第十七章〜第十九章

第十七章 殺し屋 行き止まり

殺し屋は背中の拳銃に手をかける。

目の前の男が何者なのか見当がつかなかったが、その目に敵意があるのは間違いなかった。

横に座っていた女からは明らかな動揺が見て取れる。

だがこのバーにはルールがあった。

この中での殺し、つまりは仕事は禁止されている。

しかし、男のポケットのふくらみを見る限り、拳銃が握られているのは間違いなかった。

バーのマスターがこちらを睨む。膠着状態が続く。

「あんたらここのルールを知らないのか?」

バーのマスターがこちらに向け声を上げる。

男はバーの入り口にかけてある看板に目を向ける。

「汝殺すなかれ、か」

そう呟くと男は女の隣の椅子に腰をかけ、バーボンを注文した。

マスターは訝しんだ様子で瓶からバーボンを注ぐ。

3人の間に重たい沈黙がのしかかる。

「それで、話の続きは?」

男が沈黙を破った。

「あなたには関係ない、部外者よ」

女は男の顔を見ずに答える。

殺し屋の神経は昂っていた、常に男の一挙一足を観察する。

男はコップを一口で空にすると、机に拳を叩きつけた。

「部外者だと?ふざけるなよ」

男は勢いよく、立ち上がると女が座っていた椅子を勢いよく蹴り上げた。

殺し屋はホルスターから拳銃を抜く、だが構えるよりも早く、マスターが男に向け拳銃を放った。

男はそのまま横むけに倒れた。だが出血はしていない。

「ゴム弾だ、これ以上はこの店の気品に関わる」

そう言ったマスターの横から黒服の男が2人現れ、男を担ぎ店の裏へと連れて行く。

マスターはこちらを睨む、しかしそれを尻目に殺し屋は倒れている女に手を差し出す。

「平気か?」

女はその手を払うと自分で立ち上がった。

「この店を出ましょう」

「同感だ」

女には聞きたいことが山ほどあった。

ドアを開けると夜風が殺し屋の顔を撫でる。

周りを確認するが、敵の気配はない。

2人は夜の街を歩き始める。

「あの男は何者だ」

「部外者、そう言ったでしょ?」

女は殺し屋に目を合わせずに答えた。

それはあまりにも不自然だった。

殺し屋は立ち止まり、先を歩く女に向かいもう一度問いかける。

「ただの部外者ではないな」

「5年前、あの事件が私の人生を変えた」

5年前、殺し屋の脳裏に封印したはずの記憶が蘇る。

「それならあの男は」

殺し屋は目を見開き、女の背中を見る。

その瞬間、銃声と共に女の体が倒れる。

女の胸部を銃弾が貫いた。

殺し屋は倒れた女に近づき抱き抱える。

そこに黒いスーツに身を包み、小機関銃を構えた男たちが現れる。

その中心には、夜であるにもかかわらず、サングラスをかけた男が立っていた。

「お前がジョンだな」

殺し屋は男に銃口を向ける、しかし周りを囲んだ男たちの多数の銃口が殺し屋を狙っている。

「目標は俺のはずだ、何故彼女を巻き込んだ」

女の体から血が流れる、このままでは持たない。

「お前は知らなくていい、どうせ2人共ここで終わりだ」

しばらくの沈黙、殺し屋は今までの経験から自分が助からないことを悟っていた。

周りの男たちの立ち振る舞いからして、相当熟練度の高いことが見受けられる。

ここで終わる、殺し屋は静かに絶望した。

この仕事を始めた時から、常に死は覚悟していた。しかし実際にそれを突きつけられると覚悟など意味がなかったことを悟る

沈黙を破るように、サングラスの男の携帯が振動する。

サングラスの男は携帯を取り出すと、殺し屋に背を向け電話に出た。

殺し屋には男が何を話しているのか聞き取ることはできない。

男は2、3個の言葉を交わすと電話を切り再び殺し屋の方へ顔を向ける。

「悪運が強いな、まだお前には生きてもらう」

その瞬間、殺し屋の後頭部に鈍い衝撃が走る。

殺し屋は薄れゆく意識の中で、わずかに残った女の体温を感じていた。


第十八章 探偵 痛みを伴う記憶

おぼろげな意識が痛みを伴い戻ってくる。

ひどい二日酔いのような頭痛を探偵は感じている。

