第2話

 翌日、アウロハに連れられて僕は再び区役所へやって来ていた。小さな会議室のようなところに案内され、一番前の席に座らされる。僕の前に立ったアウロハは名刺大のカードを手渡してくれた。

「昨日書いてもらった書類の審査が通ったので、異世界人居留登録証をお渡ししておきますね。ハジメさんの身分証明書になるので、肌身離さず持っておいてください! 持っていない場合逮捕される可能性があります」

 カードは薄い水色の半透明で、名前や種族などが書かれている。いつ撮られたのか顔写真もきちんと載っている。この身分証明書の文字が難なく読めるのは昨日のアウロハの魔法のおかげだろう。

アウロハは杖を振り、空中に大きなスクリーンを出現させた。そこには世界地図が映し出されている。見慣れた地球の世界地図とは全く違うそれに、ここは異世界なのだと再認識させられる。

「さて、それではハジメさんに改めてこの世界についてご説明します」

 張りきった表情をするアウロハのその一言で数時間に及ぶ座学が始まった。

「まずは地理の話をしますね。ここはシメラ魔法帝圏という内陸国です。ほとんどの国民がメセンゼ教という宗教を信仰しています。メセンゼ教は一日に二回、神に祈りをささげる一神教です。宗教については後程詳しくご説明します。そしてここ、メセンゼ騎士団領はメセンゼ教の聖地がある、他の場所とは一線を画す宗教自治区です」

 地図が徐々に拡大され、画面いっぱいにメセンゼ騎士団領が映し出される。周りには海も山もなく、広大な平原が広がっている。聖地と言うだけあって領地の境には天にまで届きそうな高さの塀でぐるりと囲まれている。主に観光や交易で栄えているが、織物や茶葉なども有名だそうだ。

「私たちがいるエドラ区は領地の外れにあるので、比較的静かな町です。田舎だと言う人もいますね」

 自虐ネタなのか、アウロハは大きな口を開けて笑う。しかし僕は世界史と地理の授業を一気に受けているようで、愛想笑いをする余裕すらない。

続けて面積や人口なども説明してくれたが、覚える必要はないだろうなとバッサリ記憶から消去した。自分の住んでいた県や市の面積や人口を知らなくても生きていけたしなぁ。

「さてさて次はとっても大切なお金の話です!」

 目を輝かせるアウロハに対して僕は露骨に嫌な顔をしてしまった。高校生の僕はバイトもしたことがなく、親からのお小遣いが唯一の財産だった。

「異世界人のお金はすべて区役所が管理しています。代金の支払いはすべて先ほどの身分証明書を見せるだけで完了します。身分証の表面を十字になぞると残金が表示されるので適宜確認してくださいね」

 実際にカードの表面で十字を書くと、「マイナス一〇〇〇キール」と表示された。「キール」はこの国の通貨単位で、既にマイナス、つまり借金を背負っているのは昨日の宿泊代があるからだそうだ。

「我々区役所が異世界人のお金を管理しているのは、昨日お話した通り異世界人は突然消えてしまうことがあるからです。消えたあと、宙に浮いた財産はすべてメセンゼ教の収益となります。私たちはその収益を『喜捨』と呼んでいます。神に全財産を捧げられるなんてうらやましいです! 素晴らしいシステムですよね」

 日本人らしく無宗教の僕は、宗教観が違うなぁとにっこりと笑うアウロハを見る。八百万の神々が住む日本から来た僕には住みにくい場所かもしれないと少し不安になった。

 ここからはとても長い話だったので省く。簡単に言うと僕は異世界人なので税金は基本的には免除されるとのことだ。一か月に一回、区役所に免除の申請に行かなきゃいけないのは面倒だが仕方がない。ちなみにこの世界は一か月が二十日、そして一年は十八か月と五日なのだそうだ。免税だと安堵した反面、日本に戻って社会人になったときには色んな税金を払わなきゃいけないんだろうなぁと悲しい未来に思いをはせた。

 そのあとは宗教、聖地、騎士団と話が続いた。紙にすれば相当分厚い資料になるだろう。僕の顔が段々暗くなっていくのに気づいたアウロハは「追い追い覚えてくださいね」と苦笑いをした。

 異世界はもっと剣や魔法が発達していると思っていたが、アウロハが見せる魔法はお役所特化型のものばかりで少しだけ残念だった。魔法というより進化した科学、機械、人工知能のようだ。攻撃魔法もあることはあるが、ドラゴンや魔王もいないらしいこの世界では戦争をするときぐらいにしか使わないとのことだ。ドラゴンや魔王の話をするとアウロハ怯えた顔をする。

「ハジメさんの世界にはそんな怖い生き物がいるんですか? クリテフェル族は魔法も使えないのに?」

 色んな異世界人と接しているであろうアウロハがそんな反応をするということは、意外と地球と似ている世界の方が多いのかもしれない。

 壁にある時計をアウロハがちらりと見遣る。僕は未だに見方がわからない。「もうお昼ですね! ご飯にしましょう!」とアウロハは僕、クリテフェル族向けの料理を提供しているというレストランに連れて行ってくれた。

 アウロハは「昨日は何も食べてないってホテルの人から聞きましたよ! これは私のおごりですから遠慮せずに食べてくださいね!」と肉と野菜を挟んだコッペパンサンドのようなものほおばる。僕は強烈なにおいを放つ香辛料たっぷりのどろどろとしたスープ料理を前に、アウロハにはクリテフェル族にも色々な国や宗教、食生活があることを教えようと思った。

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