第5話ー2.運命のライブ

 本番当日、僕は会場の外で結香を待っていた。


「直くーん! お待たせ」

「結香。来てくれてありがとう」


 一応、大和さんにもライブの案内を昨日の夜にLINEで送っておいた。見学したいとは言っていたが、どこにいるのだろうか。


 僕は大和さんを探そうと思って移動したら啓子と哲子がいた。


「こんにちは、吉田さん今日はお願いね。私たちに素晴らしいものを見させて」

「こんにちは。それについては大丈夫です」

「そう。で、その子は?」

「ああ、この子ですか? 北原結香っていう僕の幼馴染みです」

「よろしくね、結香ちゃん」

「よろしくお願いします、って直くん?」

「何だ?」

「何だ? じゃない! あたしを子供扱いしないでよ!」

「あれ、高校生じゃないの?」

「あたしは二十三歳よ」

「あら、ごめんね」

「謝られると余計に傷つく……」


 啓子に高校生と間違われ、結香が泣きそうな顔になったところで僕達は会場の中へ入る。僕と結香は二人でアイドルたちを見届けることにした。


「会場広いね」

「うん、実は初めて見たけど広いな。今日のお客さんは五人だけだけどな」

「そうなの?」

「そうだよ。さっきのお姉さんが仕掛けたオーディションのようなものだから」

「なるほど」


 全くだ。今日はどうなるんだよ。そろそろアイドルが登場する。と、


「こんにちは!」


 若奈が会場の中へ入ってきた。そういや、若奈を会場の外で回収するのを忘れてた。今日の若奈の服装は薄緑のワンピースときた!


「本日はよろしくお願い致します」

「お辞儀の角度完璧だし!」

「ありがとうございます」


 結香は若奈を褒めているが、本当にお辞儀が綺麗だった。


「それでは、私は後ろの方で観ようと思いますので、この辺で失礼致します」


 若奈は会場の後ろの方に歩いて行った。


「ちょっと! 見惚れてないで! あたしたちはどこに座るの?」

「ここでいいんじゃないか?」


 僕達の選んだ場所は会場のほぼ真ん中だった。


********


 今日は僕も観客として客席にいるつもりだ。だから会場裏に挨拶だけしに行った。


「みんな、おはよう!」

「直之さん……」

「何で今日は見学なの?」

「まあまあ、吉田さんも客観的に見たいんじゃない?」


 杏子と宇音と真凛は僕が同伴しない事に疑問を持った。一応説明はしたはずなんだけどな?


「そうなの? ねえ、直之さん☆」

「ああ、まあ」


 宇音の返しに僕は上手く答えられなかったが、本当は何でだろう?結香を接待しようとしたんだっけ?


「今日、観に来るのは啓子と哲子、結香と若奈、それだけだ」

「大和さん、来たんだね」

「うん、まあ、それだけだから」

「うーん、直之さん、何で今日は見るの?」

「うん、今日はお客さん側につこうと思った。あの人たちを接待しなけりゃいけないから」

「そうだよね。この前来た派遣の人や北原さんが相手だとね」


 僕は、杏子や宇音の質問に答えていった。それにしてもさっきから杏子の表情が暗い。まあ、緊張はあまりしていないのだから良かったと思うのだが、どうしたのかな?


「今の答えじゃ変かな?」

「いや、そうだよね。私たちもみんなに見せなきゃ。あの派遣の人に認められないと」


 杏子たちはもっと奥側へ移動した。と、言うことはもう始まるんだな。


「じゃあ、僕は客席に戻るよ」

「あ、吉田さん!」


 僕が戻ろうとしたら織田さんがしゃしゃり出てきた。


「吉田さん、アイドルたちは俺に任せてください!吉田さんは早く会場に戻ってください。始まりますから」

「はい」


 つい返事がそっけなくなってしまった。会場に戻ろうとしたのにわざわざ止めてきたからだ。


 僕は定位置、結香の隣についた。改めて会場を見渡すと、こんなところに観客がたった五人とは……。異様に広く感じる。そんな中、啓子と哲子は一番前にいた。うわー。これ大丈夫か? そこにいたらアイドル達がひどく緊張しそうだ。


「それで、しっかり練習はできたの?」

「いや、期間が短かったからあまり出来てない」

「上手くいくといいね」

「それは大丈夫。杏子が本気だったからね。怖いわ」

「そうなの?」

「ああ」


 結香とそういう会話をしていたらブーッと言うブザーが鳴って幕が開いた。そういう設備もあるのかここは。本格的だな。


 アップテンポなBGMとともに五人のアイドルが登場した。彼女たちは同じ衣装を着ている。この衣装は今回のライブのために僕が独断で決めた。時間もなかったし、文句も言わさなかった。でもこうして並んでみると、かわいくて似合っている。この衣装にしてよかったと思える。


「皆さんこんにちは! 今日は私たちの初ライブにお越しくださいましてありがとうございました! みなさん! ゆっくり楽しんでいってください!」

「あれ? こんなセリフまで準備していたのか」

「知らなかったの?」

「うん」


 知らなかった。杏子がこんなセリフを準備しているとは。案外、僕は彼女たちの事を見てはいなかったのだ。


「じゃあ、入ったらあたしを見てくれるかな?」

「結香だけはちょっと無理かな」

「そこは『はい』って言わないと」

「は、はい」


 結香が入ったら仮に彼女たちを見されるだろうか? ただ、結香だけを見ることはないと思う。と、ストレートに言うと結香にこれ以上嫌われてしまうのでとりあえず返事をしておいた。


