第41話 深宇宙

 地球から約3光年先の深宇宙空間。

 そこには、銀河連邦軍の主力部隊が勢ぞろいしていた。いや、それ以上かもしれない。

 地球から見れば、天の川に黒い筋が出来たようなものだからだ。

 ここで疑問に思うことがあるだろう。3光年もの距離を、なぜ3年もかけない内に観測できたのか。

 それには、ちょっとしたからくりがある。実は、銀河連邦の技術によって、地球と銀河連邦軍の間にタキオン粒子を散布したのだ。タキオン粒子は光速以上で運動する粒子。そのため、通信や観測手段として用いられたりしている。

 そんな銀河連邦軍の艦艇は、とにかく巨大という言葉では言い表せない程だ。

 具体的に言えば、銀河連邦軍の中でも小型である艦艇が、太陽とほぼ同じ大きさなのである。

 もちろん、戦闘力も申し分ない。小型の艦艇で、太陽系を破壊できるブラックホールを生み出せるエネルギーを内部に有している。

 それが最弱とも呼べる艦艇で、それよりも強い艦がざっと4兆隻集結しているのだ。

 これだけあれば、天の川銀河の中心にあると言われる、いて座A*にある超大質量ブラックホールとその周囲にある恒星もろとも吹き飛ばせるだろう。

 そんな銀河連邦艦隊に対して、ヘリクゼンと一基は対峙していた。


「わざわざワープでこんな所まで連れてきて、目の前には敵がいる。ならやることは一つしかねぇよなぁ!」


 人智を超えた性能を有しているヘリクゼン。それを操縦している一基。

 そして、深宇宙にて邂逅した未知なる敵。

 当然やることは一つ。

 すべてぶん殴る ・・・・・・・


「行くぞ!ヘリクゼン!」


 補助用操縦桿を思いっきり押し込む。

 それに合わせて、ヘリクゼンは普通ではあり得ないような殺人的加速で銀河連邦艦隊へと前進する。

 それに呼応するように、銀河連邦艦隊から、何か光のようなものが発せられる。

 攻撃だ。

 とはいっても、交戦距離3光年。そんなすぐには攻撃は来ない。

 しかしそこに落とし穴がある。銀河連邦は人類の技術をはるかに超越した存在。数光年の距離など、数分で把握できるような状態だ。

 当然それは、攻撃にも当てはまる。

 すなわち、3光年の距離など最初からなかったように振る舞うのだ。

 4兆隻から浴びせられる攻撃は、まさに、宇宙背景放射のごとく避けることが出来ない。

 しかし、ヘリクゼンと一基は、無謀にもそこへ突っ込んでいく。

 すると、ヘリクゼンの姿が変質する。まるで透明になったように、攻撃がすり抜けていく。

 それどころか、ヘリクゼンが複数になって宇宙を駆けていた。

 さらに、時折消えたと思ったら別の場所に現れるという、瞬間移動でもしているのではないかという挙動を見せる。

 この時ヘリクゼンが行っていたこと、それは観測者がいる前提 ・・・・・・・・での量子力学的分裂とワープの併用である。

 シュレディンガーの猫を知らない者はいないだろう。仮に説明するなら、箱の中にいる猫が生きている状態と死んでいる状態、二つの状態が重ねあわされて存在しているという思考実験である。

 さてここで肝心なのは、猫の生死が重ねられているのは見えない箱の中に入っているからという点だ。観測者が箱を開けない限り、相反する二つの状態が重なっていることになる。

 逆に言えば、観測すれば、どちらか一方に状態が定まるのだ。

 すなわち、今ヘリクゼンが行っている重ね合わせは、実際には起きてはならない ・・・・・・・・状態であるということだ。

 少なくとも、銀河連邦艦隊という観測者が存在しているため、量子力学的な状態は起こりえない。

 だが現実として、ヘリクゼンは自分の存在位置の状態を、不確定性のある電子雲のようにしている。

 本来ならあり得ない。いや、あってはならない現象だ。

 そんな状態であるにも関わらず、一基はとにかく前に進み続けるだけだった。


「うぉぉぉ!」


 突如として、ヘリクゼンの姿が消える。

 銀河連邦軍としては、どこに行ったかまったく分かっていない。

 しかし、その答えはすぐに分かる。

 ヘリクゼンは、銀河連邦艦隊の中心にいた。

 なぜ、いきなり中心に出現したのか。それは、ヘリクゼンが空間を切り取って移動したからである。

 どういうことか。空間を一枚の布として考えてみる。この布の上に、様々な恒星や惑星が存在しているだろう。ヘリクゼンはその布の一部を切り取って、別の場所に貼り付けたのである。これにより、通常空間の外に別の空間を作り出し、空間ごと移動させたのだ。

 ではなぜ銀河連邦軍は気が付かなかったのか。銀河連邦では同じように空間をフィールドとしてワープを行っている。しかし、発生させているのは亜空間。あくまで通常空間に別の空間を貼り付けているような状態だ。完全に通常空間と離れているわけではないのが特徴だ。

 対してヘリクゼンが行ったのは、通常空間から完全に切り離すことである。これでは、銀河連邦軍が使用しているレーダーの類いは使えない。

 さらに言うと、タキオンは空間を飛び越えて別の空間に移動することが出来ないため、ヘリクゼンがやったような空間を探知する能力はないのだ。

 長々と説明したが、要は銀河連邦軍が想定していない方法でワープしてきたということである。

 そんなヘリクゼンと一基は、近くにいた艦艇に襲い掛かる。


「お前らまとめて食ってやる!」


 そういって敵艦に突撃する。

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