#2 クライマックス

2021年11月10日。日本シリーズという大舞台への切符をかけたクライマックスシリーズファイナルステージが開幕した。


パ・リーグを制覇した我がバファローズはファーストステージを無傷の1勝1引分で突破した千葉ロッテマリーンズを本拠地京セラドーム大阪で迎え撃つ。


この最終決戦を前にして私はとてつもない緊張と不安に苛まれていた。

2007年にクライマックスシリーズというシステムが導入されて以降、バファローズは本シリーズの出場経験が2度あるが、通算成績はわずか1勝4敗。いずれもファーストステージで本拠地開催のアドバンテージを持つ2位という優位な位置に立ちながら敗退している。


対するマリーンズはシーズン2位以下からの下剋上劇をお家芸としており、11年前の2010年にはリーグ覇者の福岡ソフトバンクホークスを倒し、日本シリーズに出場。勢いそのままに史上初となるリーグ3位から日本一の称号を手にした実績を持つ。その上、今回のファーストステージの2試合をいずれも終盤のビハインドの展開から逆転、同点に追いつくという絵に描いたような強いチームの野球をしており、最高潮のムードを保った状態で大阪に乗り込んできた形だ。


私はこの経験と勢いの差、そしてここ1番で日和って負けることが多かったバファローズの暗黒の歴史を考慮して「ここでロッテに無惨に敗退して日本シリーズを逃してしまうのではないだろうか」とネガティブな気持ちになっていた。それでも時の流れは待ってくれることなどなく、ファイナルステージは幕を開ける。


そして迎えた第1戦。試合は私の心配とは100……いや、334%裏腹の展開となった。

この日の先発は球界の絶対的エース・山本由伸。序盤からピンチを幾度も作るも持ち前の気迫と技術を兼ね備えた圧巻のピッチングを見せ、マリーンズ打線を封じ込める。しかし、バファローズ打線も先発・石川歩の前にT-岡田のタイムリー1点のみと苦戦しており、終盤の逆転劇を終始心配しながら試合を眺めていた。しかし山本にはこの1点だけの援護で十分だった。終わってみれば9回10奪三振無失点完封勝利という神の領域と呼ぶにふさわしいピッチングだった。

この日のヒーローインタビューで山本本人は「もうちょっと援護点があればよかったんですけどね」と冗談混じりにコメントしていた。だが私自身はその言葉に大いに同意できてしまうレベルにこの日の打線が貧弱すぎて翌日以降機能してくれるかどうかが心配すぎる状態で次の第2戦を迎える。


続く試合も田嶋大樹と美馬学の壮絶な投手戦が繰り広げられ、両チームともに5回までスコアボードに0の数字のみが刻まれた所謂たこ焼きみたいなスコアのゲーム展開となった。試合が動いたのは6回裏。2アウトから吉田正尚の強烈な打球を足に直撃され緊急降板となった美馬。その美馬に代わりマウンドに上がった東妻勇輔の初球を4番の杉本裕太郎がレフトスタンドへライナー性のホームランを放ちゲームの均衡を破る。試合はそのままリリーフ陣の好継投で逃げ切り、2試合連続完封勝利で日本シリーズへ王手をかけた。

翌日に京セラドームへの現地観戦予定を控えた私は「もしかして明日日シリ進出の瞬間見れるんちゃうん?!」というワクワクの気持ちで一杯だった。


そして当日、試合開始時刻を少し過ぎた頃に私は席に着き、試合を眺める。

試合が動いたのは3回表。中村奨吾の犠牲フライでマリーンズに先制点を許してしまうと、打線も絶対的バファローズキラーの岩下大輝の前に5回1安打に抑えられ「今日は勝てんか」「このまま勢い止まってズルズル行きそう」とネガティブな気持ちがこみ上げる。


そんなマイナス思考を一掃してくれたのが、前日の試合と同様に6回裏の攻撃。1点ビハインドの1アウトから福田周平がライト方向へのヒットを放ち出塁。ホームランが出れば逆転の場面。続くバッターは宗佑磨。その初球、多くのバファローズファンと大阪紅牛會のメンバーが立っているライトスタンドへと打球は大きな放物線を描くように飛んで行った。私は観戦マナーなど一切気にすることなく席から思い切り立ち上がって狂喜乱舞し、近くにいるバファローズファン同志の観客たちとエアハイタッチをした。テンションのボルテージが最高潮に達し、先ほどまでネガティブになっていた感情も手のひらを返すように「今日でキメるゾ!」とポジティブなものになった。


その後試合は、7回に佐藤都志也のタイムリー、8回に中村奨吾のホームランで再び逆転を許してしまう形となったが、終盤に数多くの逆転劇を見せてきた今年のバファローズを知る私は「まぁなんやかんやで逆転するやろうし、負けても明日か明後日に決めたらええんよ」と楽観視していた。