 いつの間にか杏子が最初の言葉を言い終えていて、五人のアイドルたちは自分の定位置に着いた。みんな、上手く踊れるか? 歌えるか? 見てる僕まで緊張してきた。


 曲が始まりまずは五人がばっと一斉に会場を指差すシーンから。ここは動きが揃って決まった。ワンショットの明るいアップテンポな曲が会場を包む。ただ、そのBGMとは違い、僕は彼女たちが踊り切れるかが心配だというネガティブな感情が押し出ていた。


 ここから最初のサビに入る。ここも五人動きは一緒である。ただし、ここから歌が入る。メインヴォーカルは江坂海音。ヒロイックで啓子たちに披露したときとは全く違う圧倒的な迫力がそこには存在した。さすがはアイドルが歌うアイドルの歌だ。ただ、このとき僕が心配になったのが彼女の足の動きだ。みんなここまで見ているか分からないが、足がもつれそうになったり、カクカクしたり、動くときにちぐはぐしているので、早めに修理に出したいところだ。自分たちで直すのは無理だし。そして何しろ、目の前にいる啓子や哲子にはどう思ってるんだろう?うわー、心配だ。


 同時に、コーラスをしている宇音と真凛の動きが崩れないかが心配だ。でも、彼女たちも圧倒的な歌姫・海音を追随すべく声も出てるし動きもバッチリ、大丈夫だった。


 それからメロを抜けて一番のサビに入る。ここは少ししっとりとしているが、海音の歌声は安定している。そして、歌声もしっとりめの声に変えている。ここまでくると海音が本当にロボットなのか不思議なくらいだ。


一方、宇音と真凛も安定はしているが、表情が保てていない。何か不安だったのだろか? 特に宇音、ここはどうしても腕が曲がって杏子に注意されてきたところだ。腕は伸びているが、表情が少し変わった。少なくともいつも僕に見せるような木漏れ日ようなの眩しい笑顔ではない。


 その後も、海音は声が安定していて、感情もこもってるのになぜか抑揚が無い。そういう意味では『安定』なんだけど。これ、本当に大丈夫か? とはいえ、今まで聞いた中では一番いい。彼女自身が棒読みにならないように気を付けている節があるので、あまりそれが露わにはなっていない。


「不安だ」


 と、僕はつい本音が出てしまう。結香の方を向くと、少し笑顔でアイドル達を注視していた。僕はすごい不安なんだけど、こんな楽しい曲なのにこんな気持ちになっているのは僕だけだろうか?


 このまま、どうなるか分からない綱渡り状態の歌とダンスはしばらく続き、僕はひとときも安心できなかった。不安だ。聞くのが怖い。そういうネガティブな感情が僕を支配した。ちなみに横の結香はなんか楽しそうだった。


********


 最後はビシッと決まった。歌い踊り終わった後に幕が閉まった。


「ああ、こんなグループだったら入ってもいいかな?」

「結香?」

「まあ、ツッコミどころはたくさんあるけどね。それはあたしがアイドルになってから聞くわ」

「う、嬉しいけど怖い」

「直くん、これからもよろしくね」


 なんと! 結香が入ってくれるという。まあ、怖いこともあるけど、嬉しいぞ。


「出ようか結香。今日は一緒に帰りたい」

「えー! どうしたの? おかしいよ」

「おかしくっていい。行こう」

「あっ! ちょっと! 直くん!」


 僕は思わず結香の手を取ってしまった。そして出口へと向かっていく。すると途中横から声がした。


「吉田さん」


 異様に大人びた声。それを発したのは啓子だった。その途端、僕はこの蒸し暑いのに寒気がした。急に不安も襲う。果たして、今日のライブの仕掛け人である啓子は何を言うのだろうか?


「良かったわ。すごい良かった。やればできるじゃない」

「アイドルたちががんばりましたから」

「何言ってるの。吉田さんもがんばったと思うわ。認めてあげる。私たちも入るから、ねえ? 哲子」

「はい! 村原先輩!」


 という、僕達の会話に結香はあまり嬉しそうになく聞いている。


「あら、さっきの。あなたもアイドルに入るの?」

「はい、そうですけど」

「かわいいわ、よろしくね」

「あ、はい」


 結香の顔が引き攣っている。これは、言われたくない事なのに反論出来そうにない人に言われて言い返せない状態である。


「う、で、直くん、ちょっとトイレいってもいい? もうガマンできない」


 結香はトイレに突っ走って行ってしまった。


「じゃあね、吉田さん」

「これからお願いします」


 と言って啓子と哲子も僕の元を去った。僕は席に座ったまま少し様子を見ていた。幕はまた上がって、彼女たちは後片付けをしているようだ。


 すると、後ろからこつん、と誰かに叩かれて振り返った。


「吉田さん、お疲れ様です」

「若奈? どうだった?」

「良かったです。みなさん素晴らしかったです。私も是非ご一緒したいのですがよろしいでしょうか?」

「つまり」

「アイドルに入りたいです!」


 こうして、若奈もアイドルに入った。一気に四人が加入するとは思わなかった。啓子と哲子に関しては後日担当者から連絡をもらって正式採用になる。これで一気に九人になりそうだ。これから僕は九人のアイドルたちと一緒に仕事をすることになる。って、大丈夫かな? いろんな意味で。


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