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「……さすがに話し込んじゃったよな。次の曲聞いてみる?」
「確かに、ずーっとリピートしてるもんね。これ何回目?俺結構覚えちゃったよ」
「画面スリープしても音消えないんだよね。なんでだろ」
「そういう設定なんじゃない?」
「かもね。ていうか、もう歌えるの?」
「軽くならって感じ」
「へぇ……藍斗も記憶力良いんだな」
「うーん、そうなのかな?自覚は無いけどね。あーでも、暗記系は得意だったよ」
学生時代を思い返している藍斗は、歴史の年号覚えるの得意だったなあ、なんて喋っている。
俺はそんな話を聞いて適当に相槌を打ちながら、パソコンを操作する。
「お、曲調変わってる!んん?今度は、雨(仮)?冬哉の中では一文字が流行ってんの?」
「……本当にタイトル考えるの苦手なんだよ」
「そして考えようとも思ってないだろ?」
藍斗はクスクス笑いながら覗き込んできた。その表情は悪戯っ子そのもので、俺の瞳を真正面から射貫くように見つめてくる。否定は出来ないが、肯定するのも何だか悔しい。苦虫を噛み潰したような俺の顔に、藍斗は堪え切れずにアハハと笑った。
雨(仮)は一曲目と比べると、かなりスローテンポだ。ピチャンと雫の音がアクセントで入っている。これは音楽ソフトの音に満足できなかった俺が、わざわざ雨の日に外で収録した音。
水溜まりの側に防水のビデオカメラを設置し、俺が背伸びをして出来るだけ高いところから水を落とす。そうすると、雨音よりももっと大きく、自然の音のようで人工的な雫の音の出来上がりだ。
ちなみに、録音するときは雑音が入るのを避けるために、わざわざ祖父母の家に行って庭を借りた。曲作りのためなら、ある程度の労力は厭わない。
「なんか……これもまた良いね。フユさんの曲、全部好き」
「……ありがとう」
こうも率直に褒められると照れてしまう。そもそも人と最低限しか関わらない俺は、動画のコメント欄くらいでしかファンの意見を見聞きする機会がない。率直な意見を面と向かって言われ慣れていない。藍斗に褒められるのは、他の誰かに認めてもらうよりも数億倍価値がある。
「これは割と音が少ないんだね。なのに全然薄っぺらいわけじゃないし……不思議」
藍斗は近くにあったクッションを抱え込み、ゆったりとリズムに乗っている。
彼が言った通り、使われている音は一曲目と比べると格段に少ない。雫の音とピアノとドラムとベース。ほぼピアノの曲といっても過言ではない。雫の音を数種類録音したことで、曲が単調にならないようにしてあるだけ。
「ピアノの音、良いね」
「わかるんだ」
「なんとなくだけどね」
藍斗は耳が良いんだな。
彼に指摘されたことは当たっていた。俺が作る曲は、実はグランドピアノはほぼ使わない。ボーカロイドという存在故か、個人的には本物の楽器よりも機械を通した音を当ててしまう。今回もピアノの音源は電子ピアノを採用していた。
「そういえば、ボーカロイドでスローテンポって割と少ないよね?」
「歌詞の聞こえが悪くなったりもするし、中々難しいんじゃない?」
「でもこれボツってわけじゃないんだろ?」
「そう。これはちゃんとアップするつもりだよ」
「ふぅん」
浮かない表情を隠すわけでも彼に、つい頬が緩む。見ていて飽きない。見ているだけで面白い。
「これ、あげる」
俺は椅子にドサリと腰掛けて、上から藍斗を見下ろした。
「……は?なに?」
藍斗は胡乱な表情で、俺を見上げてくる。
「だから、これ、あげる」
「……は?」
まるで要らないものを捨てるような、執着していないのが当たり前と錯覚するほどあっさりと譲渡を示す俺の態度に、藍斗はフリーズする。
ポカンと開いた彼の口が、中々塞がらない。え、と音にならない空気が漏れる。パチパチと瞬きをして、数秒間の無言。二人の間は無音。
「……あげるって、どういうこと?」
「そのままの意味だけど?」
「……俺の曲にしてもいい、ってこと?」
「そう」
「え……」
震えた声で問われた俺は、あっさりと肯定を示した。藍斗の戸惑いに気付いていたけれど、敢えてスルー。
「なんで……」
「なんで?」
「だってフユさんってあんなに有名になっても絶対誰かのために曲書かないっていう人で……」
「うん、そうだね」
「ボーカロイド主体の音ゲーにしか楽曲提供してないから、巷ではボーカロイド以外興味ないって噂されてて……」
「あー、それ正解。超当たってる」
首を何回も上下に振ってみるが、藍斗の目に俺は映っていない。折角笑わせようとしてるのに、このままじゃ俺がスベってるだけだ。
「そんな……ボーカロイドプロデューサーのトップ中のトップの人が……」
「……それはちょっと言いすぎじゃ?」
「言いすぎなんてことあるかよ!フユさんはもっと自分を誇るべきだ」
「……ありがとう?」
