君を抱きしめ続けることを止められない

モグラ研二

愛する人を抱きしめたい思いは、止められないんだ……

私はマリコ21歳の大学生。


私の彼氏は34歳のエリート商社マンのシンイチさん。

彼は背が高くて眉毛の凛々しい目力のあるイケメンでチンポコも大きい。だからシンイチさんは最高の彼氏で私は彼が大好きで愛していた。


私は大学を卒業すると同時にシンイチさんと結婚して専業主婦になるつもりだったし、それが私の夢、願いだった。


でも、ある日、都内の大きな病院に呼ばれて白い服を着てベッドに横たわり点滴を受けているシンイチさんと面会した。


シンイチさんはかなり衰弱していたし痩せ細っていた。実は病気で、もう手遅れで、俺は死ぬだろうな、とシンイチさんは弱々しい涙声で言った。


私は、えっ、シンイチさん死んじゃうの?と素直に言う。


シンイチさんは頷いて、マリコちゃんは俺が死ぬまで側にいてくれるよね?と上目遣い、涙目で聞いてきた。


私は、嫌!シンイチさんはカッコイイからシンイチさんなのよ!もう治らない死にかけのあんたなんてシンイチさんじゃないわ!将来性もゼロ何でしょ?だってあんたは死ぬんだから!って叫んだ。


強者から弱者に変わったシンイチさんは、もうシンイチさんとは呼べない。ゴミ。いらないゴミだ。


それで病室をそのまま出て行った。


私は泣いていた。有料物件だと思った恋人があんな死に損ないみたいになるなんて、私が可哀想だった。


あんまりだ。


許可なく病気になり、しかも死ぬまで側にいてとか身勝手すぎる。


私はイケメンで将来性があってお金持ちだからシンイチさんが好きだったし愛していたわけで、そうではないシンイチさんなんてシンイチさんではない。痩せていたし少し髪も薄くなりもうイケメンではなかった。


私は泣いた。布団を被り泣いた。


私、可哀想だよ。私は、誰か可哀想な私を慰めて欲しいと思って、タックルって出会いマッチングアプリでイケメンそうでお金を持ってそうな年上の人を探し始めたのだった。


タックルという出会いマッチングアプリで会った男とセックスしようとしたらその男のチンポコが赤ん坊の親指程度の大きさしかなくてその赤ん坊の親指がぬるぬるしてビクンビクン震えるのを見て私は悲鳴をあげて逃げて家に帰って来たところだった。


「マリコさん!」


玄関前に紺色のジャケットを着た背の低い顔だけ異様に丸くて太っている男がいて、声を掛けてきた。


私は、またか、と思った。


こいつはシンイチさんの義理の弟タメゴロウだった。


シンイチさんは先月の末に枯れ枝のように痩せ細り衰弱して最後は白目を剥いて大量の血を吐いて死んだのだという。


それを、しつこくタメゴロウが言いに来るのだ。


「兄さんはマリコさんを本当に愛していたんですよ!」


タメゴロウは痩せ細り白目を剥いて血まみれになっている、変わり果てた全裸のシンイチさんの画像を見せながら言うのだ。


「そんなの知らないわよ!私には関係ない!終わってる!シンイチさんは死んだ!死んで将来性ゼロになった人に私は何の興味も、愛もないの!帰ってよ!」


私がかなりキツイ口調で言っても、タメゴロウはニヤニヤしながら、全裸の気色悪い痩せた男、もはやイケメンでもなんでもない男の画像を突きつけて、近づいてくる。


「マリコよお、愛してるぞお、マリコよお」


タメゴロウは、変な低い声を出して言ってくる。画像の気色悪い死体が、そのように言っているのだと、タメゴロウは示したいのだろう。


「やめて!警察を呼ぶわよ!」


「馬鹿!そんなに真面目に取ることないだろ!冗談なんだ!わかんねえのかよ!」


タメゴロウの目は妙にギラついていて、冗談って感じがない。


「死ね!このアマ!」


タメゴロウは黄色い唾を、私の足元に吐いて、非常に素早く走り去る。


翌日の朝に郵便受けを見る。


...お前が愛したシンイチのチンポコ写真。死後に撮影...


