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「……ノートさんが重要な情報俺に流してくれたんで……まぁ俺もお返しってほどじゃないですけど」
「え?」
「あ、これオフレコで」
「うん?」
告白にも聞こえそうな誘い文句を敢えてスルー。真剣な顔で話題を変えたら、ノートは不思議そうな顔をしながらも一応頷いてくれた。
彼の誠意に応える、とまでは言わないが、全幅の信頼を寄せてくれる相手には相応のものを返したい。そしてノートは間違いなく信頼できる人物だ。
俺が持っている一番のネタといえば――。
「俺……アイと組んだんですよ」
「え?え、えええ、マジ?マジで!?」
ノートは目を丸くして驚いた。ガシッと掴まれた二の腕に彼の指先が食い込む。
「手、痛いんですけど」
「あ、わりー」
パッと離してくれたは良いが、じんわりと痺れる痛みが続いている。どれだけ一気に力を込めたのか。緩く腕を動かして感覚をチェック。よし、大丈夫。
「コラボCD出すことも決まってます。今曲作ってる最中ですよ」
「マジかよー……新曲オンリー?」
「いやCD買ってもらいたいんで、既存と新曲五曲ずつくらいって感じですかね」
「あーね、全部新曲だと買いづらいリスナーも多いか」
「ノートさんみたいに小説と絡めてるんだったら全部新曲でも良いと思いますけど。ただのCDじゃちょっと弱いっすね」
会話しながら互いに食べるペースを速めていく。ノートが頼んだパスタはクリーム系だったから、俺が横目で覗いたときには既に固まりかけていて悲惨だった。トマトソースを選んで正解だったな。
「ていうかフルってこと?やば」
「初コラボだからこそ攻めたいんですよね。フルアルバムってどうしても金額高くなるし、そういう意味ではちょっとリスキーですけど……まぁでもいけるかなって」
「いやー二人とも界隈じゃ有名だし、お前『神』だからいけるっしょ」
「……それ俺のリスナーが勝手に言ってるだけですよ」
俺は苦笑してやんわりとその言葉を否定する。動画のコメント欄ではフユのことをそう呼ぶリスナーがほとんどなのは知っているが、さすがに直接言われたことは数少ない。顔がバレていないことも一つだが、更に大きな理由がある。
「あーそうだ、俺たち『四天王』だったわ」
「その呼び名もどうかと思いますけどね。……なんか有名なゲームに四天王っていませんでした?」
「いたいた。四天王に勝ってオールクリアかと思ったらまさかのラスボス控えてて絶望するやつな」
「あーそれです」
実際のところ、この界隈では俺とノート、そしてあと二人を含めて『四天王』と呼ばれている。俺たちは肯定も否定もしていないが、雑誌やネットニュースで記事にされるときも当たり前のように使われているから不思議だ。いつの間にか勝手に呼ばれていたし、他の三人がコメントを出さないから、俺も沈黙を貫いている。
全て食べ終わりカトラリーを行儀よく皿に置いていたら、タイミング良くホットコーヒーとデザートプレートが運ばれてきた。持ってきたウェイトレスがやけにいい笑顔だった。絶対に誤解をされている。気まずい俺は俯く選択肢しかない。
デザートはカタラーナとピスタチオアイスだった。季節感もあって盛り付けも上品だ。もし俺が女の子だったら、今日は最高のデートだと思うんだろう。なんていっても隣には顔が整っていて服のセンスも良く地頭だっていい、天は二物も三物も与えてんだろってクラスの男がいる。
「で!」
「……はい?」
スプーンでアイスをすくいながら返事をする。一口食べてみたら恥ずかしさで上がった体温を冷ますには丁度いい冷たさだった。甘さも控えめで美味しい。
「フユ、俺ともコラボしよ」
「良いですよ」
「良いのかよ!」
「良いですけど」
今度はカタラーナを食べてみた。パリッとしたカラメルはほろ苦くて良かったが、下のカスタードは思ったよりも甘かった。これは食べ切れないかもしれない。
「ええー絶対断られると思った」
「じゃ断りましょうか?」
アイスで口直しをしながらノートを見ると、彼は肘をついて俺を睨んでいた。もちろんその瞳に敵意はない。
「馬鹿野郎」
ペシリと肩を叩かれる。大袈裟に
「あ、俺たちの方にも曲書いて下さいよ。俺もそっちに曲書くし交換したら面白いんじゃないですか」
「いいねぇそれ。そうしよ。俺たちの曲って真逆っていうか全然違う感じだし、それ最高」
コーヒーはブラックのまま飲むのが俺のお気に入り。この店は深煎りなんだな。甘いスイーツによく合う。
