第2話ー4.美人若女将の悩み

「本当にその社員の方に会えるの?」

「会えるさ」


 数日後、僕達は先日訪れたセンマイコーヒーの中にいた。この前僕が言ったことを結香に信じてもらいたくて、今回は連絡先を交換した二宮さんもばっちり呼んである。なんせ、僕のアイドル一号だし。ただ、紅藤さんまでは呼べなかった。


「言っておくけど、まだ信じたわけじゃないからね。まあ、今日社員の方が来られたら信じるけど……」


 結香はまだ信じてなかった。今日は二宮さんが来るから僕がアイドルをやってる事が分かるだろう。


********


「こんにちは」


 結香と話しているうちに二宮さんはやってきた。


「こんにちは。あなたが直くんの言っていた人?」

「はい、私、センマイコーヒーの二宮杏子といいます」

「店員さん?」

「いえ、私は本社で広報を担当しています」

「へえー、そうなんだ」


 と二宮さんと結香の会話で、結香は冴えない表情で棒読みした。本当に分かっているんだろうか?


「結香、何やっている人か分かる?」

「分かるよ」

「センマイコーヒーの広報担当だって」

「なんか、大変そうだね」


 僕の言葉に、またも、結香が冴えない表情で棒読みした。本当に大変だと思っているのだろうか?


「いや、楽しいですよ。苦労することもありますけどね」


 二宮さんの清々しい表情を見る限り、本当に楽しいんだろう。


「それに、もう二年目だし、結構慣れましたよ。でも入りたてのころは仕事を覚えるのに苦労しました」

「結香は仕事したことがないから苦労とか分からないよな?」

「何よ?」


 結香の機嫌が悪くなったので話題を変える。


「ああ、ちょっと時間をかけてもあれだし、ドリンクバーでも取りに行こうか?」

「何話題変えてんのよ?」

「分かりました。その間に私は注文しておきますね」

「ちょっと、無視しないでよ! 直くん! どこ行くの!」


 僕がドリンクバーを取りに行こうとしたら結香がついて……いや、追いかけてきた。二宮さんはその間に注文を済ませておくと言う。


 そして、ドリンクバーを取ろうとしたその時、隣に、黒髪で長髪な和風美人の姿が。あれはもしや……。


「すみません」

「今晩は。貴方は……。お昼時にお会いになりましたよね?」


 その振り向いて綺麗な顔を見せてくれた彼女、彼女は大和若奈おおわ わかなという、大和旅館の若女将だ。言葉を小さな唇から丁寧に紡ぎ出していた。


「今日はどのような御用件で?」

「友達と一緒に来てて」

「左様だったんですか?」


 うん、後ろにはばっちり結香がいるし、これで通じるはずだ。


 実はこの大和若奈さん、実は今日、資料室に転移してきた女性だ。


「直くん、あれは誰?」

「大和若奈さん、今日、うちの会社に転移してきたんだよ」

「転移?」

「別空間から移動するって事だよ」

「いや、それは分かってるけど、あなたバカ?」

「そんなに堂々とバカって言うな。本当の話なんだから」

「偉大なる創作ね。詳しく聞かせて」

「『偉大なる創作』って……」


 まあ、その結香が言う『偉大なる創作』について話をしよう。


 この日の午後、資料室で転移が起きたのだが、そこに現れた女性は、見たことのない藤色の着物を着た女性だった。


「へ?」


 床にぺたりと座り込む彼女。黒髪ストレートの長髪。鋭い切れ長の目と対象にぷっくりとした唇が僕の目と心を奪う無表情の彼女。


「ここは、何処でしょうか?」


 と、たずねる彼女に


「ここは……」


 と、言いかけると


「貴方は、何方ですか?」


 と、次の質問をされてしまったので僕はそれに答える。


「僕は、この会社でアイドルを作ることになった、吉田直之といいます」

「あいどる……ですか?」


 彼女がとても綺麗な唇でゆっくりそう言葉を紡ぐ。何かを噛みしめるように……。


「はい。あ、そう言えば、あなたは?」

「あ、左様ですね? 私は大和旅館、若女将の大和若奈と申します。宜しくお願い致します」


 大和さんが頭を下げると、前髪がペロンと垂れたのがまた良かった。そのあとの前髪をかき上げる仕草もいい。


「旅館にいるときに転移したんですか」

「いえ、旅館に隣接する私の御家からです」


 そう言うと、大和さんが間をおいて次の話をする。


「あの」

「はい」

「何時までも此処に居ることも出来ないのですが、どうやって帰れば宜しいでしょうか」


 え? 僕は元の場所に戻る方法なんて分からない。


「すみません、そこまでは」

「困りましたね。では、もう少し、ここに居ましょうか」

「お願いします」

「まだ、お聞きしないといけない事がたくさんあります」

「何ですか?」

「この現象は、私は転移されたという事ですね?」

「はい」


 と、ここで大和さんの周辺が光り始めた。


「話したいことはもう話しましたか?」

「あ、それとですね……」

「え、ちょっと!? 大和さん!?」


 大和さんは瞬く間に光に包まれて消えていった。


********


「いやいや! 都合よく会いすぎでしょ!?」


 結香は大声で僕に訴えているが、それどころではない。


 目の前に居る大和さんは黄緑色のワンピースを来ている。腰にはピンク色の布が巻かれていて、まるで帯のようだ。昼間は藤色の着物をきていたのに……。


「あの、私は昼間、転移したのですが……」


 確かに転移してきたが、今改まってどうしたのだろうか?


