そうだ街に行こう〜閉鎖的民族の少年は外界を知らず〜
ヘイ
第1話 思い、出した……!
「思い出した……」
星暦981年、マグニス村という小さな集落に住まう少数民族、タガイ族の少年スニールは自らの過去を思い出した。
過去と言ってもこの世界における過去ではなく、重なるはずのない世界における人生の記憶。詰まる所、前世の記憶というモノだ。
「俺は……」
そうだ。
彼は。
「石鹸で足滑らせて頭打って……死んだ」
親元を離れ、社会人一年目。
明日も頑張るぞと風呂場で手を滑らせ落ちた石鹸で、奇跡的に足を滑らせ。
「ナイナイナイ……流石に無いわー。あり得ナイです。え? マジで? 流石にもっとカッコいい死に方が……いや、弱い奴は死に方も選べないってね? いや、そもそも死に方考えるって何?」
褐色肌の手のひらを見る。
肌の色としては前世でたびたび見かけたアフリカ地域の人々よりも明るい肌。
極めて身体能力の高い民族、それがタガイ族である。
「それに、現代人からするとね。やっぱりさー、狩猟って何って感じよね」
戦う相手もどう考えても見たことのない様な怪物。鱗の硬いドラゴンであったり、牙に毒を持つ虎であったり。
「もうちょい文明進もうぜ。成人になったらゼッテーここ出ていきますねん」
家の壁近くに立てかけてある槍に近づき、適当に持てばスルリと扱えてしまう。恐らくは体に染み付いた慣れというモノだろう。
「スニール」
遊ぶ様な気持ちで槍を振るっていると筋骨隆々とした二メートルを超える大男が話しかけてくる。
「今日も精が出るな。やはり、お前は一刻も早くタガイの戦士になりたいのだな」
羽の冠。
何処までも無駄のない身体。
彼こそがタガイ族の族長、カリム。タガイ族随一の戦士でもある。
齢40を超えると言うのに若々しい雄々しさに衰えも翳りも見えない。今が全盛であると言っても過言ではないだろう。
目の鋭さは鷲を想起させる。
敵意を持って睨まれて仕舞えば一溜りもない。この身体が殺意に馴染んでいるから大丈夫なのであり、彼本来の身体であれば
「あ、いや、その」
「心変わりか? まあ、構わんが……私としてはお前には戦士になってもらいたいが」
このように理解のある族長であり、もし村から出たいと言えば槍と食料、布袋でも持たせて惜しみながらも送り出してくれるだろう。
「まあ……はい。実は村の外に」
「村の外……具体的には?」
「え?」
「どこに行きたいのだ?」
「えーと……」
記憶が戻ったことでもこの世界の地理はわからない。この身体も槍の修練に励んで来た事が影響しているのか、武技以外に殊更疎い。
「ふむ、マグニスに篭っていては見聞も広められぬか。私も何十年と族長としてマグニスに留まっている。外界を知らぬ」
「はあ……?」
「良かろう。タガイ族の戦士の名をこの世界で知らしめて来るのだ。そして見聞を広めてこい」
「ゔぇ?」
「お前の成人の儀は戦士として名を馳せる事とする。期間は……私が死ぬまでに、だ」
別に半人前でもこの山稜地帯から出られるのであれば構いはしない。ただ、彼とて一人の人間。当然、自尊心もある。
半人前とされたまま人生を終えたくもない。一流には成れずとも、一人前にはなっていたい。ならば戦士として名を馳せる他ない。
然りとて、心の奥底から英名を轟かせる事を渇望する訳でもない。
「分かりました」
「お前との別れを惜しむ者も居るだろう。タダでこの村は出られまい」
記憶を辿ってみても矢張り、一筋縄ではいかないと言う事を理解できる。
と言うのも、もしスニールがマグニスを出るとなればカリムの言葉通り、別れを惜しみ決闘を申し込んでくるだろう事が予想できてしまうからだ。
現代日本であれば当然、決闘は違法行為であるがここは日本ではない。
この村は良心によって成り立つ独自の法が支配している。そして戦士であるなら決闘も正当な物とされるのもおかしくはない。
「さて、お前が村を出るのは分かった。その前に
一メートル九十、がっしりとした体つき。スニールよりも四十センチメートルも上の身体。長く伸びた青い髪を後ろで縛った彼の持つ槍は最早鈍器にしか見えない。
「父上……」
スニールの瞳の金色は父親譲りの物であり、薄紫の白い髪は母と父双方の影響を受けている。褐色肌は一族全員共通の物だ。
「遠慮は要らない。殺す気でやれ」
分かっている。
怪物じみた気迫が獰猛な虎の様に唸っている。槍は右手に。
スニールがジリ、と足を這わせる。
瞬間、目の前で土埃が巻き上がった。
「っ」
ガキィィインッ!!