そのように書かれたコピー用紙に、写真が貼り付けてある。


もじゃもじゃの縮毛のなかに、完全に萎んだ乾燥したナマコみたいなものがある。


私はその場で吐きそうになる。


キモすぎる。こんなものを人体の一部分として所持していた人間は、ある意味では死んで当然だったのかも知れない。


写真はその場で破り捨てた。


今日はハロウィンだからとウキウキしながら仮装をして渋谷に現れたのはタナカ52歳。


タナカ52歳は商社マンで普段は物凄く真面目に部下を指導する課長である。


眉間に皺を寄せて怒鳴ることもしばしばある。


でも、今日はハロウィン。


堅苦しい毎日から解放されてみたいと思ったタナカ52歳は、渋谷で行われるハロウィンナイトに、ついに参加することにした。


22時の渋谷駅前は混雑を極めていた。


バンパイア、フランケンシュタイン、狼男、ミイラ男、ナース、医師、その時期流行りのアニメや漫画のキャラクター、様々な仮装をした人々が、交差点を渡り、また戻って来る。


ただ、それをひたすらに繰り返す。


多くの警察官が動員され、仮装した人々を、真顔で見つめていた。


タナカ52歳は体を包んでいたマントを放り投げた。


そこに現れたのは全裸のタナカ52歳。

ぷよぷよに弛んだ腹、毛深い手足。

どこが仮装なのかと思うが、そうではない。

見るべきは、勃起したタナカ52歳のチンポコである。


タナカ52歳のチンポコは白く塗られ、ピエロの顔が、亀頭部分に描かれているのだ。


映画ジョーカーを間違いなく意識した精巧な描き込みであり、かなり手がこんでいる。


俺だって52歳の成熟した大人だ、単なるコスプレみたいな仮装はガキのやること、成熟した大人ならば、これくらい手のこんだことをやらないといけない。


タナカ52歳は、そのように考えていた。


全裸のタナカ52歳が、今、ハロウィンで賑わう渋谷駅前の交差点で、仁王立ちしている。


その様子を、ゴリラのコスプレをしている大学生・イノウエアキヒロが凝視していた。「可愛い。あの子、すげえ可愛い」イノウエアキヒロはそのように述べ、股間を膨張させながら、全裸のタナカ52歳を凝視しているのであった。


薄暗い臭い部屋の汚物まみれのベッドに仰向けになり天井を見ていた。


無数の蝿が飛び回っている。私はあああああ!と叫びながら汚れたケツ穴からウンチを放出した。


ベッドはさらに汚れた。

これでいい。

全ての人に侮蔑され馬鹿にされた私の末路は、このような場所で汚物にまみれて死に、腐乱死体になることだけである。


もはや、大家に迷惑が掛かるとか、そんなことも、どうでもよくなっていた。


あああああ!と叫び、ケツからはブビビビビビ、というウンチが出るときの音がしていて。


楽しそうな人々、恋愛して幸せを噛み締めてセックスする人々、彼らは漏れなく薬物を使用しているに違いない。


現実のこの汚物世界で、あんなふうに笑ったり、カップルで幸せそうなセックスをするなんて、普通の感覚ではない。


絶対に薬をやってやがるんだ!


奴らは注射を持ち歩き毎日打っていて、それで愉快な気分になっているのに違いない。


平然と笑うという行為自体が異常だ。


私は日常で笑うことがない。


常に殺伐とした感じで、胸糞悪い気持ち、死にたい気持ち、あるいは愉快そうにしている連中への殺意に囚われている。


それが正常というものだ。


嬉しいとか楽しいとかありえない。


全部嘘であり全部幻覚、薬物依存症どもの世迷いごとだ。


ああああああ!私は叫び、天井の蝿たちを見ながら、ひたすらにケツ穴からウンチを出している。


ここに恋愛が、甘いロマンチックなムードは皆無だ。


これが、現実だ。臭い、臭い。ウンチの臭い、洗ってない犬みたいな臭い。


クソみたいな恋愛小説や恋愛映画や恋愛ドラマや恋愛リアリティ番組を見ている連中には、私の今の様子を見せつけてやりたい。


ラブソングばかり歌うクソみたいな歌手たちの口いっぱいに、私のウンチを詰め込んでやりたい。


ウンチで窒息して全員死ぬべきだ。許し難い。


勝ち組を駆逐、残らず刺殺。


腹を切り裂いて赤黒いぬめぬめした奴らの臓物を引き摺り出して路上にぶち撒けろ!