そして1点ビハインドの9回裏。今回のクライマックスシリーズではシーズン同様延長戦が無く9回打ち切りとなっている。すでに2勝しているバファローズはこの9回の攻撃で最低1点のみの引分で終了し、残り3試合マリーンズが全勝しても、首位バファローズのアドバンテージを含めて3勝3敗1分となり勝ち数が並ぶ。そうなった場合、首位のバファローズが日本シリーズに進出するルールとなっているため、この9回裏に1点でも取ることが出来れば、その時点で日本シリーズへの切符を手にすることになる。


そのイニングの先頭に立つのはT-岡田。マウンドにはマリーンズの守護神・益田直也。


この2人のマッチアップと言って思い返すのは9月30日のZOZOマリンスタジアムでの首位攻防3連戦の3戦目。その3戦で1つでもマリーンズが勝っていれば向こうに優勝マジックが点灯し優勝が絶望的な状況になる。プレッシャーがかかるカードでバファローズは2連勝し、この3戦目も勝ってマジック点灯阻止と行きたかったところだったが、同点の8回裏にレフトの後藤駿太が痛恨のエラーをしてしまい勝ち越しを許してしまう。このまま負けてしまうとズルズル行って優勝を逃してしまうと心配する展開の中で、9回表にこのT-岡田が益田から見事逆転3ランホームランを放ち、マジック点灯を阻止。この1戦をきっかけに勢いをつけたバファローズはそのまま逃げ切ってリーグ制覇を果たした。


今回のクライマックスシリーズでのこの2人の対決も、チームにいい流れを呼び起こす何かが起こりそうだという期待を抱いて眺めていた。その期待に応えるかの如く、4球目。前述のマリンでのホームランと同じくシンカーをライト前に運び、日本シリーズ進出へのランナーが出塁。続くバッターは安達了一。次のバッターは小田裕也だが、ネクストバッターズサークルには(私が座っていた座席からはネクストが見えなかったため気付かなかったが)私の推し選手の一人でもある強打のキャッチャー・頓宮裕真が立っていた。

私を含むほとんどのバファローズファンは安達が送りバントを決めて頓宮がタイムリーを放つという展開を予想していたことだろう。頓宮推しの私自身もそうなる展開を大いに期待していたが、その期待はいい意味で裏切られる。初球バントファールの後、すぐさまヒッティングに切り三遊間を破るヒットを放ちチャンスを大きく広げた。そして次は頓宮が代打で登場するかと思いきや、中嶋聡監督は代打を出すことなく小田をそのまま打席に立たせた。


小田はバッティングに関して期待が持てるバッターではないため、今度は間違いなくバントという策を取り次の紅林が決めると予想していた。我々ファンはもちろんマリーンズのベンチも当然その展開を予想していたはずだ。しかし念には念をということか、マリーンズの内野陣およびコーチがマウンドに集まり確認の話し合いが長時間にわたって行われた。私は心中ではよやれ、はよやれと例のコールをしながら勝負の時を待っていた。


そして迎えた勝負の時。小田は大方の予想通りバントの構えを見せる。益田が初球を投じたその瞬間、小田はすぐさまヒッティングの体制に切り替え来た球を打ち返した。打球はバントに備えて大きく前進守備をしていたファーストの頭を越えてライト線へ転がった。2塁ランナーの山足達也が猛スピードで3塁も回りホームベースへと駆け抜けて同点。マリーンズサイドはもちろん我々ファンの予想さえも大きく覆した中嶋イリュージョンが彩った幕切れにより、バファローズは大舞台への切符を手にした。


私はふと今から2年半前の2019年5月22日に、同じく京セラドームで、同じくマリーンズ相手に、同じく小田が益田からサヨナラタイムリーを放った試合を思い出した。あの日の試合も私は現地で観戦していた。当時の観客の数は通路が快適に通りやすいほど非常に少なかったため、サヨナラ打を放った時はその通路を思わず走り回って喜んだものだ。今は見渡す限りの多くの観客がいて、通路と呼べる通路もないため走り回ることなど不可能だが、この劇的な試合での勝利の喜びはあの日のそれを凌駕するほどの喜びだった。


その後、クライマックスシリーズの優勝セレモニーが執り行われ、選手監督コーチ全員がグラウンドを一周し、ここまで応援してくれた我々ファンに対して感謝の巡回をしたのち、中嶋監督が京セラドームの宙に舞った。現地で胴上げを目の当たりにすることが出来なかったということもあってか、私はこの時やっと正真正銘の優勝の味を実感し、本当にやってくれたんだと感動の涙を流すのであった。


現在バファローズは、皆様ご存じの通り日本シリーズで東京ヤクルトスワローズとの決戦に臨んでいる最中で、現時点で1勝1敗と互角の状況である。1978年の阪急ブレーブス、1995年のオリックス・ブルーウェーブ、2001年の大阪近鉄バファローズ……過去いずれも日本シリーズでヤクルトに敗れ去ったこの3球団の敵討ちの意も込めて、今回こそは日本一の称号を勝ち取ってほしいと私は切に願っている。ただ、それ以上に私自身が第6、7戦のチケットを持っているということもあるので、そこまでもつれる熾烈な接戦を見せて、我々ファンを楽しませてほしい所でもある。どうか神戸行きの予定がにならないよう、本日からの東京3連戦では互いに全力を尽くした野球を期待したい。

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