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「なぁ、一応二曲完成したんだけど聞いてくんない?」

「マジ?聞きたい」


 寝室に移動した俺たちは、早速近況を報告し合っていく。ボイトレがどうとか歌詞がどうとか。互いに多忙だから、こうやって顔を見て話す時間は貴重だ。

 俺は椅子に座り、藍斗はとなりに立って画面を見ながら話し合う。


「これこれ」

「え、これタイトルついてるじゃん」

「そー。今回はタイトル思い付いたから」


 今回用意した二曲も、いつも通り自分の好きなように音を並べた。

 最初は藍斗のことを考えて作ろうかと思ったけれど、結局それが何の意味もないことに気付いた。

 誰かをイメージすると音楽に制限がつく。その点ボーカロイドは自由だ。何オクターブ使っても良いし、誰かの声に合わせる必要もない。雰囲気が合うかなんて考えることもない。音楽性も歌詞も全て自分の思い通り。

 初心を忘れたくない俺は、今回もそうやって何も考えずに自由に書き散らした。

 そうして出来たのがこの『Tyrannos』と『為虎添翼』だ。

 

 一曲目の『Tyrannos』は、映画のラストシーンをイメージした。

 盛り上がった勢いのままエンドロールに続いていく、一番良い場面で流れるメロディ。イントロから既にクライマックスだ。

 もしストーリーを作るとすれば『絶対王政の国で王を椅子から引きずり下ろし、自分が座る』『世界を作り変えてやる』そんな激しい物語になるだろう。

 盛者必衰。何時イツの世であっても不変の真理。主人公なら見たくない残酷な現実も、余すところなく全て歌詞に詰め込んだ。


 二曲目の『為虎添翼』は一番低いところと高いところで2オクターブ以上ある。

 笑い声やハモる部分が何ヵ所かあるし、がなり声や唸り声など多種多様な歌い方が必要だ。

 歌録りは大変だろうが、完成すると絶対にアルバムのメインになる。俺は既に確信している。

『凶暴かつ最強』をイメージ。攻撃に全振りしたキャラクター。

 ゲームでいえば『裏ボス』。裏ボスとは、ラスボスを倒したあとに何処かの洞窟に出現するような、圧倒的に強いボスのこと。

 装備やレベルをカンストさせても運が良くないと勝てないような王者。

 たった一人で世界を壊滅させられるような天災に匹敵する存在。


「どう?」


 二曲連続で流したあと、藍斗の感想を聞いてみようと彼の方を振り向いた。


「すっご……ねぇマジで凄いよ。俺鳥肌やばい」


 そう震える声で言った藍斗の瞳は、画面に流れる波形をじっと見つめている。右側に別画面で歌詞を出してやると、声を出さずに口を動かして真剣に読んでいた。


「この前聞かせた三曲とこの二曲で、今のところ五曲あるんだけどさ」


 俺がそう話し出すと、ようやく藍斗は俺の顔を見た。

 不意に俺たちの視線がぶつかる。

 画面を見ないまま、慣れた動作で一度曲を停止。

 そして椅子ごとクルリと彼の方に身体を向ける。

 よいしょ。

 そのまま無防備で細身の彼を膝の上に乗せた。


「うあ、なに!びっくりした……」


 俺の膝を跨ぐように座らされ、藍斗は驚きつつも俺の両肩に手を乗せる。


「おー、藍斗の顔が俺の上にある」


 俺たちの身長差は僅か数センチ。誰かを見上げる経験は数えるくらいしかない。

 抱き寄せた身体はほんのりと温かかった。チェーンやクロスの飾りがひんやりする。まるで俺の熱を冷ますかのように、ちょうど良く指が触れる。


「ふぅん。俺が冬哉を見下ろすのもアリだね。良い眺め」


 恥じらいもなくニヤリと笑う彼は一瞬で夜の情事を仄めかす。

 俺の左頬に彼の掌がそっと触れた。もしかして誘われてるのだろうか。


「……そういうこと言う?キスしてあげないよ?」


 抱き締めていた腕を解いた。左手は彼の頬、右手は赤く熟れた唇を優しくなぞる。目を細めて挑発的に笑ってやれば、ムッと眉を顰められた。それすらもわざとらしい。あざとい奴だ。


「別に良いよ?勝手にするから」


 ふふん。そう言ってチュッと口付けられる。ただ触れるだけの子どもみたいなキスだ。


「……これで終わり?」


 俺はそう言って、離れかけた唇に強引に食らいつく。やられっぱなしは癪だ。

 驚いた拍子に小さく開いたそこから、グッと舌をねじ込んだ。藍斗の身体がビクリと震え、そしておずおずと俺の舌に遠慮がちに絡ませてくる。

 薄く目を開いてみたら、至近距離で目が合った。つい二人で微笑み合う。


「冬哉ってキス上手いよね」

「そう?ていうか男なんてこんなもんじゃん?」

「うん、俺も男なんだけどね」

「まぁ……うん、そうだな」

「おい」


 ペシリ。頭を優しく叩かれた。ぐしゃぐしゃと髪を弄られても、子猫の反抗にしか思えない。可愛いだけだ。

 このままだとベッドに連れ込みたくなるので、話を戻すことにした。折角会ったんだから、直接仕事の話もしておきたい。それが終わって時間があれば、その時は是非とも押し倒したいところ。


「で、話は戻るけどさ」

「うん。あ、体勢はこのままね。おっけ」


 寝室はリビングと隣続きとはいえ、エアコンが遠いので正直寒い。一度この体温に触れてしまったら、離す気なんて無くなった。人間ホッカイロ最高。


「藍斗がスタジオで歌ってくれた月光シンフォニアも入れたいんだよね」


 あの衝撃は未だに覚えている。出来る限り再現してリスナーに届けたい。


「全部新曲にしないって感じ?」

「そ。その方がファンも手に取りやすいかなと思って。知ってる曲入ってればリスナーも買いやすいじゃん」

「わかる。知らない曲ばかりだと手が出づらいよね」


 よっぽど熱狂的なファンでもない限り、知らない曲ばかりのアルバムは買い渋られる傾向にある。

 そこがボーカロイドの難しいところ。多くの人が歌っている故に『この曲ならこの人だけど、あの曲はあの人』というリスナーがほとんどだ。


 話し合いの末、新曲五曲と月光シンフォニアを含めた既存の曲を五曲入れることになった。合計十曲は間違いなくフルアルバムと呼べる。

 既存といっても、勿論全てフユが作った曲。視聴回数に基づいて曲をリストアップすることにしよう。その辺は後で風上や葉山とも相談して決めたい。

 初めてのコラボがフルアルバムとは異例だ。だからこそ、話題性は十分ある。

 アルバムを出して終わりじゃない。これが始まり。


 インターネット戦国時代で頂点トップに立つのは、俺たちだ。

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