そんな物騒な発言を、狭く臭く汚い蝿たちが飛び交う部屋で、死にそうな声で、私は言っている。


全ての人に見下され、馬鹿にされ、今、この部屋で力なく横たわり。


ああああああ!と情けない声をあげながら、ベッドの上でウンチを放出している。


それが私だ。


私なんだ。


ああああああ!私は叫ぶ。ウンチが止まらない。止める術はない。


柔和な微笑みを浮かべ、優しい声で、「恋愛小説の帝王」と呼ばれるベストセラー作家・田部健三はカメラの前で語る。

「恋愛は人生を充実させるための何よりのエッセンス」


収録が終わり、テレビ局のディレクターが手を揉みながら田部のもとに駆け寄る。


「先生、素晴らしかったですよ!」


「そうかい?それは良かった。素晴らしいことは良いことだ」


「先生のベストセラー『クパクパする君の股間のマンコという名の心を撃ち抜く僕のチンポコという名のショットガンはいつまでも熱いまま』のドラマ化も、うちですることになって!」


「それはいいね。あれは僕の最高傑作だ」


「軽快なストーリー展開のなかにハッとするような鋭いセリフが突然襲ってきてハートを鷲掴みにしてくる。それが先生の小説の魅力ですが、ドラマにおいても、その先生の作品の最良の部分を生かしていきたいと思っています」


「それはいいね。素晴らしいことだ。素晴らしいことは良いことだ。君、今度僕のお気に入りのシャンパンをご馳走するよ」


「ああ!先生、感激です!」


どこまでも柔和で、優しい表情を崩さず。

特注のイタリアの高級スーツに身を包んで。

フランスから直接取り寄せているコロンの甘美な香りを漂わせて。

まさに日本を代表する「紳士」といって過言ではない人物。

それが田部健三である。


優し気な雰囲気を崩すことなくテレビ局を後にして送迎の黒塗りワゴンで自宅に帰る田部健三。彼はひとり身だ。妻は15年前に「私はエジプトの女王になる」と宣言し突然失踪したのだ。


5億円の豪邸に帰宅。門から道が30メートル、まっすぐ続く。道の周囲には草むら、樹木が茂っている。


「あの、田部先生ですか?」


突然、声を掛けられた。門を入り、真っ直ぐ続く石畳の道を10メートルほど進んだ地点だった。


「はい?」


田部健三は横を見ると、草むらから、髪の毛はボサボサ、無精ひげを生やした汚らしい中年の男が出て来た。


「あの、田部先生、ぼく、あの、田部先生のファンなんです」


「そうかい」


田部健三は冷たい口調で言い、歩みを続けようとする。


汚らしい黒いダウンジャケットを着たその男は田部健三のところに駆け寄る。


「先生!田部先生!」


男は手に、田部健三の最新作『君の股間のマンコというクパクパ僕のチンポコを求める愛の入口についての真実』の単行本を持っている。


「サインください!」


「気色悪い!」


田部健三は堂々たる怒鳴り声を出した。顔は怒りで満ち溢れていた。


「気色悪い!貴様のようなゴミみたいな奴に私の崇高な小説を読んで欲しくない!お前みたいな奴は死ぬべきだ!存在が害悪だ!気色悪い!!」


「先生!先生!好きなんですよ!」


田部健三は走って扉を開けて家の中に入り鍵を閉めた。

扉がガンガンと激しく叩かれた。

「先生!先生!ほんとに好きなんですよ!あなたのファンなんですよ!」


田部健三は二階にある書斎に駆け上がり、椅子に座る。

《あんなゴミクズみたいな奴に私の小説が理解できるわけがない。恋愛の何がわかるんだ、あんなクズに。恋愛するような奴じゃないだろ、あんな汚らしいクズは。きっと童貞だよ。誰とも愛し合ったことなんてないだろう。誰があんな気色悪いゴミクズと抱き合ってセックスしてキスしてお互いの唾液を味わって朝まで一緒に眠ると言うんだ?ありえないよ。あんな奴と恋愛なんてできる人間は存在しない。あいつは死ぬまで一人でいるべきだし、彷徨っているべきだ、一人でぼろ雑巾みたいになって路上で死ぬべきだ、そして何回でも通行人に踏みつけられるべきだ、クズだ、生まれながらのクズだよ、あんな奴は》


