第4話ー1.人魚発見!

 大和旅館に泊まった翌日、僕は会社に向かう前に例のセンマイコーヒーにいた。


「これで分かっただろ? 結香」

「直くんが本当にアイドルのプロデューサーって言うことは分かったよ」

「だったら入ってくれないか」


 僕は改めて結香にお願いした。さすがにこれだけしたら入ってくれるだろう。


「ちょっと、考えさせてくれる? 本当にあたしが入っていいのかなって思って、二宮さんはダンスが得意だし、海音は歌が得意だし」

「結香にもいい所はあるから」

「そうかな? どこ?」

「鏡を見れば分かるさ」

「ああ、そういうことか。でもあたし、子供っぽいしさ」

「それは否定しないけどさ、かわいいと思うよ」

「否定してよ!」

「だって本当の事じゃないか。そこがかわいいんだけどさ」

「うう、ひどい。あたしはそこ気にしてるのに・・・」


 やっぱり結香はそう簡単にアイドルをやろうとしない。彼女は自分の容姿に自信が持てないようだ。僕はかわいいと思うけど、何で?


「でも、それなら前向きに考えてみるよ。童顔でもよければ」

「全然OKだよ。僕は」

「分かった。また返事するね」


 と言ってこの日は結香と解散した。そして向かうところはヒロイックだ。


「おはようございます。直之さん」

「おはよう。杏子」


 僕と杏子は資料室で待ち合わせした。今日の杏子は白いスーツに黄色いカッター、そして肩には茶色いバッグが掛けてある。


「直之さん、今日はお出かけです」

「え? どこへ」

「駅前です」

「また、何で?」

「ライブができる会場を探したいの。あと、練習場所もね」

「それで街へ繰り出すの?」

「直之さんも一緒に来て、PRの方法を考えて欲しい。メンバーが集まり次第活動したいから」


 おい待て杏子、と、言いたくなるような話の内容だ。メンバーが集まり次第って、まだ三人しか集まっていない。残りの三人は誘ったものの答えを保留にしてるから入ってくれる自信がない。


「僕は作曲とかもしないといけないし・・・」

「ダメですか?」


 杏子は僕に賛否を問う。だけど、上目遣いをしてきたので行くことにした。


「杏子と一緒に行くよ。杏子の方こそ会社には行かなくていいの?」

「私はこれが仕事になるみたい。ヒロイックのPRもそうなんだけど、私がアイドルになればセンマイコーヒーのPRにもなるかもしれない。会社はそう踏んで、あんな無謀な決断を・・・。あっ!」

「どうしたの?」

「私が広報担当をしてるから、PRは私が考える。直之さんはとにかく私についてきて」

「はいはい」


 状況が呑みこめないので二つ返事になってしまった。なんか、杏子はバタバタだな。今後、僕は彼女に振り回されるのかな? 悪くはないけど、先が思いやられるぞ。これは。


「その前に、業務連絡しなきゃ。直之さんはちょっと出てて」


 僕は杏子に資料室から追い出された。でも何でプロデューサーがアイドルから追い出されるんだろう?


 数分後、杏子は暗い顔で出てきた。


「直之さん、ここでセンマイコーヒーを出店出来るかどうか会社に頼んだんだけど、田舎だから無理だって」

「そりゃそうだ」


 そう、ヒロイックがある土地は大都市郊外の何もない田舎。車でないととても通えないような所だ。


「だから、街へ繰り出しましょう」

「そうだね。何かやらなくちゃ、企画が倒れる」


 こうして、僕と杏子は街へ繰り出した。杏子はセンマイコーヒーの本社へ向かった。何か、ライブスペースを併設出来る店舗を出店できないか交渉に向かうようだ。そんな中、僕は付き添いでセンマイコーヒーの入り口に独りぼっちだ。僕は杏子みたいに思い立ったらすぐ行動できないので、何もせず、杏子の帰りを待っていた。


