第二十章〜第二十二章

第二十章 ジャック 燃え上がる正義

ジャックは自身の仕事を誇りに思っていた。

正義、それが男がこの世界で信じられるものであり、自身の役目だった。

幼少期から警察官だった父の背中を見て育った影響はもちろん大きいだろう。

そして殉職した父の棺桶にすがり泣き叫ぶ母の背中を見たときに、ジャックの生き方は決まった。

この世から犯罪を無くすため、これ以上父や母のような人間を減らすため、いかなる訓練にも耐えた。

だがこの世では正義なんてものは大した力を持たないことを思い知った。

正義が勝つのは映画やコミックの中の話であり、だからこの世には悪が蔓延る。

「ふざけるな、ここであいつを逃せば新たな犯罪が生まれる」

上長のデスクを殴り、前屈みになりながら男は叫んだ。

後ろに立つマーカスがジャックの肩に手をかける。

「おい、落ち着け」

ジャックはかけられた手を払い上長を睨む。

「お前の言いたいこともわかる、しかし証拠がないだろう」

「この殺しは明らかにあいつが部下に指示を出している」

5時間前、海岸にて若い男の死体が発見された。

ジャックはマーカスと共に現場に向かい、魚に食い荒らされた男の死体と対面した。

死体は若い政治家であった、正義を信じこの街から犯罪を無くすための政策を掲げていた。

彼が当選した途端、彼は自慢の笑顔も演説もできない死体となって目の前で死体袋に入れらた。

「何故正義を叫んだだけで殺されなくちゃならないんだ」

ジャックはマーカスと共に煙草に火をつけ、死体袋のチャックが閉められる様子を見ていた。

「もどかしいな」

マーカスは顔をしかめる。

「デイブ、あいつしかこんな事はできない」

ジャックは煙を吐きながら、死体をのせた車両が遠ざかって行く様子を見つめた。

「こんな時にあの人が現役ならな」

マーカスは半分になった煙草を地面に落とし、靴底で火を消した。

あの人とは新人だったジャックとマーカスを警察官へ育て上げた上司だった。

実の父を幼い頃に亡くしていたジャックは上司を父のように慕っていた。

だが若い頃から犯罪と戦い続けた体は定年前に上司の体を蝕んだ。

2人が1人前になるのと同時に引退し、今では隠遁生活を送っている。

「だったら俺たちが捕まえればいい」

ジャックはフィルターまで焼けた煙草を地面に投げ、振り返りパトカーに戻った。

そして警察署に戻ると現在の上司から捜査中止の命令を受けた。

そしてマーカスの制圧も聞かず、怒鳴り散らした。

退室を命じられた後、マーカスは男を説得し警察署の外に連れ出した。

「お前はすぐに熱くなるな、いいかげんその性格直したらどうだ」

「警察がこんなんじゃ、この世から犯罪がなくならない」

マーカスは頭をかきながら、諭すように男に言った。

「この世界はコミックじゃないんだ、いい加減それに気付いたらどうだ」

マーカスが警察官を目指した理由がコミックのヒーローに憧れたからということをジャックは知っていた。

だが今目前にいる男はそれを否定している。

「俺は俺の役目を果たすだけだ」

男が歩き始めると、しばらくしてマーカスが追いかけてくる。

「珈琲でもどうだ、お互い熱くなりすぎた」

「やる気になったのか?」

ジャックが問いかけると、マーカスはため息をつき答えた。

「付き合えるのは俺ぐらいしかいないだろ」

2人は肩を揃え、行きつけの喫茶店へ歩き始めた。

大通りに面した木造の建物のドアを開けると、カウンターの裏からマスターが歩いてくる。

「よく来たな」

この店は以前の上司が懇意にしていた店であり、新米の頃から世話になっている。

「珈琲と灰皿を頼む」

2人は並んで、カウンターに座ると灰皿が来るのを待たず煙草に火をつけた。

煙を吐き出すと、マーカスがジャックに問いかける。

「さっきの話の続きだが、何かアテはあるのか?」

ジャックは制服の胸ポケットから1枚の写真を取り出した。

「こいつならデイブの居場所を知っているはずだ」

写真には眼鏡をかけた人の良さそうな男性が車から降りる様子が写っている。

「ジャッカルか、だがこいつと取引するのは些か危険すぎやしないか?」

この男の名はジャッカル、本名ではない。

