第4話 スマホのない時代

「ただいま。」

 柊真は今日1日だけでも色々なことがありすぎて疲労困ぱいで家に帰ってくると、

「お帰り。」

 母親の美紀子みきこの声が台所の方から聞こえてきた。

「あら、今日は遅かったじゃない。どうしたの?」

 美紀子は台所で何かをしながら柊真に聞いてきていたのだが、美紀子は何かいつもと違うことが起きると必ずそういう風に聞いてくる性分で、柊真はそれがいちいち面倒くさくとても嫌だと思っていた。

「別に何もないけど、掃除当番で少し遅くなっただけじゃん。」

 あからさまに不満そうに答えて、台所にいた美紀子の横をすり抜けて階段を上がって自分の部屋に逃げ込もうと階段に足を掛けたところで、

「そう、じゃあそこのテーブルの上にあるおやつ食べて、すぐ塾に行きなさいね。」

「塾?」

 柊真はおもわず会談にかけていた足を止め声に出して驚いていた。

「何とぼけたこと言ってるの、今日は塾の日でしょ。早く支度しちゃいなさいよ。」

(あーそうだった。あの頃の母は当時の言葉で言うと”教育ママ”だった。確かに俺塾に通ってたっけ・・・。)

「わかったよ、すぐに行くよ。」

「すぐじゃなくておやつ食べてから行きなさいって言ってるでしょ。せっかく用意しといたんだから。」

 柊真は美紀子のこういうところも面倒くさいと思っていたが、今は大人?になっていたので、

「わかったよ。」

 そう言ってテーブルん前の食堂に座っておやつを食べながら、

(今日は田中と約束しちゃったしどうしよう、そうだ田中に連絡して外に出てきてもらおう・・・、だめだ、だめだ、スマホとかない時代じゃん、俺家電知らないし。知ってても・・・。)

 柊真は顔をのぞかせて美紀子のいる台所横にある黒い電話機を見ていた。

「ごちそう様。」

 柊真は食べ終わると急いで階段を上って自分の部屋の前まで戻ってくると、

「お兄ちゃんお帰り。」

 隣の部屋から出てきた少年に声を掛けられ、振り返ると、

拓馬たくまじゃないか、まだまだ幼いけれど、正真正銘弟の拓馬だ。面影が残ってる。)

「お、おう、ただいま。俺これから塾言ってくるから。」

 なぜ弟に向かってそんなことを言ってるのかわからないほど動揺していたようだが、拓真は柊真がそんな状態だとは党是の持ってもいないので、そんなことは気にもしてない感じで、

「うん、行ってらっしゃい。」

 普通にそう答えていたが、ふと柊真は考え、

(あれ塾ってどこだ? あれ? さすがに覚えてないぞ。確か・・・。全然思い出せない。あっ、小学生の時って、確か塾いくつか通ってたし、今通ってるにはどこの塾だ・・・。もうここは仕方ない。)

「拓馬、塾ってどこだっけ?」

 突然兄に変なことを聞かれて拓馬はポカンとた顔をして柊真のことを見ていたが、

「お兄ちゃん何言ってるの、駅前の秀英進学塾でしょ。」

(ナイス拓馬。ありがとう! そうだ秀英進学塾だ。そうだ。)

「駅前の秀英進学塾だよな。そんなの当たり前だよな。ははは。ちょっとお前を試してみたんだ。ははは。」

「変なの・・・。」

 すると台所方面から、

「柊真まだいるの? 何やってるの、早く行きなさい。」

 怒った美紀子声が聞こえてきた。

(やばい、もう行かなくちゃ、でも約束が、どうしよう。いいや家出てから考えよう。えーと・・・。)

 柊真は机の横にかけてあった秀英進学塾と書かれた塾のかばんを見つけると、すぐに手に持ち部屋から飛び出して階段を駆け下り、

「行ってきます。」

 勢いよく家を飛び出していった。



(あーどうしよう。このまま塾には行けないし・・・。)

 柊真は駅前に到着はしていたのだが恵子との約束があり、そのまま塾に行くわけもいかずにうろうろと歩き回っていた。

(まじか田中と連絡さえ取れれば・・・。今考えると本当に携帯電話って便利だよな。でもそんなこと言ったて仕方ないしどうしよう・・・。)

 しばらく駅前をうろうろしていた柊真も、ここにいても仕方ないと決心して、今来た道を引き返して、家の近くの空き地まで戻ってきていた。柊真の住んでいる町は都内ではあったが当時はそこら辺に空き地や雑木林があるような地域で、子供たちはそこで野球をやったり鬼ごっこをしたり、あるいは昆虫採集等をして遊んでいたものだった。

 柊真は空き地の何のために置かれているのかわからない積み上げられていた土管の上に座りしばらく考えていたが、

(田中のお母さんとうちのお母さん仲いいから、このまま田中の家に行ってもすぐに俺が塾さぼったってばれちゃいそうなんだよなー・・・。どうすればいいかな・・・。塾からは休んでも確か家に連絡はいかないはずだったような・・・。)

 当時はそこまで子供に対して過保護?ってわけではなかったので、確かに塾を欠席してもそんな連絡をいちいち子供の家庭にすることはなかったようだ。今の時代(現代)だったら、もし子供に何かあったらすぐに塾の責任問題にもなりかねないので、その辺は塾側しっかり自己防衛の意味も含めて家庭との連絡は密にしているようだが。

「もう難しく考えても仕方ない。どうせ塾はさぼっちゃったんだから。」

 柊真はそう言うと、土管の上から飛び降りて恵子の家に向かって走り出していた。

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