つい疑問形になってしまった。真顔でぶつぶつ呟いていた藍斗に一応俺も相槌をしていたが、あまりの必死な形相に少しだけ引いてしまう。
自己肯定感は割と低くないと自負していたつもりだったけれど、彼の話だともっと自分を誇ってあげても良いらしい。認めてあげても良いらしい。自分の懐に入れた存在に評価されるということは、思ったよりも気持ちが良かった。単純に、とても嬉しい。
「……取り敢えず、最後の曲も聞いてみる?」
「……聞く」
眉を顰めた藍斗はもっと何かを言いたそうに口を開け閉めしていたけれど、渋々俺の提案に頷いた。新曲への興味の方が勝ったようだ。
「じゃ、スタート」
「……タイトルは?」
「物(仮)」
「もう何て言って良いのか分かんない……」
「……ありがとう?」
「今回は褒めてない」
一刀両断。こいつ、俺へのどんどん遠慮が無くなってきた。それはそれで良い傾向だろうけど。
俺は苦笑しながらも、曲を流す。ありきたりなフォルダやファイルしか映っていなかったけれど、一応藍斗が画面を覗けるように椅子を少しだけ横にずらしてあげる。
最後の曲は、不可解なタイトル通り、特に何も考えずに作った曲だ。その日その時の感情。赴くままに打ち込んだ、ある意味適当に作った曲。
「なんか……ガチャガチャしてるようで曲になってるよね」
「そう?まぁそういうイメージだしね。でもどんどんシンプルになってくよ」
「そうなの?」
「まぁこのまま聞いてみて」
踏切や都会の雑踏。
サイレンとドアをドンドンと叩く音。
シャワーと金槌。
色々な音が入り混じっていたイントロは、ロック調のバンドサウンドでまとめられていた。
勢いよく入っていった音がAメロで少しだけスピードを落とす。歌詞は少しだけ早口で、それもまた疾走感があった。
Bメロに入れば、初めの五月蠅さがほんの少しだけマシになる。バックでギターをかき鳴らしても、きちんと声が聞こえてくるくらいには、余計な音は無くなった。それでもまだ生活音や街の音が随所に散りばめられていた。
サビは圧巻だった。ボーカロイドのいつまでも伸びる声と力強い歌詞。各々の価値観に問いかける内容にしてある。
あんなにも五月蠅かったのに、二番のサビになるとガラリと変わっている。いつの間にかバンドサウンドしか聞こえてこない。最初にあった沢山の音はいつの間にかフェードアウトしている。だけどそれをリスナーに疑問に思わせないように工夫はした。
俺はこの曲を作ったときのことを思い出しながら藍斗の反応を窺う。彼は瞳をキラキラと輝かせながら聞いていた。
最後はボーカロイドのアカペラで終わる。生身の人間が歌っていないのに、背筋が震えるほどの衝撃的な余韻があった。
こんな曲、聞いたことがない。誰かにそう思わせたなら、俺の勝ちだ。
何も言葉が出ないだろう?そう自信を持ちながら藍斗を見たけれど、彼は今度はフルフルと首を振っていた。
想像したラストと違っていたのだろうか。それとも期待に添えなかっただろうか。
「あれ、これ駄目?」
気に入らなかったかな、と視線をパソコンの画面へ移す。そのままマウスでカーソルを操作する。アイコンを右クリック、そしてコマンドを選ぶ。
「えええええ、まてまてまて!」
「あ?」
「な、なに、え、何しようと……」
「ん?藍斗が気に入らなかったなら、もう要らないかなって」
「いや本当待って、なにそれ、どういうこと……しかも何でそんな普通に削除できんの……」
「え、まだ削除はしてないけど」
「でもカーソルそこじゃん!あぶなっ!」
そんなに驚かなくても良いのに。個人的には気に入っていたけれど、藍斗が気に入らなきゃ意味がない。だから消そうと思ったのに。そう言ってみたら、藍斗は疲れ果てたように溜め息を吐いた。
「……え、才能ある人イコール変な人ってマジなの?」
「あ、俺今ディスられた?」
「いやもうちょっと……色々理解できてない」
「なんだそれ」
取り敢えず削除するのはやめておくか。俺はクリックしかけた手を止める。
「いや、これも好きだよ?超好きだよ?だから消すのはやめとこう?」
「マジ?さっき首振ってたじゃん」
俺は首を傾げる。早口で言い募る藍斗の圧は凄かった。クッションをバシリと叩きながら言うのだけはやめてほしい。適当に買ったとはいえ、今は結構に気に入ってるんだ。
「いやあれは気に入ってないわけじゃないよ……なんかこう、自分の常識をぶち壊された気がして……」
「…………」
項垂れる藍斗を目の前にして、俺はどう声を掛けていいか迷った挙句、結局黙った。
そもそも誰かの常識を壊そうと思って作曲していないので、あーそういう感想ね、としか思えないのだが、流石にそれを本人に言うのは憚られた。
俺がずっと黙り込んでいたら、藍斗も口を開かなかった。
沈黙がその場を支配する。
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