こいつは情報屋で警官だろうと悪党だろうと金さえ払えば情報を売るような男だ。

「危険は承知だろ」

ジャックが咥えた煙草から灰が落ちる寸前で、マスターが机の上に灰皿を置いた。

「流石だなマスター」

マーカスは灰皿からたなびく煙を眺めて言った。

「また2人で馬鹿なことをやるのか?」

ここのマスターの前では隠し事はできない。

「馬鹿をやるのはこいつだ、俺はその付き添い」

マーカスは煙草を消すと、男の方を向き答える。

「俺から見れば2人共馬鹿だな」

マスターは珈琲の入ったカップをカウンターに出す。

ジャックはそれを一口啜る。

「あの人が現役なら3人でやってたさ」

ジャックは2本目の煙草に火をつけ、煙を吸い込む。

ここの珈琲と煙草の組み合わせは無類だ。

仕事が終わるとマスターは裏へとはけて行った、基本的に客がいなければ、この店のマスターは表にはいない。

「今夜あいつのところへ行くぞ」

ジャックはマーカスの方を向く。

「となると用意が必要だな」

マーカスは答えた。

2人は珈琲を胃に流し込むと、勘定を払い店を後にした。


第二十一章 ジョン 殺し屋という仕事

呼吸を整え、標準を合わせる。

本来であれば狙うのは人間の頭部だが、レティクルの中心には赤く熟れた林檎が一つ置かれている。

「合図と同時に撃て」

後ろで冷たく師匠が言い放つ。

自分の心臓の音が聞こえる、それすら雑音だ。

合図はまだか、引き金にかけた指に力が籠る。

心音が早くなり、体が強張る。

早くしてくれ。

上がってきた胃液をなんとか押さえ込む。

「撃て」

合図と同時に引き金を絞る。

銃声と共に林檎は四方へ飛び散った。

「一瞬遅れたなジョン、これが仕事なら失敗だ」

立ち上がり、構えていたライフルを地面に置くとジョンは師匠の元へ向かって歩いた。

無残にも撃ち抜かれた林檎の甘い匂いをかすかに感じる。

「お前は臆病だ、だがそれはこの仕事において悪いことではない」

師匠は歩いてきたジョンを見据えて言った。

「これを持て」

そう言った師匠の手にはベレッタが握られている。

ジョンはそれを受け取ると、マガジンを引き抜き、チャンバーが空であることを確認する。

その後、マガジンを装填した。

そしてスライドを前進させる。

「慎重さはこの仕事で大事なことだ、例えそれが怯えからくるものでもな」

師匠は腕を広げ、手に何も持っていないことを示すとこう言った。

「俺を撃てジョン」

銃を構え、引き金を引く、ただその2アクションだけだ。

この距離なら外しようがない、しかしジョンは予想外のことに戸惑った。

「早くしろ」

師匠の言葉が冷たく突き刺さる。

ジョンは銃口を師匠へ向け、引き金を引いた。

銃声が響く。

それと同時にジョンは銃を落とした。

師匠の体には傷一つ付いていない。

ジョンは手を抑え、膝をつく。

落ちたベレッタからスライドが分離している。

「何故、銃口を確認しなかった」

師匠はジョンを見下ろす。

銃口に何かが詰まっていれば銃は暴発する、それは常識だ。

師匠は氷が入った袋をジョンに投げると、後ろを向き、片付けを始める。

「準備だ、ジョンこの仕事では準備が何よりも大事だ」

ジョンは手を冷やしながら黙ってうなづいた。

片付けが終わると、2人は車に乗り込み、帰路へついた。

都会の喧騒から離れた山道を進むと、木造の建物が見える。

ジョンは師匠に命を救われてから、3年間行動を共にしている。

車を止め、玄関へと上がる。

師匠は戸棚から缶詰を2個取り出すと、それを机に置いた。

そして近くの椅子へと腰を下ろした。

「明日の仕事はお前が引き金を引け」

師匠は缶詰を開けながら、ジョンへ言った。

これまで師匠の仕事に同行したことはあったが、直接手を下すのは初めてだった。

ジョンは驚きながらも、うなづき返事をした。

2人は缶詰を平らげると、机の上へ資料を並べた。

「今回の標的はこの男だ」

そう言うと師匠は1枚の写真を机に並べる。

人当たりが良さそうな笑顔を浮かべる若い男性がこちらを見つめている。

ジョンはその顔を覚える。

「明日、標的は船で自身の当選パーティを行う予定だ」

