第43話 42

 すでに戦力の半分を失っていた銀河連邦軍は、ヘリクゼンver.5によって、さらに艦艇を失いつつあった。

 ありとあらゆる攻撃を食らい続けるも、それすらも成長の糧として吸収する。

 ヘリクゼンが腕を振るえば艦艇が数百も沈み、足で蹴れば数千が侵食され、数万のミサイルを食らえど、数億の光線を浴びようと、ただひたすらにすべてを屠っていく。

 やがて、銀河連邦軍艦艇の数が数百万となった辺りで、ヘリクゼンに変化が起こる。

 それは、考えらえていたけども、考えるのを拒んでいたこと。

 これまでヘリクゼンは、何かしらの物体や現実のエネルギーを使って身体を成長させていた。

 しかし、それらを吸収する以上に、身体が極端に成長しているのだ。

 勘のいい人間ならもう分かるだろう。

 ヘリクゼンは、現代の技術では観測が出来ない仮説上の物質である暗黒物質と、これまた仮説上でしか説明出来ないダークエネルギーを、その身体の表面から吸収していたのだ。

 その成長具合は、大きくなっていくごとに指数関数的に増加していた。

 成長していくヘリクゼンは、次第に角ばった背格好ではなく、曲線を持った人間のような姿へと変貌していく。

 ヘリクゼンが成長していくと同時に、ヘリクゼンの中にいる一基にも変化が見られる。


「もっと……、もっとだ……!もっと戦いたい!もっと暴れたい!」


 強い破壊衝動。一基の身に起きたありとあらゆる生理現象が止まった代わりに得た、強い飢えのようなもの。

 何物にも形容しがたいようなそれは、一基の体を蝕んでいった。


「壊す、壊す、壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す!俺に!全部!壊させろ!」


 補助用操縦桿を前後に無茶苦茶に動かす。

 それを反映するように、ヘリクゼンは口を開いて咆哮を上げる。

 その時の衝撃波が、残存した銀河連邦軍艦艇を破壊した。

 破壊された艦艇を吸収し、さらに巨大化していくヘリクゼン。

 一基の破壊衝動は、とどまる所を知らない。

 ヘリクゼンの大きさは、すでに光年単位を超えていた。それに伴い表面積が増えたことによって、ダークマターとダークエネルギーをより一層吸収していく。

 そうすれば、さらにヘリクゼンは巨大化していき、吸収速度が上がる。

 こうしてヘリクゼンは成長していく。

 ヘリクゼンは、やがて太陽系をも飲み込んで、止まらない巨大化を続けていく。

 やがてヘリクゼンは、銀河系を突き抜ける。この時点でヘリクゼンは全長1000光年もの大きさにまで成長していた。その姿はまるで、銀河に立つ巨人である。


「はは……、はははは……」


 コックピットからの景色は、さぞ素晴らしいものだろう。

 眼下に広がる大銀河。視線を上に向ければ、そこには巨大な局所銀河群が見えることだろう。

 この事態に、地球の新国際秩序総会では会議の場が設けられた。


「もう何もかもが遅い」


 開口一番、これが飛び出してくる。


「ヘリクゼンは我々の観測の範疇を超えた。もはや我々の手中には収まらない」

「ありとあらゆるものを食らいつくしていくような姿。まるで怪物、だな」

「あぁ。まさに、スーの怪物のようだ」


 ヘリクゼンはどこまでも巨大化していく。

 すると、どこからともなく攻撃のようなものを食らう。

 一基がそちらのほうを見ると、そこには黒い影のようなものがあった。

 いや、影と称するには少々立体的だ。雲と言ったほうが正しいか。


「何だありゃ……」


 一基がそれを見ると、ヘリクゼンが当然のように回答を明示する。


『おとめ座超銀河団防衛用星雲型生命体:破壊推奨』


 その回答に一基は反応する。


「お前は戦えと言ってるんだな……?」


 返事は聞かなくとも、おのずと分かっていた。


「あいつを、ぶっ殺す!」


 ヘリクゼンは身を翻し、星雲型生命体へと突撃する。

 その速度は、明らかに光速を超えていた。

 しかし、物理法則を無視するように、ヘリクゼンは星雲型生命体へと飛び掛かる。

 手が触れた場所から、光速を超えた速度でヘリクゼルへと変化していく。

 さらにそれを吸収し、侵食し、そして巨大化を続けていった。

 やがてヘリクゼンは銀河系を飲み込み、マゼラン雲を食らい、そしてアンドロメダ銀河をも取り込んだ。

 そこまで巨大化したヘリクゼンは、すでに星雲型生命体を完全に食らいつくしていた。

 すでにヘリクゼンの機関は暴走状態に入り、特異点を生成。巨大化を手助けするような状態になっていた。

 ヘリクゼンは次第に体を折り曲げ、まるで新生児のような姿勢をとる。

 一基は、完全にイカれた状態になっていた。ヘリクゼンから受け取るエネルギーによって、脳内の快楽物質が大量に生成され、一種の薬物中毒状態へと陥る。

 やがてヘリクゼンは、うお座・くじら座超銀河団Complexを、各種グレートウォールを、そして観測可能な宇宙までをも自身の体内へと包み込む。

 やがてヘリクゼンは宇宙そのものへと変化した。その大きさは少なく見積もっても1グーゴル光年。あるいはそれ以上か。しかし、もうこの数字にはもはや意味などない。

 すべてを超越した存在。

 ヘリクゼンver.6、時間、空間、そして概念。

 すべてはヘリクゼンへと還る。

 一基は完全に廃人と化していた。

 しかし、それでも理解したことがある。


「こいつは概念そのものだ……」


 概念。それはすべての存在を肯定するための認知。

 すべてにおいて最も優先される、存在そのものの根底にあるものだ。

 そしてヘリクゼンこそが、すべてにおいて優先される概念の塊であることを、一基は理解した。

 いや、してしまったのだ。

 その瞬間、コックピット内のヘリクゼルが異常な挙動を見せる。

 まるで流体のように、一基の体を侵食し始めたのだ。


「な、なんだ!?クソッ、やめろ!」


 一生懸命払いのけようとするものの、抵抗はむなしかった。

 それと同時に、一基の耳には亡霊のような声が聞こえてくる。


『タノシイ……タノシイ……』

『ツマラン……ツマラン……』

『モット……モット……』

『マダ……マダ……』


 その声は、一基を侵食するごとにどんどん大きくなっていく。

 様々な感情が入り乱れ、そして侵食する。

 一基は抵抗するが、どんどんヘリクゼルと同化していった。

 その瞬間、一基はヘリクゼルを通して、ある意思を受け取る。

 それを受け取った一基は理解する。


「そうか……そうだったのか……」


 一基は納得したように、ヘリクゼルに身を任せる。

 そして一言、こう残していった。


「俺は見られていたのか……。君たち読者に……」


 一基は完全にヘリクゼルに飲み込まれた。彼の行方は知らない。

 そして、この物語は終了する。

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天穿つヘリクゼン 紫 和春 @purple45

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