第6話 クリムゾン

イズとカルラは都市『アケルナル』の中心部に行くと、そこには透けるように真っ白な教会が建っていた。そこらの建物と比べると異彩を放っており、はっきりといえばここにあるのがおかしいと思うレベルだ。



「着いたぞ。ここが教会『クリムゾン』だ。なるべくならここには来たくなかったのだけどな」



カルラは両の手を短パンのポケットの中に突っ込みなら言った。

そう、その教会の名は『クリムゾン』。

『クリムゾン』に置かれている『魔法全書』にて自分の魔法を知ることができる。

この異世界では7歳〜10歳までに自分の魔法を知るのが一般常識とされている。

つまりイズがこの場所で魔法を知るというのはこの世界では常識外れなのだ。



「なんかさっきから目線が痛いんだけど…」



教会『クリムゾン』の前に立つ出雲鈴奈、もといイズ・アケルナルはキョロキョロと周りを見渡しながら言った。

何故なら、この教会で魔法を学んでいる人間たちがイズの方を向いていたからだ。

イズは異世界転移者であり、この世界では当たり前に使われている魔法をまだ使えないという少女である。

学生服というこの世界では不思議な服装をしているのも理由の一つであるだろうが、本当の理由は。



「やっぱりか」



と、カルラはそっと呟いた。



「やっぱりってどういうこと?」



イズはカルラの言葉から一秒もかからないうちに問いかけた。

いくら異世界で魔法を扱えると気分が上がっていても、ずっと人の目線ばかりを気にしてきたイズにとっては鬱陶しいものである。

カルラはそれらを吹き飛ばすかのようにイズの方へ顔を向け、



「やっぱりあんたの身長が小さくても、年齢はバレるもんなんだと思ったからさ」



と、イズを嘲笑うようにカルラは言った。



「ははは〜。…って酷いな!老けているみたいに言わないでよ!」



イズはまるでずっと前から友達だったかのように的確にツッコミを入れた。

しかし、イズは年齢は16歳でバリバリの現役女子高生であり、母や姉に劣らないように普段から見た目にも気を使っている。

確かに転移してから1日経ったが見た目にそう変化があるとは思えない、とイズは心に言い聞かせた。



「まぁ、冗談だ」

と、カルラは呟いた。そして、なにかを考え直した後、

「とりあえず、この教会『クリムゾン』は対象年齢が7歳から10歳だからな。見られるのは当然だろう」

と続けた。



じゃあ、なんでわざわざ対象年齢が低いところに来たのだろう、とイズは心の中で思い、その問いが喉元まで来ていたが、慌てて飲み込んだ。

この案内の中で彼女の機嫌は取ることは大切だ、とイズは直感的に思ったからだ。

何故なら、彼女の役割はこの都市『アケルナル』にイズを無事案内することであって、その先は無かったはずだ。

しかし、このように魔法を知る工程まで教えてくれている。



(右も左もわからない異世界で生きていくには機嫌取りが必須!)



と、イズが考えていると、カルラが急に足を止めた。

くだらないことを考えながら下を向いていたイズは勢い余ってカルラにぶつかってしまうが、カルラはビクともしない。



「あ、ごめん」



イズはとっさに謝ったが、返事がこない。

やや疑問に思ったイズは少し顔を上げると、カルラはどこかを向いている。

正確にはどこか一点を見つめて体を動かすのを止めている。



「イズ、少し下がってて」



カルラはそう言うと、右手で後ろにいるイズを軽く押した。



(え?どうしたんだろ?)



とイズは思っているとその刹那、どこかで爆発音が鳴り響く。

高く広い教会の中に何回も何回もドンドンという爆発音が教会の壁に反響する。

そして、上から教会の支える白い石柱の塵がぱらぱらと落ちてくる。



なんだろう、とイズは思ったその時、イズたちがいるほぼ真上の天井に穴が空き、そこから何かが落ちてきた。

その何かは落下したことで教会の床にひびを作り、その影響で土埃が舞ったことでその何かを隠したが、すぐに正体を現した。

その何かとは大きな瓦礫でも、教会に置いてありそうなものでもなく、たった一人の少年だった。



その少年は髪が燃えるように真っ赤であり、ところどころ跳ね上がっている。

体の線は細いように見えるが、うっすら筋肉があるように見られる。

なぜか裸足であり、フード付きの長袖のパーカーに短パンを履いていた。

どこかカルラに雰囲気が似ているな、とイズが呑気に思っていると、その少年はカルラに向かって爆発するように突進した。

否、実際に爆発していた。

先程まで少年がいた場所には、ポッカリとサッカーボールほどの穴が空いていた。



(足元を爆破させてその反動で近づいた?もしかしてこれが魔法?)



イズはそんなことを思っていると、その少年は拳を握りしめて、カルラに殴りかかった。

数mぐらいしか無い場所から弾丸のように高速接近する物体は目だけでも追うことは困難のはずだ。



しかし、カルラはその弾丸のような少年の拳をまるで流れ作業のように受け流したことで、勢いあまったその少年は酔っ払いのようにその場に転げた。



「ふぅ…」



カルラは後ろに倒れた少年の方を向きながらため息をつく。

それはいつもやっているかのようだった。

カルラに蔑むような目を向けられていた倒れている少年はひょいと立ち上がると、再びカルラにずいっと近づいた。



「一発殴らせろ、クソ姉貴」



「んなことさせるわけねーだろ、バカ弟」



カルラにバカ弟と呼ばれた少年は再び拳を握り、少年にクソ姉貴と呼ばれたカルラに向けて拳を放つが、次は体を少し回転させるだけでひょいと避けられてしまう。

しかし、次に少年が構えたのは拳ではなく掌底打ちであり、その手のひらからは少し煙が立ち上っている。

そして、体を回転させ、その手のひらをカルラに向かって放った。



「吹っ飛べ、爆破」



少年はそういうと掌底打ちを放ち、手のひらから超高温で赤黒い爆風が吹き出した。

その爆風は教会の床を溶かすことでえぐり取る。

教会の床に使われている白い石が熱に弱いわけではない。

もし暴徒がこの教会を来て、中を荒らした場合、修繕が簡単に済むように全ての衝撃に対して強く作ってあるはずだ。

それほどこの少年が放った爆風は衝撃が強かったのだ。



遠目から眺めることしかできていなかったイズでさえ、その熱を感じてしまうくらい大きな熱が急激に広がり、高く広い教会の中の気温が十度くらい上がったように思えるくらいだった。



少年が爆風をくらえばイズの元いた世界の人間が間近でくらえば間違えなく黒焦げになるだろう。しかし、超高熱の爆風をくらったはずのカルラは平然と立っていた。

丸焦げになることもなく、どこか火傷することなくそこにただ立っていた。



「おい、クソ姉貴!魔法使いやがっただろ!」



少年はカルラに指をさして、そう言った。

その指や手、腕は褐色になっていたが、焦げたような跡はない。

やはり自分が放った熱には効果がないのだ。

もし放った本人が熱を感じてしまっては意味がないのだろう。



「はぁ!?あんただって魔法使いやがっただろ!何言ってんだよ!



と、カルラはあきれた様子で言い返す。



ここでまだ遠目で見ていたイズはこの二人姉弟なのかと思いながらも、まだまだ続きそうな姉弟喧嘩をただ眺めることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る