第5話ー1.時間がない!
二人の派遣社員の対応が失敗に終わった日の夜、僕は杏子に急遽ライブを行わなければいけなくなった一部始終を電話で伝えていた。
「そういうことで申し訳ない。協力してもらえるかな?」
『それだったらいいよ。その派遣会社のホールもまた見ておくから』
「どういうこと?」
『使えるかどうか。今はチャンスを逃せないの』
「ああ、会場を探してるんだった」
『うん、それが上手くいかなくてさ……』
杏子は杏子で会場探しに苦戦しているようだ。
『それにしても、会場よく見つかったね』
「僕は何もしてないんだけどね」
会場は僕も知らない間に決まっていた。
「曲はまた明日伝えるから」
『はい、分かりました』
それだけ言って、電話を切った。次は曲を決めなくちゃいけないけど……。何にしようか?
夜遅くまで動画を見ていたら、それは決まった。この動画で一億再生を記録している『ワンショット』にしよう。振り付けや歌は難しくはないが、呆れるほど分かりやすくもない。音楽としても割とメジャーで分かりやすいだろう。
自分で勝手に決め過ぎてもいけないから明日まず杏子に相談しよう。
********
と、いうことで次の日、僕は一週間後にやるライブで『ワンショット』という曲をやろうかと、杏子に持ちかけた。
「うーん、いいんじゃない。一週間しかないから、あまり手の込んだことは出来ないし、有名な曲だし」
「いいかな?」
「もちろん!」
これで杏子は賛成だな。後はこれをアイドルたちに話さないと……。だけど、どういう風に伝えればいいのか分からないが、まあ話してみよう。
と、言うわけで、僕と杏子は早速公園へ向かった。宇音を呼んで、真凛を池から引き上げ、緑を起こしに行った。
「みんな揃ったところで話がしたんだけど」
僕は重苦しく説明を始めた。実際、心が重苦しい。
「昨日見学の方が来られて、ああいう風な結果に終わったんだけれど」
「あ、それ、私たちも一晩中話しあってた。『どうしよう』って」
「それなんだけど」
宇音はすでに話し合いをしていたようだが、僕の考えを述べることにした。僕が啓子らのライブの話に乗ることにして、すでにその課題曲が決まっていることについて話した。
「その、課題曲って言うのは聞けるかな?」
宇音はそう質問で返した。
「この歌なのよ。『ワンショット』」
と言って、杏子はアイドルたちに『ワンショット』の動画を見せたが、
「えー?一週間で出来るかな?」
「うーん、動き自体は簡単だけれど、時間がね」
「むず……」
と、宇音と真凛と緑が口々に難しいという意味の感想を述べる。っていうか緑は難しいと思ってるのか?
「私は出来ると思ってる。いずれにしろがんばらなくちゃいけないし。直之さん、早速練習初めていいかな?」
杏子はもう練習しようとしている。彼女、こういう思い切りはいい。
「私たちもやれることをやりましょうか」
「次に向かってがんばろう☆」
真凛や宇音など、他の面々もやる気になったか?
「じゃあ、ちょっと僕は海音に用があるから、杏子は三人に振付を教えてもらえないかな?」
「分かったけど、何をするの?」
「海音に歌わせようと思う」
「大丈夫かな?」
「大丈夫。大丈夫と思う」
僕は大丈夫と、杏子に言い切ったが、その根拠はなかった。
********
と、いうわけで僕と海音は保管倉庫の西の部屋へ向かった。
「海音、悪いけど、声の調整をしてもいい?」
「はい。私は、何を、するの?」
「まず、曲を覚えて歌ってもらってもいいかな?」
「はい」
海音が覚えるのに時間があるので、海音の覚える様子を見させてもらった。海音もやはり声に出して覚えるようだ。僕はその声を聞きながら自分としてはどうすればいいかを考える。
そして、海音は『ワンショット』を淡々と歌っていく。この透き通った声が僕は好きだ。僕はこの声に癒されていく……。
でも、一体何が悪いのか? 僕はロボットである彼女をバカにされたような感じに憤りを感じていた。海音にも出来る所を見てもらいたい。
「どうですか」
「たしかに、あまり抑揚がない、ような気がする」
「どういう、事」
「もうちょっと感情をつけて歌えばいんじゃないかな?」
「感情」
ロボットに求めても無理かもしれない。改造、調整……。そうか!
「そう、感情。この歌は今、その時を大事にしようって言う歌なんだ。今回も1度きり、あの派遣の人に思いっきりいい所を見せよう! と、言う感じで歌ってくれるかな?」
「はい」
そして、もう一回歌うと、さっきよりがんばっている様子が伝わってきた。後はあまり力まずに、あくまでも女性がそれを諭すようにしてくれればOKだ。
「そう、もう少し優しく歌ってくれるかな? 優しく、強く! ね?」
「はい」
海音は、ここは二つ返事応えてくれた。やっぱり彼女も悔しいのだろうか?
