第2話 導き 2

「でも、珍しい。もしかして、ここが異世界ってわかったの?」



と、その黒髪の女性は不意をつかれたようで多少驚き、少し後ずさりするように少し後ろに下がる。彼女は浮いている為、後ずさりはできないのだろう。



「……ちょっとだけわかったのかも」



出雲は目線をその黒髪の女性から外しながら言った。

あまり誇る気はないことであったからだ。

何故なら今まで両親にそう育てられてきたから。



「ほー、すごいね。この場所は違和感を持った者しかあたしが見えないという制約を結ばれちゃっているから、かなり時間がかかっちゃったけど、ようやく最後の一人が揃った」



だが、その黒髪の女性は馬鹿にする様子もなく、素直な様子で出雲のことを見ながら言った。

出雲はこんなことで褒められるのは嬉しくはないのだが、褒められ慣れていない出雲は、一度言葉を詰まらせた後、心を落ち着かせて出雲は問いかける。



「………………どういうこと?」



「ああ、ごめん。それはこっちの話」



と、黒髪の女性はハッとした様子でそう言った。

そして、こほんと咳払いをすると、



「ここはね。実を言うと、まだ異世界じゃないんだよね。厳密にはあなたたちの世界と異世界の境目」



小馬鹿にするような笑い方をして彼女の周りを回る。上下に動くたびきれいな黒い髪が揺れ、余計にツヤだって見える。そして、こう続けた。



「あと数歩前に進めばその異世界に行ける。ここから先は自分の判断だよ。………………っと、言っても後戻りもできない。でも行かなければ永遠にここにいるだけ」



『永遠にここにいるだけ』という言葉に出雲は全身の血が引いていくのを感じた。

つまりは異世界に行かなければ、この薄暗く何もない世界で生きていかなければならない、ということだ。

見た所、この道に食料になるものなんか一つもない上に、おそらく家らしきものがあるであろう灰色の壁の向こう側に行くことは困難だろう。

もう出雲が選べる選択肢は一つしかないのだ。



そのため、出雲は異世界に行く前提で話を進めていくことにした。



「ちなみに異世界には何があるの?」



出雲はふと思いついた質問を、その黒髪の女性へと投げかけた。

特に意味のある質問でもなかったが、何もしないよりかはマシだと思ったのだ。



「それはキミの世界と異世界の違いを教えてほしいってこと?」



「うん、そういうこと」



「えーっとねー。強いて言うなら、異世界では魔法が使えるくらいかな。キミの世界で言うとゲームの中で出てくる魔法みたいなものかな。あっ、キミもあっちに行けば使えるようになるよ。私がそうさせるからね。想像力次第ってところがあるんだけど」



「魔法……」



出雲はそっと呟いた。

出雲にとっては魔法というのは、小説の中でしか想像ができないもの。

炎の魔法を扱うとして、それは手の平から吹き出してものなのか、それとも武器に付加させるものなのか。

それを文章として想像することはできるが、自身の体を動かして扱えるのかどうか出雲にとって不安だった。



「別に不安がることはないさ。異世界では魔法を扱うことはもはや身体を動かすことと同義。それは異世界の環境がそうさせるものさ。だからキミも異世界にいれば自然と使えるものだよ」



「そ、そうなんだ」



と、出雲は呟いた。



「話を戻すけど、異世界にはネットという概念がないね。例えば、あなたが今持っている、その薄い板」



黒髪の女性が指をさした先には出雲のポケットの中に入った人間が作った文明の利器スマートフォンがあった。



「スマホのこと?」



「そう。それは完全にない。確か、それって他人と連絡が取れたりするんでしょ」



「うん」



「この異世界には魔法でテレパシーってのがほぼ全員使えるから、そんなの必要ないんだよねー」



「……」



「……悪いんだけどさ、早く決断してくれないかな。この世界に入るのか、入らないのかを見守るのが私の役目でさ」



重要な決断の時だというのに、その選択を急かされた。

だが、出雲はそんな理不尽にも慣れている。



その上、決断の内容はここで踏みとどまるか、前に進むかという明確なもの。

イズは震える手を握り絞め、真っ直ぐと黒髪の女性を見つめた。




「……わかった。怖いけど、わからないことばかりだけど、行ってみる」



「おっけ。じゃあ最後になるけど、あっちの世界では色々な事に巻き込まれるけど、基本的には大丈夫だと思うよ」



「色々なこと?」



「そう。本当に色々なこと。人に関することや環境に関すること。そして、社会に関すること」



「え……社会に関すること?」



出雲の決心が少し揺らぎそうになる。

自分はすべての能力が周りから劣っている。

周りの人間の能力が高かったこともあったが、劣等感を抱く原因となっていた社会というものはどうも苦手なのだ。



だが、そんな出雲の感情など無視して、黒髪の女性は話を続ける。



「あっちにだって社会はある。例えキミの世界と異世界が歴史や文化は違っても、人が集まれば社会はできあがる。人というのはそういうものだろう?」



「確かにそうだけど……」



「それじゃあ」



黒髪の女性はこほんと咳払いした。

行くと言ってしまった以上、もう後戻りはできない。



「これでキミの異世界行きは決定しました!歓迎するとともに異世界での名前を与えます。その名は『イズ・アケルナル』。由来はキミの苗字の『出雲』からイズ、そして、『アケルナル』は星の名前でもあるんだけど、キミを送る都市の名前さ」



ここに出雲鈴奈という人物はイズ・アケルナルという人物になった。

しかし、イズは不機嫌そうな顔をしていた。

あまり良い思い出はないが、親がつけてくれた名前をそう簡単に失い、見ず知らずの浮いている少女に名前をつけられた。

気分は決して良くないのだろう。

が、イズはそんなことは言えなかった。

家出をした自分には。



「わかった。私の名前はイズ・アケルナル。だけど、ひとつだけ聞かせてほしい。あなたは何者なの?」



浮いている少女は一瞬戸惑った表情を見せた。

何か変なことでも聞いたのだろうか。



だが、少女は何かの決心がついたのか、一度深呼吸をすると急に真面目な顔をして、



「生まれつき『魔導の極み』に到達している魔神。その中の空間を司る魔神ユピテル。

………と、言ってもキミにはわからないよね」



黒髪の女性、もとい魔神ユピテルは指でパチンと鳴らした。

その動作を反応し、イズの後ろに大きな裂け目ができた。

裂け目から見える向こう側はまるで何も見えず、ただ真っ黒い何かが渦巻いているように見える。

そこにイズはゴミが掃除機で吸い込まれるようにものすごいチカラで真っ黒い何かに入れられた。

それはユピテルに不都合があり、慌てて追い出すかのように見えた

しかし、姿は見えなくなったが、最後にユピテルが言った言葉は聞こえた。



「それじゃあ楽しんでくるといいよ。異世界での生活を」



イズにはその声は何か悲しそうに何か残念そうに聞こえたような気がした。

そのままイズは溶けるように気を失った。

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