しばらくイライラが収まらなかったので田部健三は睡眠薬を飲んで寝ることにした。


都内某所にあるフレンチレストラン・ヨシオに、タナカ52歳と大学生・イノウエアキヒロは来ていた。


フレンチレストラン・ヨシオは1989年に元プロレスラー・ヨシオアレキサンドリアが開いた店だ。


本場フランスで3か月間修行してきたヨシオアレキサンドリアが良質な本格フレンチを提供することで評判の店である。


タナカ52歳は普段通りグレーのスーツ、髪形はオールバック、清潔感に溢れ、ダンディなエリートサラリーマンという風貌。


一方のイノウエアキヒロはシンプルなブルーのカーディガンに黒のジーンズという恰好。


二人は見つめ合い、頬を赤らめている。


白いテーブルクロスの上には二つのグラス。赤ワインが注がれている。


「タナカさん、可愛いです……」


「そんな……君みたいな若い子に言われると凄く、恥ずかしいよ……本当にそう思うかい?僕なんて、ただのおじさんだよ……」


イノウエアキヒロは手を伸ばし、タナカ52歳の頬に触れる。

優しく微笑みかけながら「タナカさんはおじさんなんかじゃないよ。僕の、お姫様だよ……」


「アキヒロくん……」


潤んだ瞳のタナカ52歳は、頬に触れているイノウエアキヒロの手に口づけする。

そして、上目遣いの潤んだ瞳で、イノウエアキヒロを真っ直ぐに見る。

「君って、本当に変わってる……」


「僕にとっては当たり前のことなんだ……タナカさんは地上に舞い降りた天使……僕のお姫様……可愛い、可愛くて、僕はあなたを見ると、たまらない気持ちになる。いつでも抱きしめたいと思ってるんだ……」