まるで割れた酒瓶を頭に刺されたかのような痛みだった。

「ここはどこだ」

探偵は自分が置かれた状況を理解することができない。

そして自分の手に手錠がかけられていることに気づく。

壁に背を預け立ち上がろうとするが、両足に力が入らない。

八方塞がり、そんな言葉が探偵の頭に過ぎる。

そこに足音が近づいてくる。

「目が覚めたか探偵さん」

「無理に動かない方がいい、頭に強い衝撃を受けてる、しばらくは身体が自由には動かない」

初め、話している相手が誰だか探偵にはわからなかったが、頭痛と共に思い出す。

バーのマスター。そいつが目の前にいる。

「どうして俺が探偵だとわかる」

探偵は必死に頭痛を抑えながら問いかける。

「あんたの持ち物を確かめさせてもらった、そこで一つ聞きたいことがある」

「一体なんだ」

「どうしてお前のような人間が俺のバーに入り込んだ?おまけに暴れて店の風紀を見出した」

マスターの声が頭に響く、もう少し声のトーンを落として欲しいと探偵は願った。

「酒で酔うのに理由がいちいち必要なのか?」

探偵は床に唾を吐き、答える。

マスターはため息をつき、探偵に背を向ける。

「確かに酒を飲むのに理由はいらないな、だがこれに関してはどうしても理由が必要だ」

マスターは探偵の眼前へ財布を突き出す。

この財布が火種になり、自分がこんな場所でボロ布のような扱いを受けている。

「死体の持ち物だ、俺のじゃない」

「そんなことはわかっている」

「ただあんたには答えて貰わなきゃ困る」

マスターは懐から拳銃を取り出す。

「こいつはあんたの頭に打ち込んだ特別製のゴム弾だ」

スライドを後退させると、鈍い金属の音が探偵の耳に響く。

「そんな玩具で俺の口を割らせるのか?」

探偵は問いかける、しかしその威力は探偵がその身をもって知っている。

マスターは銃口を探偵の胸部に向け、引き金を引いた。

鈍い音が響き、探偵は自らの骨が軋む音を聞いた。

「どうだ?玩具のわりには随分と効くだろ」

マスターは探偵に問う。

探偵は痛みで呼吸ができなくなり、地面をのたうちまわる。

それが答えだった。

「さっさと答えた方が身のためだろ」

探偵は必死に痛みに耐える。

しかし肺が思ったように呼吸を取り込むことができない。

「それは事件の現場で拾ったものだ」

探偵は一言ごとゆっくりと答えた。

「現場の死体が持っていた、だからあんたは無関係だと」

「そりゃ随分と哀れな探偵だな」

確かにこの状況は哀れだ、しかしこの痛みの中ではまともに言い返すこともできない。

「なら、哀れな探偵はなんでこの事件に踏み込んだんだ?」

友人の車が焼ける光景が頭に過ぎる。

「お前には関係ない」

「まだ減らず口は聴けるようだな」

マスターは鼻で笑った。

「ならついでにもう一つ質問だ」

マスターは探偵の髪を掴み強引に上をむかせる。

「この写真の男を知っているか?」

探偵の目前に一枚の写真が突きつけられる。

カメラに向かい鋭い視線を投げかける初老の男。

「知らないな、あんたの旦那か?」

髪を掴む力が強くなる。

「ふざけるな、もう1発打ち込んでやってもいいんだぞ」

マスターの舌打ちが聞こえる。

写真の男と目が合う、その瞬間探偵の体が震える。

俺はこの男を知っている。

「何か思い出したか?」

「デイブ、だいぶ歳をとったようだな」

マスターはその名を聞き、初めて動揺を見せた。

探偵は掴まれていた髪を急に離され、地面に崩れる。

マスター後ろを向き、電話をかけているようだった。

「例の探偵ですが…」

それ以上を探偵は聞き取ることができなかった。

電話を切ると、マスターは再び探偵の方へ振り向いた。

「運が尽きたな探偵」

銃口が探偵の頭部へ向けられる。

しかし探偵は諦めていなかった、デイブ、奴がまだ生きているとしたら俺には役目がある。

発砲音と共に探偵の意識は再び、闇へと引きずられる。


第十九章 殺し屋 心臓が動く限り