そう言うと想定される船のルートを指でなぞった。

標的が1人になったところを見計らい、このポイントから狙撃する。

距離はおよそ500m、ジョンは今日の訓練を思い出す。

このための狙撃訓練だったのかと負に落ちた。

ジョンは狙撃があまり得意ではないことを自負している、それよりも拳銃での戦闘が得意だった。

しかし、スーツを着て船の上でパーティに潜入するなど殺し屋のすることではない、映画の中なら別だが。

「ライフルの準備をしておけ、銃口まで隅々とな」

そう言うと師匠は椅子から立ち上がり、ベットへと転がり込んだ。

ジョンは食べ終えた缶詰をゴミ箱へ捨てるとケースからライフルを取り出し、点検を始めた。

銃口まで隅々と、今度はヘマはしない。


第二十二章 ジャック 捜査の始まり

ジャックとマーカスの前には多くの銃が並べられている。

ここはマーカスのガレージの中だ、締め切っているため中は酷く蒸し暑い。

ジャックは壁に架けられているコルトガバメントを手に取り、何度かスライドを引く。

「ここまでくるとお前の銃好きは病気だな」

マーカスはジャックの言葉に笑顔で返すと、棚から銃弾とマガジンを取り出す。

「だがここまでの装備は警察署には置いてないぞ」

「お前は何を持っていくんだ?」

ジャックの言葉を尻目に、マーカスは壁からグロックをとる。

グロック34、通常のグロックシリーズとは違い、銃身が長く、安定した命中率を誇る自動拳銃だ。

「そんな銃は女、子供が使うものだろ」

「ならお前のそれは、第二次世界大戦中の兵士が使う古い銃だ、最新のものには勝てないよ」

しばらく、2人は無言でマガジンに弾を込める。

そして、マガジンを差し込むと、スライドを後退させ、弾を装填する。

ホルスターに銃を納め、2人はガレージを後にした。

パトカーでジャッカルの元へ行く訳には行かないので、マーカスの車に乗り込む。

ハンドルを握るマーカスはひどく緊張しているようで、脇の下には汗が滲んでいた。

「緊張しているのか?」

ジャックが尋ねると、マーカスは静かに首を縦にふった。

「あの人が引退してから、無茶なんかしてなかったからな、緊張もするさ」

「お前なら平気だ、射撃の腕は俺が知る中でお前が一番だからな」

「その腕が鈍ってないことを祈るよ」

そう言うとマーカスは緊張が溶けたのか、少し笑った。

しばらくすると、都会の闇に埋もれてしまいそうな薄汚れたビルが視界に入る。

ジャッカルはここにいる、同僚は路肩に車を寄せると、エンジンを切り、ゆっくりと呼吸をする。

「本当にやるんだな」

ジャックは、ホルスターから拳銃を取り出し、ハンマーを下ろす。

「後戻りはできない」

ジャックは静かにそう呟いた。

2人は車を降りると、入り口の前に立った。

辺りには通行人の影はない。悪党が隠れるにはうってつけの場所だ。

ジャックは、開かなくなった自動ドアを手で開けると、中へと入っていく。

その後ろにマーカスが続く。

目前にエレベーターが見えるが、自動ドアすら動いていないビルだ、おそらく動かないだろう。

2人はエレベータ横の非常階段から上へと上がっていく。

このビルは5階建てで、ジャッカルは3階にいるはずだ。

2人が階段を上がる音だけが、響く。

その音はビルの壁に吸収されていく。

そして3階にたどり着くと、ジャッカルがいるであろう部屋の前に2人は並んでいた。

その時、2人の耳に男の怒鳴り声のようなものが聞こえた。

ジャックは間髪入れずにドアを蹴破ると、銃を構え中へと入っていく。

2人が廊下を進んでいき、明かりが漏れるドアを開けるとそこには3人の男がいた。

一人は椅子に座り、両腕を天に突き出している。

そして二人はその男に向かい銃を構えている。

「これは随分と愉快な状況だな」

ジャックは3人の男の顔を見ながらそう言った。

「お前ら一体誰なんだ」

今にも泣き出しそうな男はジャックに向かい訪ねた。

それと同時に2人の男がジャック達に敵意を向ける。

「部外者は出て行ってもらおうか」

返答の代わりに、ジャックは向かってきた男の顎に拳を振るう。

倒れた男の後ろから、もう一人が銃を構えようとするが間に入ったマーカスがその男の腹に蹴りを入れる。

