思ってたのと違う。

ジュンち

第1話

 僕が目を覚ますと、そこは中世ヨーロッパみたいな町並みだった。レンガで舗装されている道のど真ん中に僕は仰向けになっていた。道行く人々は僕を遠巻きに通り過ぎていく。さっきまで普通に日本で生活していたはずだったのに、どうしてこんなところに……。僕はずきずきと痛む頭を押さえながら立ち上がる。

 そんな僕の目の前に一人の小柄な女性が現れた。金髪のボブに眼鏡姿、スーツ姿だ。急いで来たらしく、肩で息をしている。汗をぬぐいながら笑顔で話し始めたが、外国語のようで全くわからない。僕が困惑していると、女性はボールペンぐらいの長さの杖を取り出し何か呪文のようなものを唱えた。

「こんにちは~! わたくし、区役所の者です~」

 差し出されたカードには「メセンゼ騎士団領 エドラ区役所 異世界転移・転生課 係長 ユラニンベル アウロハ」と書かれていた。

 僕は目をぱちくりさせながらカードと女性を交互に見る。

「あはは! 百点満点のびっくり顔ですね!」

 目の前の女性、アウロハの話では、どうやら僕は「異世界転移・転生」というものをしてしまったらしい。僕がいた世界では「科学」という言葉に値するであろうものは、ここでは「魔術」と呼ばれており、その魔術の失敗などが原因でこちらの世界へ来てしまう生き物が時々いるのだとか。魔術のおかげで、僕はアウロハの言葉やさっきのカードの文字もわかったらしい。この技術、僕の世界にも欲しいな。

 アウロハに区役所へ連れていかれる道中、いろいろな種族とすれ違った。僕が知っていることばを総動員すれば、人間、エルフ、獣人、妖精などだ。あとは僕の語彙力では形容のしようがない。元々この世界に住んでいた種族もいれば、僕のように異世界から何の因果かこちらへ飛ばされてしまった種族もいるということだ。僕がいた世界以外にもいろいろな世界があるんだなと他人事のように眺めていた。

 レンガ造りの建物に入り、そのまま階段で二階へと上がる。窓口の上には「異世界転移・転生課」とプレートがぶら下がっている。

「ただいま戻りました~!」

 アウロハの言葉に課の職員たちが振り返る。僕が窓口に座るなり、職員たちは僕に押しかけ、机越しにわいわいがやがやとおしゃべりを始める。

「おや、今回の少年はクリテフェル族のようだな」

「クリテフェルは久しぶりですね!」

「ねぇねぇ、名前は? 何歳? 職業は?」

「ちょっとちょっと! お役所仕事はもっと毅然としなさいよ!」

 しっしっと他の職員を追い払い、アウロハは僕に一枚の書類を差し出した。

「あなたのいつも使っている字でいいから、まずは名前をここに書いてくれる?」

 初めて使う羽ペンで僕は「山田一」と書いた。あとはアウロハの質問に口頭で答え、その答えをアウロハが書類に書き込んでいった。さらさらと書くその字はもちろん今まで見たこともない文字だった。

「さてさて、あなたが住んでいたニホンというところですが、照会したところ過去に一人こちらへ来ていたようですね」

 空中に浮かぶ半透明のモニターを指でめくりながらアウロハは話す。

「ただ、残念ながら現在はもうニホンへ戻られていると思われます。『思われる』というのは、あなたたち異世界人は現れるのも、消えるのも突然なんですよ。だから私たちはもしあなたが突然消えても元の世界へ戻ったのか、それともまた別の世界へ行ってしまったのかわからないんですよね。もしかしたらこの世界の別の場所へ転移してしまったのかもしれませんし。これは我々の永遠の課題なのですが、そこまでは把握できないんですよ」

 アウロハは話を続ける。僕はただうなずきながら聞くしかなかった。

「そうそう、お伝えが遅れました。我々異世界課はあなたたち異世界人のお世話をするところです。数百年前から異世界人の報告はあったんですが、ほったらかしだったんですよね。でもやはり戸籍も住所もない異世界人は定職にもつけませんし、行く末は物乞いか盗賊か、いずれにしても治安の悪化の一因でした。それなら適切な保護、支援が必要だろうと五十年ほど前に作られたのがこの課です」

 どうやら僕は思い描いていたチートや最強スキルなどとは程遠い現実的な世界へ来てしまったようだ。どうせなら主人公補正があるところがよかったな。そんな第四の壁を突破しそうなことを考えながら話を聞く。どうせ夢オチなんだろうなぁとすら思っていた。

「とりあえず、あなたのことは『ハジメさん』と呼ばせてもらいますね。こちらの世界にはあなた方クリテフェル族、あぁ、クリテフェル族というのはあなたのような種族の呼び名です。あなた方によくあるファミリーネームという概念がありません」

 僕たちク……何とか族は日本人に限らず何人も来たことがあるらしい。アウロハはデータベースを見ながら色々と僕に質問をする。後学のためだそうだ。

 日も傾いたころ、僕はアウロハの案内でホテルへ来ていた。当分はここで過ごせるらしい。宿泊料は八割が税金負担、二割は僕負担という話だった。この歳にして借金ができてしまった。きちんと働くようにということだろうか。僕が思ってた異世界転生と違う。

「夕食はこのホテルのレストランでお召し上がりください。クリテフェル族向けの料理もあります。アレルギーとか無いですか? もしもの時は提携病院もあるのでいつでもホテルの人に声をかけてくださいね! では、私は明日の朝十時にお迎えに来ます。ここ、ロビーで待っていてください。時計、はあなたがいた世界のと同じでしたっけ?」

 アウロハが指さす時計らしきそれは試験管のような長細いガラスの中で銀色の玉がふわふわと上下に動いているものだった。不思議そうに見ている僕に気づいたアウロハは「ホテルの人に朝八時に起こすように言っておきますね」と笑顔を作った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る