第40話 月面

 ヘリクゼンが月に着陸して数日が経過した。

 月面に設けられた簡易観測所の近くで、ヘリクゼンは横たわるように静止していた。


「こいつ、本当にあのヘリクゼンか?」

「総会の話ではその通りだと思うのだが、いくらなんでもこれは何かおかしいな……」


 観測員たちが話をする。

 現在の新国際秩序の世界では、ヘリクゼンは英雄の象徴とされている。

 そのヘリクゼンが出撃したと思ったら、巨大化して戻ってきたのだ。誰でも驚くだろう。

 それに、少しずつではあるが、ヘリクゼンは月そのものを侵食していた。

 月面と触れている所から、ヘリクゼル化が進んでいるのだ。

 それを吸収し、わずかではあるものの、まるで成長していた。

 一方で一基は、コックピットからどうにかして神武へと移動していた。

 コックピットのある位置から出口まで、およそ100km以上と、まさに移動するだけでも大変な程だ。

 一基の回収には、神武が用いられた。ヘリクゼンのコックピットのある場所までは、通路のように、道が開通していたのだ。

 それによって一基は回収された。


「無事ですか?一基様」


 神武の艦橋で、世話人が聞く。


「まぁ、問題ない」

「とにかく、何か食事でも取られたらいかがですか?あいにくレーションしかありませんが」

「いや、いらない」


 今の一基は、まるで生理現象が止まったような状態だ。

 そのため、食事の類いがいらない。

 これを聞けば、非現実的であると思うだろう。

 しかし、何かがあるのがヘリクゼルだ。一基の体そのものを変化させてしまったような、そんな何かがある。

 神武は地球へ帰還せず、月面基地へと向かう。

 そこで、新国際秩序総会からの指示を待つのだ。

 しかし、指示を待つだけというのもつまらない。

 一基はあてもなく、ただブラブラと月面基地を散策していた。

 すると、そこにいる職員が、ヒソヒソと陰口を言っている。いや、分かってしまう。

 それもそうだ。英雄とはいえ、かなりの損失を出す戦い方をしている。

 特に第二次異星人侵攻時の、世界各都市にヘリクゼン・トマホークを撃ち込んだのはかなりヘイトを買ったようだ。

 しかしそれでも、世界を救ったのは間違いない。

 そのため、今の一基に対して複雑な感情を抱いている者も多いだろう。

 当の本人はというと。


「注目の的になるのは面倒だな……」


 こんなことを言っているのであった。

 それから数日が経過した。

 ヘリクゼンの成長は止まらず、月の1割ほどを食らう。

 それによる気象変動などが発生し、地球は未曾有の危機に襲われていたりしていた。

 そんな中、ヘリクゼンの整備班がヘリクゼンのことを見るものの、その巨躯を見てあきらめる。


『こんなもの、もはや人類の叡智ではどうにもできん』


 整備班長が中継映像の時点で見るのをやめた。


『そもそもこんな巨大構造物を管理した人間がいるもんか。小惑星ですって言われたほうがマシだ』


 その考えは間違ってはいない。

 確かに、人類が全長1000kmを超える機械や構造物を作ったことも、保守整備したこともない。

 もはや誰の手にも負えないのである。


『俺はもう降りる。こんな仕事やってられるか』


 そういって、一方的に通話を切った。


「困りましたね。このままではヘリクゼンの整備が滞ってしまいます」


 そう世話人がいう。

 しかし一基は冷静だった。


「問題ない。今のヘリクゼンにはこれ以上の施しはいらない」


 それは、自信にも似た確信であった。

 それと時を同じくして、月面基地があるものを観測した。


『銀河中心部方向より、黒い影を発見!なんなんだ、これは……』


 その時である。

 誰もいじっていないのにも関わらず、ヘリクゼンが起動し、動き始めたのだ。


「ヘリクゼン活動開始!」

「一体何が起きている!?」

「こっちに来るぞ!」


 ヘリクゼンは、起き上がるために手をついたのだが、その場所が月面基地の一つであった。

 それを何もなかったかのように潰し、起き上がる。

 その時だった。

 一基の体の周囲が光り輝く。


「一基様!」


 世話人が思わず手を伸ばすのだが、遅かった。

 一基は、一瞬でヘリクゼンのコックピットにワープしたのである。


「これは……」


 その時、メインモニターにとある文字が書かれる。


『敵:銀河連邦軍 規模:全軍 目標:すべて撃破』


 それを見た一基は、本性を露わにする。


「戦えと言ってるのか……?それがお前の意思なんだな……!」


 そういうと、一基は補助用操縦桿を握る。


「なら行こうじゃねぇか!お前の目指す先へ!」


 そう言ってヘリクゼンは出撃する。

 それを見守る数人の影。総会意思決定機関だ。


「……彼はもう、誰にも止められないのか?」

「ほぼ暴走状態だ。もう何もいうまい」


 ヘリクゼンが月から十分に離れた所で、変化が生じる。

 それは、今までのヘリクゼンには搭載されていなかった機能。

 ワープである。

 目の前の空間が歪むと、そのまま別の景色へと移り変わる。

 目の前には、黒い影のようなものが見えた。

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