「それが、私の御家でも転移紛いな事が発生されていますので。もし都合が空いてれば拝見してもらえませんでしょうか?」


 大和さんは優しくて真剣な表情で僕に来るようにお願いする。でも、僕は結香以外の女性の家に上がったことがない。どうしよう。


「初めは私も驚いてしまったのですが、誰にも相談できずにいましたが、私自信も転移してしまったので、話そうと思いました。これがお昼に一番言いたかった事です」

「そうですか、でも転移については僕もよくわからないですけど、僕でよければ大和さんの家まで見に行きますよ」

「ありがとうございます。吉田さんに見て頂くのが一番良いと思います」

「分かりました。てっつて!」


 僕は脇腹に鈍い痛みを感じた。結香に小突かれたらしい。


「何話してるの!? さっさと選んで帰るよ!」

「分かったよ」


 僕は仕方なく席に戻ろうとした。結香は大和さんの方を鋭い目つきで睨みつけた。


「あなたも一緒に来てください!」

「私は友人と来ているんですが」

「だめよ!」


 と、結香は僕の腕と大和さんの腕に腕を巻き付け、引きずっていった。いや、これ連行だろ。連行されてるよ!


********


 席に連れ戻された僕の前に結香、隣に二宮さん、僕は大和さんと一緒に腰を掛けるよう、前の二人に命じられる。それより結香の表情が怖い。


「お二人さん? 何を話していたの?」

「いや、僕は」

「吉田さんに拝見してもらいたものがありまして、私の家に招いたんです」

「ええっ!?」


 結香、驚きすぎだ。まるで天地がひっくり返るみたいだぞ。


「驚きすぎだって!」

「あの直くんが! あたし以外で仲のいい女を作るなんて!」

「いや、そこか? 結香」

「私が吉田さんを招いたのは私の御家でも転移が起こっているからなのですよ!」

「そうなんですか?」


 全く進まない話に大和さんの口調をやや強くする。その時、その話に食いついたのが二宮さんだ。


「はい。それを吉田さんに見てもらいたくて……」

「ねえ、直くんはそのことに詳しいよね?」

「大和さん、僕は信じます。本当に転移が起きているのか確認しに行ってもいいですか?」

「勿論です。私が招いたのですから」


 大和さんはすごく真剣な表情をしている。彼女の要望には答えなくてはならない。


「……わかった。私も行く。直くんが他の女に目が向かないように監視しなくちゃ」

「いや、監視しなくていいから」

「吉田さん、来て下さるのですね。ありがとうございます」


 大和さんの依頼を結香に茶々を入れられながら、僕は答えていた。そして僕は結香に監視されながら大和旅館に行くことになった。大和さんは一礼して僕の席を後にして、すぐ後に二宮さんも帰っていった。僕と結香は2人きりになったが、ここからが大変だった。


********


「もう、変な女について行っちゃだめよ」

「ついて行ってないし、大和さんは変な人じゃないよ」

「何でよ?」

「だって、転移して僕の前に現れたから」

「直くん、いつまでもバカになってないで……」

「あれ、まだ信じてないの?」

「うん、アイドルのプロデュースをしていることはなんとなく分かったわ。でも、転移なんてないわ。うん、絶対!」


 結香はまだ転移については信じていない。結香には認めてもらいたいんだけど……。


「結香、大和旅館に来てくれるんだよね?だったら、そこで何か起きたら転移の事、信じてくれる?」

「はいはい、何かあったらね。何もないと思うけど」

「う~ん」


 なんか、納得いかない。


「ごめんね、なんか、信じていないよね、直くんの言うこと」

「ちょっと残念かな」

「たぶんね、直くんじゃなくてもこんなことを言われたら信じていないよ」

「まあ、信じないよな。普通なら」

「あ~。そんなにがっかりしないでよ。直くん」


 幼馴染みにそんなにも信じてもらえないのはがっかりだ。僕はこの北原結香が割と好きだったりする。


 時間はあっという間に過ぎ、店の外へ出た僕らは帰るのだが、結香はどうやって帰るつもりなんだろうか?


「結香、良ければ僕が乗せて帰るけど」

「いいよ。私はチャリで来たから」

「ああ。また何かあったら言ってな」

「うん。あ、大和旅館に行く日程とか決まったら連絡してね」

「分かった」


 こうして、その日は僕と結香は別れた。結香が大和旅館に行くことになったが、転移のことを信じてもらえるだろうか? 僕には自信がない。


 フォローできる相手が欲しいので、二宮さんと江坂さんも誘ってみよう。

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