白い陶器のシュガーポットはアンティーク調で、薄ピンクで描かれた花弁が繊細で美しい。何の変哲もない角砂糖が上質な物に思えるほど。
「ノートさんの曲って綺麗ですよね。キラキラしてソーダ水弾ける感じっていうのかな。人生の一瞬をビー玉に仕舞い込む、そんなイメージです。……俺には絶対出せないやつだ」
彼が作る曲には、この世界の全ての『綺麗』が凝縮されている。
額に滲む汗も、頬を伝う涙も、喉奥からの叫びも、苦悩や絶望すらも美しいものであると『肯定』している。
人生は辛いときや苦しいときの方が多いけれど、時間が経てば良い思い出や教訓として振り返ることができたりする。それを人は『成長』と呼び、セピア色の情景を懐古して穏やかな感情に浸れたりもする。
彼にはビー玉と表現したが、トンボ玉か。濁った色味もあれば万人受けする色のコントラストもあり、個性的な模様の掛け合いもある。多少落としても割れない強度はあるが、踏みつければ簡単に壊れてしまう。――正しくガラスのような心。
「……お前がそうやって素直に俺のこと褒めるの珍しいね。まぁ俺もフユの曲は唯一無二だと思ってんだよ。俺には書けそうもない、っていうか書ける気がしねぇ。破壊、欲望、衝動、倫理……お前の世界観どうなってんの?マジで凄いよ。それに曲調だって幅広いしさ、あーそういう意味ではトキと合うかも」
「いやでも俺独学なんで、音楽理論とかほとんど学んでないっすよ」
「別に良いんじゃね?あっち神童だぞ?学ぶどころか全部フィーリングって言ってたし」
「……まぁ本物は理屈じゃないって言いますよね。うん、話してみるのも面白そうっていうか視野が広がる気がするんで、今度紹介して下さいよ」
「おう良いけど。ていうかマジで変わったなぁ。前までのフユなら絶対ふーんの一言で済ましてたろ。これはアイ君のおかげかな」
この人に優しい瞳で見つめられるのは慣れていないから、なんだかむず痒くなってくる。普段は感じない年齢差を、こういうときに思い知らされる。弟を慈しむような表情。もし俺に兄がいたらこんな感じなのかな。
俺は周りに恵まれている。もちろん全てに悲観した時期もあった。両親も祖父母もいないけれど、血が繋がらなくとも俺を大切にしてくれる人がいる。そう思えるようになったのはここ最近だけれど。
なんだか照れくさくなって、彼を視界から外した。
「……まぁ否定できないですね。今の自分、割と嫌いじゃないっすよ」
「俺もそういうフユ、嫌いじゃないよ。お前のことは昔から認めてたし好きだけどさ、今のお前は……なんつーか、人間として成長した感じがする」
「……そうっすか」
「俺たちってさ、曲を通して感情を全て表現できるし逆に押し殺すこともできる。これってすげー幸せなことじゃん?いい仕事してるよなぁって我ながら思うわ」
「それは間違いないですね」
二人でコーヒーを飲み干した。俺の口には甘すぎて半分ほど残ってしまったカタラーナ。無言でノートの空いた皿と勝手に交換したら、ぶはっと笑われたけれど何も言わずに食べ切ってくれる。こういう何気ないやり取りが積み重なっていつの間にか信頼が作られるのだと最近になって学んだ。
「よーし、そろそろ出るか」
「もう七時半……俺たち二時間もいたんすね」
「まぁゆっくり語ったからな。さ、行くぞ。そろそろ俺ん家帰ろうぜ」
「え」
立ち上がりかけた俺はピタリと止まってノートを見る。中腰のままいるのは辛かったから、ソファにボスンと逆戻り。
「ん?これから自分の家帰んの?怠くね?お前の家遠いじゃん」
「そりゃまぁ……でも俺手ぶらで来たんですけど。財布すら無いっすよ」
「あーうん、それ駅でお前見た時に思ったわ。なんでそんなにチャレンジャーなの」
「逆に話するだけで遊園地行くことになると普通思います?」
「まぁ確かに。じゃタクシーで俺のとこ帰ってー、お前の部屋行こ」
「え」
折角立ち上がろうと腰を浮かせたばかりだったのに、またもや逆戻り。いい加減俺の反応を見ながら言葉を発するのはやめてくれ。
「お泊り会しようぜ」
「……お泊り会」
お泊り会というのは友達同士でやるという噂の、とぶつぶつ呟いていたら、ノートに爆笑された。
だって仕方ないだろう。家族を抜かせば藍斗以外の人間と夜を明かしたことは無い。そもそも、藍斗との逢瀬はお泊り会とは違う気がする。だってお泊り会って健全なものだろう。
どうやら俺は無意識に頷いていたらしい。
あ、と思ったときには口が勝手に了承の言葉を伝えていた。
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