イノウエアキヒロはタナカ52歳の頬に触れている手を少しずつズラしていき、タナカ52歳の薄い唇に触れる。


「愛してる。タナカさん。あなたを、誰よりも愛してる」


真っ直ぐに、イノウエアキヒロはタナカ52歳の目を見る。


タナカ52歳の潤んだ瞳から、一筋の涙がこぼれた。


「うん……僕も、アキヒロくんのこと、愛してる……」


シンイチは病院のベッドの上、半身を起こし、窓の向こう、茜色の空を見ていた。


身体中にチューブが繋いであり、かなり痩せ細り枯れ枝のようだった。


若さというものが完全に失われ、死を確定的にされた老境の果てに位置する人物に見えた。


シンイチは一枚の写真を、凝視していた。


マリコがプリンを頬張り、満面の笑みを浮かべている写真である。


「ああ、マリコちゃん」


そのように述べて、白い病院着のズボンを下ろして黒く萎んだ、ナマコの死骸に見えるものに触れる。


なんの反応もない。

《俺は死んでいる。もう、死んでいるんだ。》


下半身、股間に付いた黒く萎んだナマコの死骸にしか見えないものを剥き出しにしたまま、シンイチはまた、窓の向こうを見た。


彼は生気が全くなく、皮膚は乾燥して痩せ細り、枯れ枝にしか見えない。燃やされる前の枯れ枝だ。


そんな枯れ枝の姿を、弟のタメゴロウは写真に撮っていたのだ。


「いい加減にして!そのキモイ写真を見せるのをやめて!」


マリコはハイヒールの甲高い音を立てながら路上を早歩きする。


その後ろから、異様に顔だけ丸く太っているタメゴロウがついていく。


「マリコよお、愛してる、愛してるぞー」


明かな作り声、低く籠った気持ち悪い声を出しながら、マリコを追っていく。


タメゴロウはマリコの通う大学の正門前や、マリコがバイトしている喫茶店の裏口付近に常に待機していた。


そして、マリコの自宅マンションの出入り口にある花壇の物陰に隠れたりもした。


「警察に言うから!あんたなんて警察に捕まればいいの!屈強な警察官複数人にケツを掘られて、それで、ケツが裂けて大量出血して死ねばいいの!」


マリコは叫んで、家に入り、鍵を掛け、ベッドに倒れこみ泣いた。もう嫌だった。なんでこんな目に遭うのか。理解ができなかった。自分は何も悪いことをしていないがいつのまにか凄く悪者にされている。なぜ?一生懸命に生きているだけ、生きていきたいと願って行動しているだけで、それが悪なの?理解できない。悪意とか、そういうものをマリコは抱いたことがない。いつでもピュアなハートに従って生きてるのがあたしなのよ、とマリコは呟く。


田部健三は朝目覚めると顔を洗い歯を磨き、高級トーストを焼かずにそのまま食べた。南米から直接輸入している豆で入れたコーヒーを飲みながら。


「良い朝だ。小鳥たちが可愛い声で鳴いている」


来月発売の雑誌のインタビューを受けるため、出かけなくてはならない。


現代における純愛物語の可能性について、話す予定だった。


その前に。


田部健三はスーツを着てからリビングの白いソファに座る。


最高級オーディオ機器のスピーカーから、実に甘美な音色で、トリスタンとイゾルデの愛と死が流れ出す。


田部健三はどんな予定があっても、朝にはこれを聞くことにしているのだ。


「恋愛小説の帝王らしいモーニングルーティンだろう。別にワーグナーとかいう臭そうなおっさんが好きなわけではない。俺は若い女のマンコが好きなんだ」


トイレに行き、髪型の最終確認をし、バッグを持って、田部健三は自宅から出た。


「田部先生!好きですよ!愛です!」


甲高い叫び声がし、草むらから髪はボサボサ、無精髭を生やした汚らしい中年男が飛び出して来た。


「なんだお前!やめろ!やめろ!」


「愛!純愛ですよ!先生可愛い!好きですからね!田部先生ファンですなのです!愛!ただそれだけ愛ですよ!」


いつまでもベッドの上で、ああああああ!と叫びながらウンチをしているわけにも行かない……


私は起き上がり、汚いジャージを着て、ボサボサ頭のまま、外に出たのだ。


寒い。もうすぐ12月だ。寒いのは当たり前だ。


通り過ぎて行く人。


綺麗な柄の入った高そうなスーツを着た背の高い若いハンサムなビジネスマン。侮蔑の表情でこちらをチラと見て去って行く。


明かな勝ち組。


左手薬指には指輪。


イメージが浮かぶ……大きな洋風の一軒家、庭があり、犬と子供が走り回り、綺麗な奥さんが、その様子を微笑みながら見ている、この男は、腕を組んで、自信に満ち溢れた表情をしていて……。


勝ち組だ……。


「む、むわ、むわ、むわむわ、むわ、むわわ、むわ、むわむわわ、むわ、むわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


私は白目を剥いて叫び、ジャージのポケットから鋭いアイスピックを取り出して、通り過ぎて後姿を見せているそのビジネスマンの首を狙って刺した。


「ギャアアアア!!!」


ケダモノみたいな声を出して、ビジネスマンはその場に倒れた。首を押さえて必死になって血を止めようとしているが、ドクドクと凄い勢いで血が出ていた。ビシャッ、ビシャシャーという勢いで噴水みたいにも思えた。


「死ね!死ね!」


こんな奴は刺されても文句が言えない。こんな奴は死ぬべき、こんな奴、こんな奴、なんでこんな奴が、と私は言いながら、アイスピックでビジネスマンの顔をめった刺しにした。


全ての勝ち組は私たちのような負け組を常に侮蔑し、犯罪者予備軍として認識し、差別の対象としている。


勝ち組=強者・支配者、負け組=弱者・被支配者

この構図を絶対のものとし、自身を高みに位置する高貴な存在と認識。


私たち地面を這いまわり汚れて泥まみれで藻掻いている負け組を、清潔な場所から、見下した表情をして、見ている連中。


そんな奴らに生存権はない。


人を人とも思わぬ奴らは人間じゃない!死んで当たり前なんだ!!


