第9話 決心
「カルラの話で私の魔法の話になるの?」
イズは自身の両手を見つめながら、リアムに尋ねる。
「ならとりあえず、お前の魔法についてから話すか」
リアムはゆっくりと教会の教徒たちが座る長椅子に腰をかけ、一度だけ目を閉じて、
「お前はこの世界では誰もが憧れ、誰もが欲するであろう『五大魔法』というものの一つを手に入れたんだ」
と、リアムが言った時、イズは身体中に電気が走った感触に襲われた。
それはどこか武者震いのようで違い、恐怖心から身体が震えるようで違った。
誰もが憧れ、誰もが欲するであろう魔法。
それが自分自身の手に宿っているというのだ。
「その魔法の名は『
リアムはそう告げた。
もう一度イズは自分の両手を見つめた。
元の世界では親からは疎まれ、姉から軽蔑され、誰も評価はしてはくれなかった。
それは別に親や姉、周りの人間が悪かったとはイズは思ってなどはいない。
ただ自分が何も持っていないのが、ただただ悔しかっただけなのだ。
落ちこぼれである自分に冷たい態度を取ったり、怒ったり。
それは当たり前であると考えていた。
そして、今でもイズはそう思っている。
ただ、もしも自分にも誇れるものがあるのなら?
イズは見つめていた両手をぐっと握る。
それは力強く、自信に満ち溢れている様子にも見えるだろう。
下ばかりを向いてばかりだった人生。
何もできないことばかりだった人生。
けど、この世界では違うらしい。
平凡以下だった自分が嫌で嫌で逃げ出すことしかできなかった。
だからこそ新たな世界で優秀になるしかない。
そう思えたからイズは言葉にする。
「それでカルラと『
イズは笑みを必死にこらえながら問いかけた。
「そして、『五大魔法』を扱う者は莫大な魔力を体内に収めておく必要があるんだ。つまり
「吸魔族?それって吸血鬼が血を吸うように吸魔族は魔力を吸うってこと?」
イズの素早く返された言葉にリアムは驚いた様子で横に座った彼女の顔を見たが、再び正面を向き直した。
「そのきゅうけつき?ってのは知らねーが、吸魔族はお前の言う通り他人の魔力を吸い、吸魔族本来の力を得ることができる。けど、姉貴は他人から魔力を吸うことを拒んでんだ。他人の魔力を吸ってまで力を得たくないと」
と、リアムは言葉を発するたびに正面を向いていた顔が下に向いていく。
「魔力を吸わなかったら、その…死んじゃう、みたいなことはないの?」
「それはない。魔力を吸うことは得られるのは自分の力を強化することと回復力を増加させることだけ。寿命が延びることなどは一切ない」
イズの質問にリアムは即答した。
他人から魔力を吸うことで力を得て、魔力を吸わなくても死ぬことはない。
「ちょっと待って。別にそれだけだよね?ウチが莫大な魔力を持ってて、カルラはそれを吸いたくなくてこの場から立ち去ったってことだよね?それって特に問題はないんじゃないの?」
「それが問題大有りなんだよ。五大魔法を使う者の魔力は普通の人の魔力より異質でその異質の魔力を吸った方も吸われた方も死に至るんだ」
「で、でも、魔力を吸わないでも生きていけるならカルラがあんな風にウチを避けるのはなんで?吸わなくても生きていけるのならわざわざウチを避けるのってどうして?」
「それは姉貴が呪いの魔法をかけられているから」
リアムの言葉にイズはギョッとした。
呪い。
イズが元いた世界でも幾度か聞いたことのある単語。
元の世界では人からもしくは霊的なものから人への嫉妬心や執着心などから生まれるもの。
それが災厄や不幸な現象を生み出す。
特にイズはそのような類いのものを信じてなどいなかった。
もしそのようなものがあるのなら、イズは生まれてきた時から呪われていることになる。
優秀な家庭環境に一人ポツンと凡人が生まれてしまう、不幸が起きたと解釈してしまえば、自分自身が生まれてきたことが間違えだったみたいになってしまう。
そのような考え方だけはどうしても避けたかったからだ。
