第3話ー2.受け入れるということ

 僕は再度、宇音の前に立っていた。


「あれ、何か用ですか?」

「すみません、僕は吉田直之と言います。ちょっと話してもいいですか」

「はい」

「有浦さん、でしたよね? あなたはなぜここに?」

「分からないけど、気がついたらここにいました」

「やっぱり、大和さん!」


 謎は解決したようだ。早速大和さんに結果を報告しよう。ただ、僕はさっきまで和風美人な大和さんを間近で眺めていたので恥ずかしくて彼女の顔が見られない。


「何でしょうか?」

「さっきの女の子、やっぱり転移でした」

「転移?」


 その言葉に反応したのは有浦さんだった。


「元の世界から別の世界へ急に移動することです」

「はい。その通りですね」


 有浦さんは早くも納得したようで、表情が少し笑顔になった。すぐに大和さんが話を切り替えて僕に聞く。


「ならば、今後どういたしましょうか?」

「それなら僕に考えがあります」

「あの、私はこれからどうなるんですか?」


 と、有浦さんは聞いてくるが、表情は明るかった。良かった。不安そうではなくて。


「ちょっと会ってほしい人がいるんです」

「吉田さん、少し宜しいですか?」


 あら、また大和さんに捕まってしまった。


「あの、本日同伴されたお連れ様と会わせるのですか?」

「そうですけど」

「いいんでしょうか? 容姿がかなり違いますし、受け入れられますでしょうか?ただ私は吉田さんのお連れ様も有浦さんも良さそうな方なので、その点においては問題なさそうです。それに、有浦さんは私たちの事を警戒していませんでしたよ」

「そうですか。二宮さんたち、どんな気持ちで迎え入れるんだろうか?」

「すぐには難しいかもしれませんが、意外と自然に受け入れられたりすることもありますよ。有浦さんも、人間と植物を掛け合わせたような奇抜な容姿をしていますが、気持ちまでは測れません」

「大和さんの言う通り、彼女は見た目が少し特徴的ですが、大丈夫ということでしょうか?」

「有浦さんはとても優しそうな方でした。必ずうまくいく保証はありませんが、容姿さえ皆様が受け入れられれば、良い関係が築ける事でしょう」

「そうですか。ありがとうございます」

「お役に立てて何よりです。御健闘を祈ります」


 僕と大和さんは再度有浦さんに向き直った。


「どうしたんですか?」

「いや、何回も消えてすみません」

「別にいいですよ。何かあったんですか?」

さっきも言ったけど、会ってほしい人がいます。だから有浦さん、あそこの縁側まで来てもらいます」


 大和さんはそう言って、僕と有浦さんの手を引いて縁側へ連れ出した。ちょっと強引ではあるが、許して有浦さん。


 縁側に着いたので、有浦さんは二宮さんと結香、江坂さんと対面し、彼女たちは初めて有浦さんの姿を見た。一番気になる反応はどうなんだろうか?


「会ってほしいって、この人ですか?」


 二宮さんは驚いた話し方をしている。あと、その表情、これは僕が彼女から何回か見た驚きの表情だった。


「初めまして、有浦宇音です。驚かせてしまってすみません」

「この人?なんですか。その転移してきた子っていうのは……」

「いや、人間じゃない! 絶対人間じゃないよね!?」

「お、大きい……」


 やっぱりみんな驚いている。本当に受け入れるのだろうか。結香に至っては絶対アウトな発言をしている。


「私は、植物と人間のハーフです。多分、信じてくれないとは思いますが……」


 この発言で空間が凍りついた。でもそれはいい凍りつき方だった。何故かと言うと、


「分かり、ました」

「一応人間なのね。まあいいんじゃないの?」

「分かりました。早速なんですが、私たち、アイドルをしようと思っているんですが、あなたはやりたいですか?」


 三人とも早くも受け入れたぞ。二宮さんに至ってはすでに勧誘をしている。実は僕も勧誘するつもりでいたけど。


「有浦さん、貴女もアイドルになれますよ」

「うーん。いきなりですね。一晩考えておきます」


 結果、僕の連れてきた三人……ではなく、二人と一台は有浦さんの事を受け入れたが、有浦さんは二宮さんからの勧誘を受け入れられなかった。まあ、いきなりアイドルをやれって言われても難しいんだろうな。二宮さんも、結香も、紅藤さんもそうだった。


 この後、僕らは大和さんのお母さんに会った。


「いらっしゃい、あなたたちが若奈の友達なの? あの子に何かあったらビシバシ言ってくださいね」


 と、お母さんに言われたので、僕は「はい」と返事しておいた。本当に厳しく当たるわけではないのだが。大和さんのお母さんにそう言われたらこっちが圧倒されて了承してしまった。


