぶやいた言葉に、キャサリンは大きな不安を感じた。
廊下には自分たちの歩く足音しか聞こえない。
「ここだ」
日向は上へ続いている階段を見つけ、スマホで位置を確認すると、キャサリンにそこをのぼって扉を開けるよう言った。中は暗闇だった。日向はスマホのライトをオンにして呼びかけた。
「誰かいますか?」
誰かの吐息が聞こえ、かすれた声がした。声をたどると、三人の人間がすみっこでじっとしているのが見えた。一人はキャサリンくらいの少女、二人目は小学生くらいの女の子、その間に中年の男が二人に支えられて座っている。
「グレイさんですね?」
「ああ、グレイだ……」
中年の男性は苦し気な息を吐きながら答えた。
キャサリンは男性の姿を確認するとぎょっとした。男の腹部はタオルを巻いてあったが、それは赤く染まっていた。
「あなた、けがを……!」
日向は彼に駆け寄る。
「あ? ああ……安保野郎どもにちとやられただけだ……それより娘たちを……早く……」
日向は男の腹部を確認した。どうやらそばにいる高校生の子と小学生くらいの子がタオルを巻いてくれたのであろう。日向はカバンを開いていくつか医療道具を取り出した。
「ほかの人たちは?」
「ほとんど逃げたが、数人やられた。今は俺たちしか残ってないだろう。俺はこいつらに逃げるよう言ったんだが、聞かなくて」
男が娘のことをいうと、二人の少女は男の手をぎゅっとつかんだ。離れないとでもいうように。
「愛されてますね」
日向が微笑みながら言うと、男はか弱く笑った。
キャサリンは二人の話を静かに聞いていたが、いったい何のことを話しているのかまったくわからなかった。
それより上からたまに聞こえてくる銃声が気になった。ふと、キャサリンはこの部屋にふたつ布切れに包まれた何かに気が付いて、その少しめくろうとした。少女が止めようとしたが、時はすでに遅く、キャサリンは冷たくなった人の顔を見た。
「っ……死んでる……」
「お母さんとおばあちゃんよ……逃げる時に撃たれた」
年上の少女が答えた。
昨日の自分も一歩間違えたらたらこうなっていたかもしれない……と考えて、キャサリンは思わず震えた。
「だ、誰に撃たれたの?」
「誰って……」
少女は怪訝な目でキャサリンを見る。
「ごめんね、この子ペストになったばっかりで……しかも親をペストに殺されたからなかなか自分が『こちら側』に来てしまったとは認識できないの」
「わたしはペストじゃ……」
言い返すキャサリンに、日向はほらねという目線を少女に投げかけた。
「そういえばあなたたちは両方ペストだったよね?」
姉妹は小さく頷いた。
「え……? あなたたちペストなの?」
「そうだけどなに」
「え……あ、だって……」
「あのさぁ」
年上の少女はイライラしたように首を振った。薄茶色の髪のポニーテイルがバサバサと横に揺れた。
「なんでペストをそう危険視してるわけ?私たちあんたになにもしてないんだけど」
「な、なにもしてないなんて……だっていままでいっぱい事件をおこして……」
「それうちらじゃない。ペストをひとくくりに判断しないで。ペストにはいろんな人がいるの。それ理解できる?」
沈黙が数秒流れた。
「まあ、落ち着いて。今は喧嘩をする場合じゃない。早く行かないと。安保隊はいつでも突入してくる危険がある」
日向は男に肩を貸した。もう一方の肩もすぐに年長の子が支えた。
「大丈夫ですか?」
「あ……ああ。なんとか……もつだろう」
「ゆっくりいきましょう」
床の扉をふたたび開き、5人は降りていく。
四人は先立って歩き、キャサリンはその後ろからトボトボとついていった。
「もうすぐだよ」
外の扉へ着いて、日向はそーっと扉を開けた。
「まず私が先に出るね」
日向は背を屈めて、壁から顔を出し状況を確認した。
「大丈夫よ」
日向はその前に全員にカバンから黒いマスクを渡し、自分は黒いパーカーをきてフードを被り、口元を黒い布で隠した。
「マスクをつけてね。顔がわかったらまずいから。よし、早く行こう」
五人は早く歩き出した。しかし、その途中、大声が聞こえた。
「おい! きたぞ‼︎」
「隠れていた⁈ まずい‼︎ 」
安保隊に気づかれたのだ。日向は飛び出して、その安保隊に向かって手を広げた。
「炎・閃光!」
バチバチと大きな火花が上がり、その隊士は驚いて後ろへ飛び下がった。
「今よ! 早く!」
ふたたび五人は走った。だが、大量の隊士がすぐに安保隊の乗る空飛ぶ車、エアーバイクですぐに彼らを取り囲んだ。
早くも強き危険な”ペスト”は絶体絶命となった。
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