殺せ!殺せ!!


私の内側から、私が思っているわけではないのに、そんな声が延々と聞こえてくる。


そして、そういった声にあらがうことは非常に難しい……。


もう何も言わず、ぐったりしているビジネスマンのスーツを脱がし、ワイシャツを脱がし、肌着を脱がし、上半身を裸にした。なかなかに鍛えた体をしている。だが、いくら鍛えても、このアイスピック以上の硬さに鍛えることは不可能だ。


私はビジネスマンの胸や腹や脇腹を数百か所刺した。差しまくり穴が開き、臓物が泥ドロドロと出て来た。


「あんまり見てて気持ちいいものではないな」


「おお、随分と派手にやったな、ボーイ?」


そう声を掛けて来たのは近所に住んでいる痩せた老人、片方の目が潰れている老人で、名前はタケノコキヨシだ。


「はい。派手にやってやりましたよ」


私は言い、凶器のアイスピックを見せた。


「そんなちっせえので殺されるとか、こいつ、ザコだなあ、蹴っていいか?」


「良いですよ」


タケノコキヨシは思い切り、倒れている男の裸の背中を蹴りつけた。


「こいつはさ、こんな綺麗なナリしてて、ふんぞり返って路上を歩いてさ、自身に満ち溢れた人生の勝者って感じだったんだよなあ、ほんの少し前まで。あんたのことなんてこいつは路上のゴミ、消えるべき存在とか、思ってたんだろうなあ」


タケノコキヨシは愉快そうな口調だ。


「侮蔑の目をしていました。私は許せなくて、やりましたよ」


「うん。それは正しいね」


「でも私は逮捕され、殺人罪で裁かれるでしょう?」


「ああ。それは間違いない。あんたは勝ち組の警官に捕まり、勝ち組の最上級である裁判官たちによって裁かれるだろう」


「胸糞悪いなあ」


「うん。だけどしょうがないことだ」


「そうなんですね」


「法治国家だからな」


「勝ち組の遺族とかが怒りをみなぎらせて幸せな風景を返してとか言って来たら、そいつらをも殺してやりたくなるだろうなあ」


「まあ、殺すべきだろうなあ、そんな奴らは死ぬべきだからなあ、自分たちの幸せしか考えてないわけだしなあ」


「おじいちゃーん!」

そう叫んで、小さな男の子が走って来た。坊主頭、半袖短パンで、鼻水を垂らしていた。


「おお、ムラジや、どうした」


タケノコキヨシは柔和な微笑みを浮かべ、男の子の頭を撫でた。


「ボーイよ、これはわしの孫、タケノコムラジだ」


「おじいちゃん!ぼく、学校でポエムを書いたんだよ!先生に褒められた!」


「おお、それはいいな。読んでみなさい」


「うん。あのね……広い空に大きな雲。大きな雲はぐねぐねしてる。やがて雲はチンポコの形。巨大なチンポコ。空から下りてくるよ。白いもくもく。巨大なチンポコ。やばいよやばいよ、ぼくのケツ穴に、入る、入るよ、巨大なチンポコ。ぼくの内臓全部潰れて、ぼく死んだ。身体のなかでスパークして巨大なチンポコは雲に戻って空に帰っていくよ。ぼく死んだ。天国に行けるかな?いい子にしてたら来てもいいよと神様が言うよ。神様のチンポコもデカいよ。天国に行くと神様がチンポコをケツ穴に入れて来ようとするんだ。だからぼくはいい子しないよ。悪いことするよ。天国行きたくないから。ぼく悪い子。たくさん万引きしてお婆さんがやっている駄菓子屋を潰してしまった。お婆さんは悲しんで首を吊って死んだ。天国に行くのかな?わからない。お婆さんはいい人そうだったけど、わからないよね。80年くらい生きてたっぽい。80年も生きていれば、一回くらい、すごーく悪いことをしているんじゃないかな。ぼくはわかんないな。だからオナラして漫画を読んでたよ。漫画の中では屈強な男の人たち。みんな全裸で。無修正のチンポコが数百本。その人たちは入れてえよ、入れてえよ、と連呼していて。ぼくはオナラしながら股間を触る。自分にも同じものが付いていて、だから入れてえよ、入れてえよとぼくも言い出したんだ……どうかな?」