情けない声を出しながら、2人の男は地面に這いつくばる。

それは一瞬の出来事だった。

「お前がジャッカルだな?」

ジャックはそう尋ねる。

ひどく驚いた顔をした男は腕を下ろし答えた。

「確かにそうだ、助かったよ」

「お前に聞きたいことがある」

ジャックは懐から1枚の写真を取り出し、ジャッカルへ突きつける。

「この男を知っているか?」

ジャッカルは壊れた扇風機のように首を横に振る。

「知らない、本当だ」

ジャックは呆れた様子で、マーカスを呼びつけ耳元でささやく。

「外を見張っててくれ、俺はこいつとじっくり話合わなきゃいけない」

「あまり時間をかけるなよ、こいつら2人の身元もわからないんだ」

そう言うとマーカスは地面に横たわる2人の男に目を向ける。この様子じゃ当分目は覚まさないだろう。

「時間がかかるかどうかはあいつ次第だ」

それを聞くとマーカスはジャックの肩を叩き、玄関へ向かった。

室内には男が2人、正確に言えば4人だが意識がない2人は勘定には入らない。

「いいか、もう一度聞く、この男を知っているな」

「助けてくれたことには感謝してる、だが俺も無い袖は触れないぜ」

ジャックはジャッカルの髪を掴むと、机に叩きつけた。

「本当に知らないないのか」

その手は後頭部を掴んだままだ。

机の上に点々と血が垂れる、鼻を強く打った性だ。

「そいつのことを話したら殺される、あの2人も俺を口止めにきたんだ」

必死にジャッカルは秘密を守ろうとする。

「政治家が殺されてる、それについてはどうだ?」

「政治家なんて殺されて然るべきだ」

ジャックは掴んでいた手を離すと、そのまま拳を振り下ろした。

「お前の考えを聞いてるんじゃない、質問に答えろ」

「頼む、俺は死にたくねぇんだ」

鼻と口から血を流しながら、ジャッカルは必死になっている。

しばらくジャックは動きを止めた。

「自分で選んで情報屋をやっていたんだろ、それくらい覚悟の上で」

血が混じった茶色い涙を流しながら、ジャッカルが口を開こうとした。

その時、マーカスがドアを開け、ジャックに近づく。

「おい、緊急事態だ」

ジャックはホルスターから拳銃を抜き、答える。

「なんだ?」

「誰かがこっちに来るぞ」

マーカスも同じく銃を構える。

そこでジャッカルが口を開いた。

「終わりだ、組織の奴らがきやがった」

組織、その言葉が妙に引っかかる。

だが時計の針は止まらない。

「こいつを連れてここから出るぞ」

「わかった」

そう言うとマーカスはジャッカルの肩に手を回し立たせる。

「妙なことは考えるなよ」

ジャックが先導し、玄関を出ようとしたその時足元に廊下の影から銃声が響く。

すかさず、ジャックも応戦するが、敵の姿が見えない。

「強行突破しかないな」

マーカスはうなづくと、ジャックの肩に回した手にいっそう力を込めた。

3人は非常階段を目指して走る、だがそううまくは行かない。

前方からスーツの男があらわれこちらに向かい発砲する。

弾丸がジャックの肩をかすめる。

ジャックは反射的に男の膝に向け、発砲した。

発砲音ののち、男は足から崩れ落ちる。

倒れた男の頭をジャックは蹴り飛ばした。

「平気か?」

マーカスが肩の傷を気遣う。

「かすり傷だ、さっさとここを出るぞ」

ジャックの上着に血が滲んでいる。

それを物ともせず、ジャックは先行して非常階段へたどり着いた。

ジャックが階段を降りようとした時、下の階から男がジャックへ向け発砲した。

しかし弾丸はジャックの頭上の蛍光灯を撃ち抜いた。

既に薄暗かった階段から光が奪われる。

ジャックは身をかがめ、相手の出方をみる。

ライトは携帯しているが、使えばこちらの居場所を悟られる。

後ろを見ると、マーカスが銃を構えている。

「俺に任せろ」

マーカスはそう言うと、ジャックの前に立ち、階下を見下ろした。

男がさらに発砲したその時、同僚はそのマズルフラッシュを見逃さなかった。

マーカスが発砲すると、暗闇の中から呻き声が聞こえる。

どうやら命中したらしい。

ジャックは下に降り、呻き声のする方へライトを点ける。

