第5話 カナール街

イズは再び暗い中から目を開けた。

この異世界に来てから飛んでばかりだよ、とイズは思っていると、カルラの声が聞こえた。



「あ、起きたか」



イズは天井とカルラが目にうつっているのを最初に感じ、その後ナイロンのような生地を手で感じた。

わざわざ言われなくともわかる。自分は寝転がっており、ここはベッドの上だ、と。



「私………………寝てたの?」



「ああ。テレポート後、あんたの三半規管がやられて、そのせいで気絶してたんだ。悪い」



カルラは手を合わせながら言った。

その顔には誠意はあるのか、ないのかわからないような表情が写っていたが。

しかし、この新たな世界での知識と環境。

それだけで何か嬉しく感じた。

ああ、新たなる世界に来たこと実感できる。

イズはそう思った。



「どうした?」



「いや、なんでもない」



イズはこの大自然を吸い込むように深く深く深呼吸をした。

そんなイズを見てカルラは首を傾げた。



「まぁいいか。ここは都市『アケルナル』の医務室。もうあんたのことはここに住む全員に知り渡っている。だから、住むにはある程度大丈夫だから」



と、カルラは言った。

その言葉に反応したイズはベッドから立ち上がり、そのまま医務室の外に出た。

今すぐにでも外の景色が見たい。外に出て異世界のこの世界を感じたい。

あの無駄に高いビルや人々に囲まれた生活。そんなのはイズにはうんざりだった。

ただ大自然を感じたい。

この異世界の。



しかし、医務室を出たイズは言葉を失った。



都市『アケルナル』

この国の中で商業と戦力をかなり持っている都市。五大都市と呼ばれるうちの一つであり、五大都市唯一の平和主義都市。

ここに住む人は皆争うことを避け、逃げ込んできた者達で人口爆発を起こしつつある。

なのでこの都市はほかの都市とは違い、縦長の建物が多いことで有名である。



「あ、あれ?」



目の前で広がるレンガで積み重なった5階はあるだろう建物と医務室の周りにできる多くの人間の集団。

イズが思っていた異世界とは少し離れていた。

建物もそうだが、医務室の周りに集まっていた住人はイズの元々の世界と同じような服を着ている。

異世界ならば祝いの日でもないのに平然とドレスを着ていたり、もしくは生活がギリギリで切羽詰まって使い古された服を着ていたりするものだろうとイズは思っていた。

しかし、現実は至って平凡であり、ドレスを着ている人も使い古された服を着ている人もいない。せいぜい平凡ではないのは街並みが洋風でありながら、高く積み上げられていることだろう。



「驚いたか?」



イズを追ってきたカルラが医務室の扉の前で上空を見上げ立ち尽くす彼女に問いかけた。

イズはその言葉にびくりと体を縦に震わせ、その後ゆっくりと斜め上を指した。



「これってもしかして……ビル?」



と、イズは問いを問いで返した。

そんなイズの態度にカルラの眉がわずかに揺らいだが、一つため息をつくと冷静さを取り戻した。



「そうだ。これはビル。そして、この通りはアケルナルで大繁盛地域、『カナール街』。全てが揃っていると言っても過言ではない」



と、カルラは誇らしげに言った。

その言葉にイズは声に出すほど深いため息をついた。



イズが求めていたのはこんな元の世界にでも作れそうな建築物のような現実的なものではない。

異世界。その名のとおり『異』なる『世界』、『異』次元の『世界』と元の世界と全く違うものを求めていた。

こんなのは…なんか、違う。



「何か不満か?」



カルラは言った。

カルラがそう言ったはずなのだ。

男らしい風貌をしているカルラであるが、声だけは女の子らしく高かったはずだ。

しかし、今後ろから聞こえた声は深い安堵を覚えさせてくれていた優しく低い声だった。

それはどこか懐かしい声だった。



「ったく仕方ないな」



次に聞こえた声は高く、間違えなくカルラの声だった。



「本当は街まで連れてきたら仕事終了だったけど、仕方ないからもう少しだけ付き合ってやるよ」



さっきの声は何だったのだろう、と考えるイズを片目にカルラはそう言った。

そして最初にイズに出会った時まではつけていなかった銀色のブレスレットを数回カチカチと音を鳴らしていた。

その音は考えていたイズの頭を遮るほど大きく、イズの興味もブレスレットに移させてた。



「そのブレスレットで何してんの?」



と、イズはカルラに問いかけた。

その途端、ブレスレットに一つだけ空いている穴から手のひら並みの大きさの立体映像が生み出された。



「これは魔道具の立体地図。全体的に観れるけど、高額のためあまり所持している人はいない。何かあんたに必要なものを探してあげてる」



カルラはまた誇らしげに言った。

うわ、自慢された、とイズは言いかけたが、流石に中途半端な状態で見放されるわけにもいかない。

なので、心の中で収めることにした。

しかし、魔道具。

いいや、魔法。

ユピテルがこの異世界に送り込む前に言っていた元の世界との違いである『魔法』。

しかし、この世界での魔法はそれぞれが違う魔法を覚えるような魔法ではなく、魔法道具として魔法を扱うのだろうか。



「この世界の魔法って魔道具だけなの?」



自分の疑念を解消すべくイズはカルラに問いかけた。

イズのその問いにやっとイズの必要なものがわかったカルラは立体地図を拡大し、その中心部を指した。



「違う。魔法は必ずしも人が皆持っているもの。異世界から来たあんたはわかんないけど、おそらく使えるはず。だから、アケルナル中心部に『魔導全書』という魔法についての全てが書いてある一冊の本を見に行く。そこであんたの魔法を調べることにしよう」



カルラはそういうと、広げていた立体地図を縮小させた。

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