第3話
食後、いわゆる職業紹介所へと連れて来られた僕は空中に浮かぶスクリーンをぼんやりとめくる。隣では紹介所の人がいろいろと説明をしてくれる。妖精族らしいその人は、僕が想像していた妖精、つまり手の平ぐらいのサイズではなく、僕より背が高い美男だった。背中には妖精らしく薄透明の羽が生えている。
アウロハは他の仕事があるらしく、一切をこの紹介所の人に任せて市役所へ戻ってしまった。僕もこれが終われば今日はホテルに戻っていいそうだ。
横に座る妖精族のレン(自己紹介はしてくれたが、おおよそ人類には発音不可能な名前だったからレンと呼ばせてもらう)のふわふわとした栗毛色のパーマがかかった髪からは甘い蜜のような香りがする。
異世界人職業紹介担当のレンはプロらしく、クリテフェル族、僕たち地球の人類に適した職業を紹介してくれる。
アルバイトもしたことがない僕はどんな仕事がいいのかすら見当もつかない。どうしようかと右から左にレンの説明を聞き流していた時、ふとアウロハが「以前日本人がこの世界に来たことがある」と言っていたのを思い出した。参考程度にどんな人でどんな仕事をしていたのか尋ねてみた。
レンによると、確かに十年ほど前に日本人女性がこの世界へ来ていて、アウロハの言う通り現在は消息不明だそうだ。名前はツキヨノトキオとのことだ。ファンタジーのヒロインみたいな名前だな。
「当時二十五歳で金融関係の仕事をしていたそうなので、こちらの世界でも似たようなお仕事を紹介しました。とても好かれていて、突然消えてしまったときには職場の人が全員嘆き悲しんだとか」
スクリーンに映し出された月夜野時緒はキリリとした、いかにもキャリアウーマンといったような顔立ちだった。
社会人経験があるなら僕とはまた違った境遇だなと参考にするのはあきらめた。僕が悩みに悩んでいると、レンは職業体験プログラムを薦めてくれた。一週間ずつ色々な職業を体験して、自分に合ったものを見つけるのだとか。いつ消えてしまうかわからない異世界人相手にずいぶん悠長なプログラムだなと思いながらも、一つに絞れない僕はこれに申し込むことにした。
とりあえず明日から一週間はレストランの裏方、皿洗いや残飯処理などに決まった。意外と普通の仕事に、魔法が使えてもこういう仕事ってあるんだと思わずこぼしてしまった。
「もちろん魔法でお皿も洗えます。それでも、これは異世界人救済措置なので」
魔法使いのプライドをいささか傷つけられてしまったのか、レンは渋い顔で僕の言葉に返事をしてくれた。
レンの案内で明日から働くレストランへやって来た。ここはいつも異世界人を受け入れてくれるところらしく、僕でも安心して働けるとレンのお墨付きだった。
木製の扉を開けると体中を香ばしい匂いが包んだ。ちょうどお客さんが少ない時間帯なのか、店内はがらんとしている。
「店長さーん! 先ほど連絡したハジメさんを連れてきましたよー!」
しばらくすると、ドタバタと足音を立てて身長三十センチメートルぐらいの男の子が笑顔で入口へやって来た。
「ようこそケビ・シンバリ亭へー! 体験プログラムらしいけどよろしくなー!」
そうあいさつをする店長の名前はエステラ、小人族はこれでも大人なのだそうだ。僕にとっては子供どころか人形にしか見えない。
席に案内してもらい、面接のようなものが始まる。よいしょよいしょと僕たちサイズに合わせたテーブルによじ登る店長は小動物みたいでかわいい。まさか人生初のアルバイト面接が異世界になるとは思わなかったし、異世界に来てまでこんな面接をすることになるとも思わなかった。勇者とか聖女とかが職業化してる世界のほうが異世界感あるよね。
難なく合格をもらい、明日の朝十時から十八時まで働くことになった。すごい。ちゃんとしたアルバイトだ。
ケビ・シンバリ亭、それはこの世界の人はもちろん、異世界人にも合わせた食事を提供してくれる庶民的なレストランだ。体の大きさに合わせたテーブルが何種類かあるところからも色々な種族が利用していることがわかる。
制服は特にないから私服でいいらしい。と言っても僕は転移して来たときの制服姿のままだった。さすがに制服では働きにくい。かといって服を買うお金もまだないし、ホテルへ連れて行ってくれる道中、レンに相談してみることにした。
「それでしたら、異世界課に行ってみたらどうでしょうか。いなくなってしまった異世界人の古着など保管しているはずですからね」
そう言うとレンは市役所方面に行先を変えた。結局今日はもう一度アウロハにお世話になりそうだ。
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