男は肩を撃ち抜かれ、銃を落としている。

3人はその男を尻目にエントランスへ降りて行った。

そして車に乗り込む、マーカスが運転席に座り、ジャックとジャッカルは後部座席へと座った。

「どこに向かえばいい?」

「署に向かえ」

それを聞くとマーカスはアクセルを踏み込んだ。

3人はマンションを後にする。

ジャックはしばらく後ろを眺めている、追手が来ていないことを確認すると、息を吐いた。

「質問に答えれば証人として保護してやる」

ジャッカルはしばらく考える表情をし、何も答えない。

「組織が来たんじゃ俺の寿命もそろそろだな」

「その組織とはなんだ」

「権力者のためにどんな汚れ仕事でも受ける人間の集まりだ、犯罪者や元軍人の集まりだと言われてる、身寄りのない子供を拾って仕事をさせるなんて話も聞いたことがある」

「何故、お前がそんな奴らに狙われるんだ」

「知りすぎたのさ、色々とな」

ジャックは煙草を取り出し火をつけた、車内に煙が立ち込める。

「一本もらえないか?」

無言で煙草とライターを差し出すと、ジャッカルは煙草を咥え火をつけた。

「組織は常に権力者の意向に従って仕事する、今1番の権力者はデイブだ」

ジャッカルは大きく煙を吐いた。

「あの殺しはデイブの指示で組織が実行したってことか」

組織、そんなものがこの世に存在していることを今知った。

自分が今まで戦ってきた犯罪者とは訳が違う。

「俺も終わりだ」

ジャッカルの煙草を持つ手が震えている。

「おい、検問だ」

煙たい沈黙をかき消すようにマーカスが口を開くと、ジャッカルは前に乗り出す。

パトカーが1台、警官が路上に立ちこちらに止まるよう指示を出している。

マーカスが車を停め、窓を開けるとサングラスをかけた警官がこちらに近づいてくる。

「すみません、一度車から降りてもらえますか?」

「勘弁してくれよ」

マーカスがバッチを取り出そうとダッシュボードに手をかけたその時、男が銃を構えた。

「車を出せ!」

ジャックが叫ぶと、マーカスは反射的にアクセルを踏み込んだ。

男が車に向け、何発か発砲する。

ジャックの耳元で窓が割れる音が響く。

加速する車は停車していたパトカーのサイドミラーを折った。

「どうなってる!」

マーカスが狼狽する。

「分からないが、署には向かうな」

ジャックはホルスターから銃を抜く。

「お前は無事か?」

ジャカルの方を向くと、ジャッカルは肺を撃ち抜かれ、浅い呼吸を繰り返している。

「嘘だろ」

マーカスはバックミラーからその様子を眺めている。

ジャッカルは口から血を吐き出し、空な目をしている。

「おい、デイブはどこにいるんだ。答えろ!」

ジャックが叫ぶ、傷に手を当てて止血を試みるが、明らかに手遅れだった。

「明日の朝、港の倉庫で奴が娘と会う」

ジャッカルは途切れ途切れに言葉を吐く。

「おい、まだ死ぬな」

だがジャックの言葉は既に届いていない。既に男の目は光を失っていた。

「なんてことだ」

マーカスは片手で額を抑えている。

「撃ったのは警官だったぞ」

マーカスは理解ができない様子だったが、ジャックには考えがあった。

組織はチンケな犯罪集団ではない、警察内部にも潜んでいる。

「下ろしてくれ、ここから先は俺一人で方を付ける」

「ここまで付き合ったんだ、最後まで一緒だ」

マーカスはジャックの目を見る。しかし答えは決まっていた。

「いいか、これ以上踏み込めば警察ですら敵に回すことになる、そんな役目は俺一人で十分だ」

ジャックの考えは変わらない。マーカスもそれを知っていた。

車はゆっくりと路肩に止まる。

「何かあったらすぐに呼べ、必ず助けに行く」

車を降りるジャックの背中に向け、マーカスは叫んだ。

「じゃあな」

最後の挨拶にしては幾分淡白だったが、2人の間ではこれで十分だった。

ジャックは車を見送ると煙草に火をつけ歩き始めた。

尾行はいない。

港の倉庫、デイブはそこに現れる。

これ以上奴の好きにはさせられない。

夜の闇の中を煙草の火種を頼りに進む、この事件もそうだった

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