 大和さんはお母さんに少し会わせただけで僕らを次の場所へ連れて行った。それが大浴場だった。


「こちらが大浴場になります。男湯が右、女湯が左になります」


大和さんの案内が終わったところで結香から質問を受けた。


「で、これからどうするのよ」

「あ、決めてなかった」

「決めてなかったの!?」


 結香が少し怒った顔でこちらを見つめる。こっちだってまさかこれからのことを聞かれるとは思っていなかったよ。


「私はお風呂に入りたいな、体が気持ち悪いから」

「いや、まだ二時半だぞ」

「いいの! あなたも一緒に入るのよ」

「え、一緒に!? 結香と!?」

「何考えてるの? 男湯と女湯があったでしょ?」

「あ、そうだった」

「まさか、一緒に入ると思ってたの? 変態」

「変態って言い捨てないでくれよ」


 あの言い方だと一緒に入るのだと誤解してしまう。それなのに変態とはひどい。


「ごめんごめん、あと、海音ちゃんと二宮さんも一緒に付き合ってくれるかな?」

「江坂さんは名前呼びなんだ」

「さっき仲良くなっちゃった」

「早すぎるわ!」


 結香はもう江坂さんと仲良くなったと言う。それにしても、江坂さんは風呂に入れても大丈夫なのか?


「一緒に行けばいいんですね」


 微妙な笑顔を浮かべながら二宮さんはそう答える。どういうことだろうか?


「そういうこと」


 一方、結香はそう答える。なんか結香が偉そうに見えなくもない。


********


 僕は今、大和旅館の温泉に入っている。とはいっても今はまだ午後の四時。普段よりは相当早く入っている。


 やっぱりお風呂は気持ちいい。そのうえ、女湯の声がよく聞こえる。ちょっと話を聞いてみようか。


「もう、ちょっと海音ちゃん!」

「あはは、きゃっ、きゃっ」


 結香と海音の元気な声が聞こえる。バシャバシャという水の音も聞こえる。って一体何をしているのだろうか?


「二宮さんは入らないの?」

「え、ああ、私はいいです」

「そう」

「ちょっと今、ダンスについて考えてて」

「ダンス?」

「はい。ほら」

「え? スマホ持って入ったの!? 壊れるよ!」

「最近のは壊れないんですよ」

「結香ちゃん。だったら、私も、壊れてる」

「それもそうか~」


 これはスマホが壊れてたら今頃江坂さんも壊れてるって言うことか。それもそうか。


 って今結香と同じセリフを頭の中で言ってしまった!


「例えばこれです」

「へえー。すごい」

「どれ、どれ」

「すごいですよね」

「うん。すごいよ」

「じゃあ、踊ってみましょうか?」

「え?」

「まあ、全部は覚えてませんが」


 そして、少し時間が経った頃、バシャバシャという水の音が聞こえてきた。たぶん、踊っているんだろう。ただそれ以上の事が分からない。それにしても水の音が大きい。どんな踊り方をしているんだ?


「え、ちょっとすごいんですけど!」

「あまり覚えてなくて自分で考えたところもあるんですが」

「いや、普通にすごいよ。あんな激しい動きで踊り続けて」

「まだもう一回はいけますよ」

「えー! でもその前に体を見てみて」

「え? いやー!」


 ん、あれ? 何があったんだ? ここからじゃ分からない。


「ん~」

「江坂さん、どうしましたか」

「私は、歌を、歌います」


 今度は江坂さんが歌を歌い始めた。これは僕が彼女と初対面の時に聴いた歌だった。あれは僕を一切動けなくした歌。それほど江坂さんの歌う歌は綺麗なんだ。


「すごくきれいな声」

「江坂さん、すごいです」

「それにひきかえあたしは……」

「え、北原さんは何もしなくていいですよ」

「何で!?」


 ちょっ! 結香、急に大きい声を出すな。びっくりした。


「北原さんにもいい所はありますよ」

「それはどこ?」

「それは、アイドル活動して見つけたらいいんじゃないですか?」

「アイドル活動かあ……」


 アイドルになるかどうか? 結香にも声は掛けておいた。最後は結香次第にはなるが、アイドルになってくれるかな?


「今、考え中なんだよね。でも、何もないあたしはアイドルできるのかな? あたしはもっとあたしを見て欲しい」


 これに対して、誰も意見しなかった。僕としては入ってくれれば大歓迎なんだけど。


********


「ちょっと、結香借ります」

「は~い、先に部屋に戻っておきますよ」


 僕はお風呂から上がった後の結香の腕を持って自動販売機の方へ向かった。


「何?」

「さっき楽しそうだったけど、何かあった?」

「え? 全部聞いてたの?」

「全部聞こえたんだよ」

「女の子の会話を聞かないでよ」

「結香は女の子って歳だったっけ?」

「むぅ。あたしはどうせおばさんですよ」

「いや、そう言うことじゃなくて……」


 まずいな。これじゃあ話が進まない。


「江坂さんが綺麗な歌声を発していたんだが」

「あ、ええ、そうね」

「僕はあれを聞いて誘った」

「え? 海音ちゃんも入れるつもりなの?」

「そりゃ、あの歌声を聴いたら大手プロダクションは黙っていないって」

「そうやって自分を大物に例えるのやめて。小物のくせに」

「一言多いぞ……」

「あとは、二宮さんのダンスもすごかったけど、後がさ……いや、何でもない!」


 結香はそれっきりすたすたと歩いて行った。「体を見てみて」と言っていたな。あのとき何が起こっていたんだ? これでは一番肝心な部分が謎のままだ。これ以上はもう追及できないし……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る