こうして何回も歌っていくうちに、海音の歌は強くて優しい女性のような歌声になっていった。
「でも、やっぱり、感情を、意識するの、難しい。アップデートが、あれば」
「アップデート?」
「はい、でも、次は、九月ごろ、だから、今は、無理」
「臨時で出来ないのか」
「はい」
どうやら海音は感情のアップデートがあるらしい。
「今は、ver2.4.4です。次で、2.5.0に、なります」
「そうなんだ」
と、頷きつつ、どう言う意味か分からない。
「海音、悪いけど、動画を見てダンスの練習をしててくれないかな?みんなの様子を見てくるから」
「はい」
この部屋に転がっているPCを使えることができたので、海音にはこれで動画を見れるようにする。
********
公園へ戻ると、他のアイドルが練習をしていた。いつも決めてやっているのは杏子が決める役ばかりだから、負担になっていないか心配だ。
現在彼女は会場探しに苦戦しているが、今回は実質のファーストライブの場所が決まってしまったので、啓子が選んだ派遣会社のホールを使わせてもらえばそれに越したことはない。
それより今はこのライブを必ず成功させなければならない。今回は、杏子に主導してやってもらおう。
「有浦さん! そこ! 腕を曲げないで!」
「ごめんなさい!」
杏子の怒号が飛んできても、宇音は笑顔で修正する。その辺は宇音の持ち味でもあるが、彼女たちも必死に頑張っている。
さらに宇音と真凛にはコーラスをお願いしている。緑にもお願いしようと思っていたが、また人見知りしそうだからやめた。
「有浦さん! これに歌も加わるんだから、今のうちに覚えて!」
「わかりました!」
杏子が本気だ。今は近寄りがたい……。怖い……。
********
練習二日目、今日は海音が歌を武器に他のアイドルと合流する。何回か合わせて上手くいっていると思いきや、海音に聞くとそうでもないと言う。
「体が、思うように、動いて、くれなくて、困っています」
「それはどのように動かないのかな?」
「足は、もつれるし、手も固い」
「固い、か」
固い? 海音の仕様なのかな? だとしたら、今回は我慢してもらうしかないのだが。
「そういうことは今回は気にしないで、気になるかもしれないけど、丁寧に踊ってくれればいいよ」
「わかりました」
「ただ、怪我だけは気をつけて」
「はい」
海音は一応機械なので転ぶと故障するかもしれない。気をつけなければ。
その後、海音は何を言われようが、歌と踊りがあってなかろうが、一生懸命練習しつくした。
練習三日目、今日はいよいよ、宇音と真凛もコーラスをやる日が来た。真凛は陸上で動きにくいため、夜遅くまで練習をしていた。多分眠いはずなのに、文句を一つも言わずに付きあっている。
「真凛、今日からコーラスを入れてもらいたいんだけど」
「はい、いいですよ」
「疲れるかもしれないけど、頑張ってね」
「そんなことは気にしなくていいですよ。私は大丈夫です。必ずこのライブを成功して見せましょう」
「ありがとうございます!」
真凛がここまで協力してくれてありがたい。僕は真凛に精一杯の感謝を込めてお礼をした。
「私もコーラスを入れることになってたね」
「宇音?」
「私も直之さんのために一生懸命頑張るね」
「有浦さん!練習はじめるよ!」
「はい!」
宇音は杏子に呼ばれて向こうに行ったと思ったら今度は杏子が僕に話しかけてきた。
「ごめんね、直之さん」
「杏子?」
「有浦さんが直之さんの所ばかり行きたがるから私が意図的に遠ざけてる」
「ん? 話の意味がよく分からないんだけど」
「え? 今言った通りなんだけどな? まあいいか。そのうち分かる時が来ると思うよ。直之さんも」
と言って、杏子も足早に去っていった。宇音が僕に何の用があるのか? 何で杏子が宇音を僕から遠ざけているのかよく分からない。
とりあえず、僕は彼女たちを見守ることにしよう。残念ながら、今の僕にはあまりこれといってすることがない。まあ、今回は僕が全部決めなければいけないのだが。
振付とコーラスは、真凛は意外とうまくこなせていた。でも、宇音は少し時間がかかっていた。
「有浦さん、声と動きはもう少し小さめでいいよ」
「はい」
最後の方は杏子と宇音の動きの調整が続いている。なんとか本番までに間に合えばいいが……。
この後、僕は何もすることがないのでDTMについて調べることにした。今回は実際にある曲を披露するが、次からはオリジナルの曲を発表したい。
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