「素晴らしいポエムだなあ!」


私も感動してしまった。神話的な世界が、そこには表現されているように思えた。

「ムラジくん、きみ、凄いよ!」


しばらくの間、私たちはムラジくんの詩の才能について話していた。


……タケノコキヨシと私は握手を交わした。


「ともあれ、あんたは良くやったよ」


そう言い、タケノコキヨシは私の背中を励ましの為に叩き、去って行く。


私も去ることにする。


アイスピックを投げ捨てて歩き出した。コンビニでアイスクリームを購入して近くの公園のベンチに座って食べた。


そうしていると、近所に住んでいる老人・ヒラカワソウジロウさんが、人生で大切なのは優しい心、思いやりの心を持つことだよ、お互い様の精神が大切、と柔らかな微笑みを浮かべながら話した。


もっともな話だ。


私はこの老人とも握手を交わした。


ヒラカワソウジロウさんの手は、とても、温かかった。


私は、自室に戻り、汚れたベッドに仰向けになる。


蠅が天井付近を飛び回っている。


臭い部屋。


「ああああああ、ウンチいいいいいい、ウンチがでるぞおおおおおおお」


私は、誰もいないにも関わらずそのように大声で宣言し、ベッドで、仰向けのまま、ケツ穴からウンチを放出し始める。


ブビ、ブビビビビビビ……そのような音が盛大に発生している。


《友達いない。恋人もいたことないよ。そんなのは幻覚で、友達とか恋人とか家族とか、そんなものにほっこりしたり喜びを感じる連中は何らかの薬物を摂取しているに決まっている》


臭い。ウンチの臭い、風呂に入らない人間の饐えた臭い。


これが現実だ。私だ。私なんだ。


……。


髪はボサボサ、無精髭を生やした汚らしい男に抱きつかれた田部健三は必死にもがく、

男の顔を引っ掻く、

男は先生に付けられた傷だなあ、嬉しいなあ、と笑う、

抱きつく力は強くなり、田部健三の肋骨がギシギシ軋み始める、

苦しい、苦しい、田部健三は叫ぶが男は抱きしめ続けながら、

先生好きです、好きなんです、愛なんですよ、と叫ぶ、


「ああああああ!ああ!あああああ!」


田部健三は苦痛に顔を歪め凄絶な声で叫ぶ。


「あはっ、可愛い声!先生可愛い!僕らまるでセックスしているみたいだ!」


さらにきつく抱きしめ。


ミシ、ミシ、田部健三の肋骨に負荷が掛かっていく。


「あああああああああ!うへあばあ!うへあばあ!うわあああああ!」


裏声も交えながら、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、田部健三は叫ぶ。


「ほとんどセックスだ!これはセックスなんだ!愛の時間なんだ!」


笑顔の男。


田部健三の肋骨がボギボギと音を立てて砕ける、

ウギャーと猿みたいに甲高い声を田部健三はあげると口から大量の血を吐く、

血に続いて赤黒い臓物が吐き出された、

田部健三は白目を剥いてすでに息絶えている、

男はそれでも抱きしめる、

好きです、先生が一番好きです、愛する人を抱きしめることは止められない、好きだから、永遠に、愛だからです、

男は叫び更に力を強くすると田部健三の身体は千切れてしまう、

上半身と下半身に完全に別れてしまう、

ボト、という音を立てて田部健三の血まみれの死骸が地面に落ちる、

男は田部健三の死骸を凝視した後、汚い黒いズボンとブリーフを脱ぎ捨てて、その場で自身のチンポコを弄り始めた、

きもちい、きもちいよ先生、あんっ、あ、あんっ、

男は夢中でチンポコを扱き、田部健三の血まみれの、白目を剥いた顔面に、大量の精液をぶっかけた、

クチュ、クチュクチュ、

しばらく快楽の余韻に浸るように、男は射精したばかりの痙攣するチンポコを触り続けていた、

クチュ、クチュクチュ、

卑猥な粘液の音が延々と響く。


路上に転がっている男性の死体。激しく損傷している。

上半身は裸に剥かれている。

近くにワイシャツと、柄の入った高級スーツジャケットが落ちている。

間違いなく勝ち組の男だろう。


マリコが、ハイヒールの音を、甲高く鳴らしながら、そこを通る。

死体を見る。


「この人も今となっては価値がない。だって勝ち組とはいえ殺されてしまったら将来性もないわけだし、ゼロなわけだから。結局、この人は勝ち組ではない。簡単に殺されてしまうような弱者だったんだわ」