 杏子は帰ってきたと思ったら、暗い顔をしていた。


「直之さん、やっぱりコーヒーショップとアイドルを結びつけることに良くないって思ってる大人が多すぎて、ライブスペースのある店舗の出店は断られた」

「そうか、なかなか難しいね」

「そのかわり、派遣会社を教えられて、そこでアイドルを集めて来いって」

「あそこ? うまくいけばいいけどね」


 僕達はそのビルに入ろうとしたが、


「すみません、このビルに入れますか?」

「誰だ君は?」

「すみません、私はセンマイコーヒーの二宮杏子といいます。今、アイドルをやっていて人員集めに参りたいのですが?」

「何を言っているんだ? 出直してくるんだな」


 ダメか・・・。派遣会社にも入れない。今回はこれで詰んだな。


「杏子、どうしよう?」

「粘り強く交渉・・・は、しない」

「しないの?」

「ヒロイックでアイドルの求人を作ることは出来ないかな? 織田さんに聞いてみてくれる?」

「いや、それは無謀じゃないか?」

「直之さんはそれでいいんですか? 私は使えるものは何でも使いたい。そこまでしてでもやらないと、今まで築き上げたものが無駄になる」


 そんなに、築き上げてないと思うが。


「分かった。まずは織田さんに交渉してみる」

「帰ろう。お願いね」


 杏子は背を小さくして僕の顔を覗き込んだ。そこまでされたらやるしかないじゃないか。


 僕達はヒロイックへと向かった。


 僕は織田さんを見つけ、今日会ったことの経緯をすべて話した。


「それで求人が必要なわけですね。分かりました。人事部と交渉します。俺も出来るだけがんばって交渉しますから」

「お、お願いします!」


 織田さんは割とすんなり快諾してくれた。良くもこんな無謀な事をそんなにすんなりと受け入れてくれるものだ・・・。ひょっとしたら、織田さんはすごい人なのかもしれない。


「あ、そう言えば、有浦さんが吉田さんに話があるって呼んでいましたよ」

「あ、う、いや、有浦さんが?」

「はい、公園の広場にいますので行ってやってください」

「ん?ちょっと公園まだ慣れてないので織田さんも一緒に来てください」

「ああ、そうですね。分かりました」


 僕は織田さんと一緒に公園の中にいる宇音の元へ向かった。


********


「直之さん、探してました」

「ごめん、ちょっと用事で街に出てた」

「いいですよ。ちょっと話したいことがあって」

「何?」

「あの、私、アイドルグループに入りたいんだけど、いいかな?」

「え?」


 僕は、思わぬ衝撃を受けて聞き返した。


「だから、アイドルグループに入りたいんだけど」

「い、いいけど」

「やったー」


 宇音ははしゃぎながら大きな体を動かす。ゆ、指が刺さりそうだ。


「あと、人魚の友達が出来たから、彼女も入れて欲しい」

「え?でも宇音、きのうここに来たばかりじゃ……」

「そうだけど、一気に仲良くなっちゃった」


 早いな宇音。もうこの環境に慣れているとは……。


「で、その人魚の所へ案内してくれる?」

「ちょっと、私はまだあまりこの公園について詳しくないから、彼に聞いてくれる?」


 その『彼』とは、織田さんだった。それなら信頼できるな。


「宇音も、ついてきてくれる? その人魚さんについて説明を」

「分かった」


 僕は、織田さんに声をかけて公園を案内してもらった。


「吉田さん。俺は今ほとんどの時間をこの公園で過ごしていまして」


 いや、織田さん、あなたは本当にヒロイックの職員か? もうすでにどこの社員か分からない状態になっている。


「もうこの公園には慣れてるんですよ。ちなみに、み、いや、紅藤さんの家はここです」


 そこには簡易的な家が建っていた。いや、家というか、これではテントだ。もっといい家を建ててやれよ。


「織田さん、池は?」


 宇音が聞く。その池が人魚さんが現れた場所なのか?


「この奥です」


 織田さんは僕と宇音を案内する。


「そうだった。こんなところだった」


 宇音が納得したように辺りを見つめる。


「ここです」


 ついに池に着いた。辺りには誰もいないが、この池に人魚さんが?


「うーん? 潜ってるのかな?」


 すると、水面が揺れて、水の中から女性が現れた。これが宇音の言っていた人魚さんか?


「ふう、あれ? 彼は?」


 浮上の瞬間に聞き惚れるような溜息を一つ。彼女は長い髪、服は水着、魚の下半身。表現が古いかもしれないが、僕のストライクゾーンのルックスの女性だった。


「彼は、吉田直之さん、例のアイドルグループの人」

「宇音が言っていた人の事ですね? 私は青海真凛おうみ まりんといいます。見ての通り、人魚です。よろしくお願いします」

「まさか、本当に人魚がいたとは……。早速だけど、アイドルに加入してみたいと思わない?」

「直之さん! いきなり直球で……!?」


 宇音がなんか言っているがここは無視。僕は真凛の返事が聞きたい。


「はい!」

「えー!? 早いよ!」


 宇音が大声を上げているが、それ以上のことは言わず、真凛には何も追及はしなかった。


「はあ、直之さん、私ショックー!」

「うふふっ。分かりやすいのね。何か気になったことはない?」


 ん? 気になったこと? 何のこと?


「特にないけど、真凛が加入してくれるのはありがたい」

「気に入っていただいて光栄です!」


 真凛はとても喜んでいた。とても喜びすぎている。何故?


 結局それは謎のままだった。

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