だから今ここで発せられた呪いという言葉はどうしても軽く流すことはできなかった。
「呪いってどういうこと!?カルラはいつ?誰に!?どうしてかけられたの!!?」
イズは不意に立ち上がり、リアムに掴みかかりながら叫びながら問う。
彼女の顔は焦燥に駆られたような表情を浮かべ、目も焦点が合わず暴れ回るように泳いでしまっている。
「クソッ!やめろ!!」
リアムはイズの両腕を片腕でなぎ払った。
リアムの腕はイズの腕とあまり変わらない細さだが、育ってきた環境が違う。
イズは体制が崩れ、その場に尻餅をついた。
「ちょっと落ち着け。ちゃんと順を追って話す」
「…ごめん」
先程まで狂人のような表情をしていた彼女だが、どこか悲しそうな顔をしていた。
「えーっと、姉貴が呪いにかけられているところまで話したよな」
リアムはそう言いながら掴まれて乱れた服を整えてから、その後一度だけ咳払いをした。
「そして姉貴がかけられている呪いは吸魔族が吸魔族であるための吸魔衝動と言ったところかな」
「吸魔衝動?」
「簡単に言えば、突然魔力を摂取したくなるってことだ。それをかけられたんだ」
「それで誰にかけられたの?」
「それはまだだ。とりあえず、魔導の極みは知っているか?」
「うん。聞いたことある」
イズはこの世界に来る直前に魔神ユピテルに言われたことを思い出しながら言った。
『私の名前はユピテル。生まれつき魔導の極みに到達している魔神』
つまり、魔神という恐ろしいであろう者がなっているということ。
イズにとっては魔導の極みというものは恐ろしいという固定概念が定着してしまっている。
「そして、魔導の極みに属しており、なおかつ姉貴が所属しているエスリマっていう『アケルナル治安維持部隊』のリーダー、ソフィア・カナールという人物が姉貴にその呪いをかけたらしい」
「……」
リアムの重みのある言葉に屈してしまったのか、イズはリアムのため息交じりの話を聞いても黙り込んでいた。
「そのエスリマっていう場所の見当はついてはいたが、魔導の極みである奴に説得、もしくは戦闘をしても勝ってこないからな。だから…」
リアムは途中まで言いかけたが、再びイズに詰め寄られてしまい、言葉が詰まった。
「そのエスリマって場所はどこ?」
イズは再びリアムに掴みかかった。
しかし、先程とは違った。
先程は狂ったような表情浮かべていたが、今回は何かを決心しそれを行動に移そうとする眼差しだった。
「まさか喧嘩売りにいくのか?魔導の極みに」
リアムはそう問いかけると、イズは掴んでいたリアムの胸ぐらから手を離した。
「ああ、そうだよ。どちらにせよ、カルラをそんな苦しみから助けたいからね」
「魔法をまだ扱うこともできないのにか?」
「魔法なんか関係ない」
そう魔法なんか関係ない。
たしかに異世界に行くと聞いたときに魔法という単語に心を踊らされたが、今となってしまえば最優先すべきものではない。
「相手が魔導の極みという恐ろしい存在でもか?」
「それも関係ない」
強いから戦わない、弱いから戦うという選択肢はない。
それは自分の力量を間違っているとか、相手を蔑んでいるわけでもない。
別に戦わなければならないというわけではない。
むしろ戦いにいくわけではない。
最終的にはカルラの呪いが解けていればいいのだから。
「私はその魔導の極みとだって戦うよ」
それはイズ本人の意思であった。
元の世界で何度も助けれくれた幼馴染も同じようなことを言うだろう。
だからこそ、カルラの呪いが解けるようにイズは前に進む。
「なら、俺も戦わなきゃな。お前に手伝ってもらうだけもらって姉貴の弟である俺が戦わないってのはおかしな話だ。お前が魔法を練習している間、お前を護る」
「ありがとう!じゃあ、行こっか、エスリマに」
イズは決心する。
どこか自分に似ているカルラをその呪いから絶対に救うということを。
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