―第36話― 生還

 「やあ、目が覚めたようだね」


 ルビーが手に持っていた紙のようなものをポケットに入れ、こちらに向かって歩いてくる。


「ああ、あああああ……」

「……こっちにおいで。少し慰めてあげよう」


 ぼろぼろと涙をこぼし、ルビーが差し出した手を掴む。


「よしよし、君は頑張ったさ。これまでだって、本当によくやってきた」


 ルビーの言葉で、なぜか心が落ち着いてきた。


「ほら、そこの椅子に座りなさい。話したいことがある」

「は、はい」




「……君は、あの夢で何を見つけた?」

「……あれは、夢なんかじゃないんですよね」

「どういうことだい?」

「あれは、俺の過去だ。今の今まで忘れていましたが……。ですが、少年の、子供のころの俺の名前を聞いた瞬間に思い出しました」

「……正解だ。俺は確かに、君を“過去”に閉じ込めたんだ。だが、ちゃんと理由がある」

「理由?」


「あの出来事は、幼かった君にはあまりにも衝撃が大きかった。……大きすぎたんだ。だから、記憶が消えた。でもな、そのトラウマは心の奥底に残り続けていたんだ。……その結果、君は無意識的に能力にブレーキをかけるようになったんだ。能力を使った時に眠気が来るようになったのもそれだ。それ以外にも、能力へのリミッターなんかだな。後は、能力について話そうとした時の嫌悪感もそうだ。ジャスミンちゃんに話したときに吐いたのも……」


「ちょっと、何を笑っているんですか!?」

「いや、またあの場面を思い出したらついな……。そして、そういったブレーキを外すには、君がその記憶を受け入れる必要があったんだ。君が追体験をすることでね。本当は、こんな無理矢理はしたくなかったんだけどね。能力を何度も使う中で自然と外せればよかったのだが……。ま、結果としてはこれでよかったわけだ。ハッハッハ!」

「……それで、約束は守ってくれるんですよね?」

「約束?」

「俺を生き返らせてくれるっていう奴ですよ!」


「ああ、もちろんだ。それじゃ、準備はいいかい?」


「ええ、いつでも!」

「それじゃあ、また夢で会おう」


 ルビーが指を鳴らすと、足先から少しづつ透明になっていった。


「じゃあ、頑張って来いよ。リアトリス!!」





「う、うう、リアトリスさん……」


 顔にぽたりと一粒の涙が零れる。

 ここは……、俺の部屋か?


「よ、ツツジ!」

「へ、え、ええ!?」

「ツツジ、今の状況を教えてくれ」

「え……?」


 というか、なんか後頭部が柔らかいような……。

 って、なんで俺は膝枕されてんだ!?


「……えっと、このままツツジの顔を見てるのもいいが、少しだけ立ち上がってもいいか? 背伸びがしたい」

「あ、えっと、ごめん……?」

「よいしょっと!」


 あ、やばい。

 少し動いただけでも関節がボキボキなってる。


「……よし。ツツジ、今の状況について教えてくれ」

「え、えっと、リアトリスさんが死んで、ジャスミンさんと二人で泣いた後に私が膝枕をしてました」

「いや、そっちじゃない。戦況についてだ。というか、なんで膝枕してんだよ」

「あ、戦況のほうですか。結界魔法が使える人たちでリアトリスさんの張った結界を維持しながら、動ける冒険者たちで攻撃を仕掛け、危なくなれば結界内に戻るというのを繰り返しながら、少しずつ戦力を削っています」

「なるほどな……。よし、わかった」


 ……この場面だと、こういうのが正解かな?




「あとは、お兄ちゃんに任せろ」




「!!!??!!!?!?」


 口をパクパクさせて驚いているツツジを放置し、家の外に出る。


「『移動』」






「ジャスミンさん、ポーションを持ってきました!」

「ごめん、飲めないからぶっかけて!」

「あ、はい!」


 うう、結界の維持って苦手なのにな。

 でも、この結界さえあればこの街は守れる。

 それに、リアがこの町のために最期に残してくれたものだ。

 死んでも守らなくちゃ……。


「《解》」


 その瞬間、大きな音を立てながら、結界が崩壊した。


「え、何が起こったの!?」


「はーい、ちょっとそこどいて下さーい」


 気だるげな声とともに、とてつもないプレッシャーがかかる。

 え、今の声って……。


「ほら、そこの聖騎士様! 少し邪魔だからどいて!」


 大急ぎで他の冒険者のところまで走り、彼の正面を開ける。

 淡い期待を抱きつつ……。






 掌印(勘)を組み、口に魔力を集中させる。

 大きく息を吸い、思い切り声を出す。


「《爆》!!」


 魔物どもの中心で、大きな爆発が起こる。

 今の一撃で、七割程度削れただろうな。


「さあ、皆様。サンビル最弱の冒険者の生還ですよ」

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