死体に唾を吐き掛け、マリコは颯爽と去って行く。これから喫茶店のバイトがあるのだ。秘密裏に、客のおじさんに尻を揉んでもらう。その時に、エプロンのポケットにチップ(平均8000円)を、毎回入れてもらえるのだ。


「おー勝ち組が死んでおる!」


マリコと入れ違いで、死体のもとに日焼けした上半身裸のおっさんが現れる。筋骨たくましい感じだ。


「どれ……」


おっさんは死んでいる男の高級そうなスラックスを脱がし、下半身を剥き出しにする。純白ブリーフを剥ぎ取る。チンポコが現れた。


「これが勝ち組のチンポコか……見た感じ普通だがなあ……」


おっさんは懐からナイフを取り出し、その黒いナマコのようなものを切断する。

それまで存在していたものがなくなると、死体の股間から血が噴き出した。


「どれ……」


日焼けしたガタイのいいおっさんは、手に持っている勝ち組男性のチンポコを、鼻に当ててにおいを嗅いだ。


「くっせえ!!」


一瞬で苦悶の表情となり、おっさんは地面に、黒いナマコの死体みたいな、萎んだものを叩きつけ、踏みつけた。


「くっせえ!!」


おっさんは死体に唾を吐き掛けて去って行った。


全裸に剥かれた男性の死体は、その後数日間、回収されることはなかった。

顔面をめった刺しにされ、胸から腹にかけての損傷が酷く赤黒い内臓が飛び出していてチンポコを切断、その切断されたチンポコは醜いナマコの死体のようなものとしてその辺に転がっているのだ……誰も、そんなグロテスクなものに関わりたくはなかろう。


やがて、死体からは特有の臭いも発生し始めた……。


クチュ、クチュクチュ、

そのような音が、タナカ52歳とイノウエアキヒロの股間に生えている赤黒い完全に勃起したチンポコからは発生している。

二人のギンギンに勃起したチンポコはびくびくと快楽に震えている。

「きもちい?」

「うん、きもちいよ」

「これも、きもちい?」

「あっあん、あっ、きもち」

「きもち?」

「うん、きもちきもちいよ」

「あんイク」

「イク?まだだめ。イクのだめ」

「あっ、あっ、だってきもちい……」

「うん。きもちきもちいね……」

……

そんなやりとりと、延々と続く、クチュ、クチュクチュ、という音。

二人はラブホテルのベッドの上にいる。

抱き合って、キスをして、愛の時間を過ごしているのだ。


タナカ52歳は全裸だ。


恥ずかしそうに頬を赤らめ、仰向けになり、股を開き、ケツの穴を見せる。

上目遣い、うるんだ目をした52歳のおっさん……。


ケツの穴の周囲には、びっしりと、毛が生えている。


ひくひく動く52歳のおっさんのアヌス……。


「綺麗だ。可愛い。タナカさん、愛してる」


「うん。ぼ、ぼくもだよ、あんっ、アキヒロくん、あんっ、好き、あんあん、好きだよお……」


イノウエアキヒロは、タナカ52歳の毛深い肛門に鼻を当てて、思い切り息を吸う。

においを嗅ぐ……。


「甘美だ……」


そして、イノウエアキヒロは舌を出し、タナカ52歳のひくひくと動いている肛門という名の『愛の泉』を、ゆっくりと、ねっとりと、舐め始める。


「あっ、あんっ、あんあん」


野太いおっさんの声で、タナカ52歳が発言した。


「あっ、あん、きもちい、きもちいよお……」


〈了〉

2021/11/17

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君を抱きしめ続けることを止められない モグラ研二 @murokimegumii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