1発、2発と部屋中に人間を殴打する音が響く。

サングラスの男が椅子に腰をかけ、その様子を眺めている。

振り上げられた拳には血が滲んでいる。

3発目の拳が殺し屋の顔面を殴打する。

殺し屋は並大抵の痛みには耐える訓練を受けていた、ここで何発殴られようと意識は冷静だった。

しかし強く沸き立つ感情は怒りだった。

彼女が巻き込まれた、ただそれだけだ。

師匠の言葉を思い出す、怒りは人間が持つ感情であり、仕事をする上では不要な感情だ。

4発目が殺し屋を頭部を揺さぶる。

思えば、何故自分がこんな場所でこんな目に合っているのか、殺し屋には理解できなかった。

銃口が向けられたあの瞬間、自分は終わっていたはずだった。

殺し屋を殴っていた男は肩で呼吸をしている。

ステンドグラスから差し込んだ光が時間の経過を物語る。

サングラスの男が立ち上がり、息をあげている男の肩に手をかける。

「流石だな、表情一つ変えないとは」

「こんな事は無意味だ、さっさと殺せ」

殺し屋は血が混じった唾を床に吐く。

「まだ殺すわけには行かない、お前もまだ死ぬわけには行かないだろ?」

サングラスの男は言った。

「お前たちとバーで一悶着あった男が面白いことを話してな」

サングラスの男が机の上から1枚の写真を取り出す、そしてそれを殺し屋に向ける。

「お前も知っているな」

サングラスの性で男の表情が読めない。

「そいつは」

殺し屋はその男を知っている、師匠との最後の仕事のことを思い出す。

「やっと人間らしい顔になったな」

その男は筋金入りの悪人だった、そしてそれと同時にその悪意と同等の権力を持っていた。

その力はいかなる組織にも及んでいた。

殺し屋は過去にこの男に会った事がある、この男はただならぬ悪そのものだ。

ただ同時にその男は死んだはずだった、少なくとも殺し屋はそう認識していた。

「ボスがもう一度会いたいそうだ、探偵ももうじきここに来る」

殺し屋は自身の手首を眺める、プラスチック製の手錠、どうやら腕力だけでは引き千切れない。

あの男がまだ生きているのなら、俺には果たすべき仕事が残っている。

「しばらくの余生を楽しめ」

サングラスの男が部下を連れ部屋を出て行った。

殺し屋は項垂れる、師匠の顔が鮮明に思い出せる。

こんなにも鮮明に思い出すのは久々だった。

あたりを見渡す、ここはどこかの廃屋か。

しかしステンドグラスの装飾を見るに昔は教会だったのだろうか。

殺し屋の最後には贅沢すぎる。

そんな取り止めのない思考に耽っていると遠くから足音が聞こえる。

正面の扉が開くと、ボロ布のようなコートを着た男が男たちに囲まれている。あいつが探偵だったのか。

サングラスの男がその後ろから姿を現した。

「懺悔は済んだか?」

そんな言葉は意味がない、自分の過去は懺悔するには長すぎる。

探偵は殺し屋の顔を見据える。

殺し屋も探偵の顔を見る。

傷ついた男が2人。

周りを黒服の男たちが囲っている。

探偵が譫言のように呟く。

「デイブがまだ生きている」

殺し屋はうなづく。

だがこんな有様の2人で何ができるというのだ。

これはハリウッド映画ではなく、紛れもない現実だ。

サングラスの男が腕時計を仕切に確認している。

ボスはまだ訪れない。

静寂、だが探偵は今にも崩れ落ちそうだ。

その時だった。

部屋に差し込む明かりが急に強くなった、そして同時に銃声が部屋に響く。

周りを囲んでいた男の一人が後方に吹き飛ぶ。

サングラスの男が叫ぶ、探偵は両腕を高く掲げた。

次の瞬間、探偵の手錠が撃ち抜かれる。

殺し屋は撃ち抜かれた男の懐からナイフを取り出し、手錠を切り取る。

探偵と目が合う、思えばこのような男の目を過去に見たことがある。

しかし今は感傷に額っている場合ではない。

これは現実だ、だからこそ心臓が動く限り戦わなければならない。

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