スニールは咄嗟に槍を振るって迫る攻撃を弾く。剛腕による一撃は途轍も無く重たい。壁を鉄パイプで殴りつけたかの様な痺れが腕に走る。
音速の四倍。
これも本気の速度ではない。
ただ、弾丸を遥かに凌ぐ速度。
スニールの眼力で見抜く事が可能。
「いきなりですね……」
「ほんの挨拶だ。次が本番だ」
現代日本にスニールの身体で戻ればプロ野球選手でも何でもできるだろう。バットとボールが砕け散るだろうが。
恐らく糸の縫い目まで見える。
「切り拓いて見せろ、我が息子!」
直線。
放たれた槍は無数。魔法の様な一撃、いや連撃か。槍の壁。そして全てが三重に衝撃を伝えてくる。
「うっわ……」
この技の威力を目にしただけで理解した。
本来であれば、これは隙など一切ない絨毯爆撃。自らで壁を壊さなければならない。
絶命必至。
武練の果てに辿り着く、窮極の連打。
真面に喰らって仕舞えば例えドラゴンの様な硬い鱗を持っていたとしても抉り飛ばされてしまうだろう。
「引くわぁ……」
げんなりとしてしまった様な彼の言葉とは裏腹に、ブルリと身震いをし口は三日月を描き槍をガッシリと握る。
「何に引くってさぁ────」
槍投げの体勢に入る。
身体を大きくしならせ、槍を発射する。音を置き去りに槍は進む。宛ら、人間砲台。壁と正面から衝突し、破壊する。
「────これを何とかできるって言う、この体にドン引きだわ」
槍の壁は押し切られ、投げた槍も跳ね返る様に戻ってくる。
「は、ははっ! 自信あったんだがなぁ……」
当たり前だ。
あんな物をそう簡単に攻略できる者がいるわけが無い。そもそも、スニールの身体でなければ無理ゲーと宣い直ぐにでも生存を放棄していた。
「父上。俺は外に行かせてもらいます」
「……ああ、行ってこい」
文句は出ない。
それ程の試合であったのだから。
槍を持ち、僅かな食料を袋に入れ、村を出る。
「────ここ、どこ?」
村を出て数時間、見渡す限りの林。
未だ、山の中だと言うのにスニールは迷子になってしまった。
スニールの記憶と擦り合わせても答えは出ない。普段のタガイ族の活動領域からは離れてしまっているからだ。
「いや、下りてるはず……だよな?」
何故か分からないが、タガイ族の暮らす山は最も天に近い山とされ現代のエベレスト以上の高さを誇るのだ。
ここから考えてもファンタジーに過ぎる。
「何で山がこんなに続いてんだよ……」
辟易としてしまう。
何度か雷鳴の様な雄叫びを上げる狼や、音を超える速さで突進する猪を狩りながら下山をしているが疲労感が溜まるばかりだ。
「もしかしてこの世界、地球の何倍もデカいんじゃ……」
彼の予想は外れていない。
この世界は地球の数百倍の大きさを誇る。ただ、実感はないだろう。何せ、この世界で空の先に行った者は未だに居らず、タガイ族は中でも閉鎖的な民族であったのだから。
「ま、調べるにしてもどうにかこうにかこの山を下りなきゃ……下りなきゃ」
左右には緑、振り返ると霞んで見える山。
真っ直ぐに前を見ても街は見えない。
「……はあ」
仕方がない。
溜息を吐いて、スニールは再び歩き始める。
そうだ街に行こう〜閉鎖的民族の少年は外界を知らず〜 ヘイ @Hei767
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