第29話 信用がないのなら態度で示さねばならない



 太陽の光が差し込んでいる窓をレイチェルは眺めていた。すっかりと朝になった空を見つめながら、やり直すことなど自分にできるのだろうかと、レイチェルは自分がしてきたことを振り返っていた。


 男に媚びて、惑わせて、寄生して。女子を敵に回して、パーティがごちゃごちゃとしてきたら退散。生きるためとはいえ、酷いことをしたとは思っている。けれど、自分はこれしか知らないのだ。


 何も知らないということが免罪符になるわけではないことぐらい知っている。謝ったところで許してもらえないだろうことだって。



「一緒に謝ってくれる、か……」



 レイチェルはぽつりと呟くと、隣のベッドで眠るツバキの方を見て苦笑した。



「優しすぎません?」



 ツバキは優しすぎるとそうレイチェルは思った。何をしてきたのか知っていながらパーティを組むことを許してくれて、一緒にいても嫌がることはない。話を聞いてくれて、心配までしてくれる。そんな彼女だから聖獣にも認められたのだろうなと。


 まだ眠るツバキにレイチェルは起こさないようにそっとベッドから出た。うーんと背伸びをして窓の外を見ると、「ちょっとその空気でも吸ってこようなぁ」と呟きながら服を着替える。


 白を基調とした少し露出の高い服に着替えると部屋を出た。


 下に降りてみるとアリーチェがホールの掃除をしていた。その足元にはパンプキンゴーストが彼女の手伝いをしている。



「あ、おはようござます!」

「おはようございますぅ〜。パンプキンちゃんはまだ平気そうですねぇ」

「朝までは大丈夫みたいなんですよ」



 アリーチェは「お昼になると薄暗くなっている部屋やホールの隅に座ってます」と教えてくれた。ゴーストは日の光に弱いので、カボチャを被っているといえ日中は部屋の隅で大人しくしているようだ。


 パンプキンゴーストはアリーチェの足元でひょこひょことジャンプしている。この宿舎での暮らしにも慣れてきたようだ。



「すっかりこの宿舎の人気者ですよ、パンプキンちゃん。この前なんて、女性のメンバーさんに囲まれてましたもん」


「可愛いですからねぇ〜。あと、この辺ですと、パンプキンゴーストは珍しいですしぃ」


「珍しいですよねぇ。あ、そういえば何かあったんですか?」



 アリーチェは一人で降りてきたレイチェルに何かあったのかと思ったようだ。それにレイチェルは「何もないですよぉ」と笑みを見せながら答える。



「目が覚めちゃったから〜。ちょっと外の空気でも吸おうかとぉ」

「今日は天気が良さそうですからね。気持ちいいと思いますよ」



 アリーチェはホールの窓を見て言う。きらきらと太陽の光が入ってきていて、外は天気が良さそうだ。それにレイチェルが「天気が良いのはいいですねぇ」と返して宿舎を出た。


 天気の良い綺麗な空をレイチェルは眺めて確かに気持ちが良いなと思った。まだ朝方ということもあって街は静かだ。ちらほらと店の準備をする人がいるぐらいで、人気は少ない。


 伸びをして空気を吸うとレイチェルは少しばかり空いた小腹に、アリーチェに何か頼もうと宿舎に戻ろうと扉に手をかける。



「レイチェルじゃねぇか」



 耳障りな声がした。レイチェルが振り返れば、そこにはいつだったか寄生していた男が立っていた。図体の大きい少しばかり小太りな男はパーティメンバーを数名引き連れている。


 じとりと見つめられる視線に、レイチェルは文句でも言われるのだろうかと身を強ばらせる。男は「よくもまぁギルドに居座れるな」と言った。



「寄生しては逃げてを繰り返してるくせに」

「それは、その……申し訳なかったです」

「はぁ? お前が謝るっているのか?」



 レイチェルの口から出た言葉に男だけでなく、他のパーティメンバーも顔を見合わせる。そういう反応になるは仕方ないと分かってはいた。それでも、レイチェルは逃げることなく黙って相手の言葉を待つ。



「はー、信じられねぇなぁ?」

「そう思われても仕方ないですねぇ」

「どーせ、今一緒にいる奴らのことも騙してるんだろ」

「そんなことしてない!」



 レイチェルは声を上げる、そんなことはしていないと。そんな様子に少し驚いてみせた男だったが、何か思いついたようにニヤリと笑んだ。



「レオナルド様のことを騙してなんていませんわ!」

「どうだかー。どうやって信じろっていうんだ? お前のその謝罪を、その言葉を」


「それは……」

「誰も信じてくれないだろ」



 誰も信じてはくれない、レイチェルは俯く。男は露骨すぎる態度で考えるそぶりを見せた。



「そうだなぁ。信じてほしいなら、許してほしいなら、ちょっとおれの仕事を手伝ってくれよ」


「手伝い?」

「そう、手伝い。ヴィヴーラ森で害獣駆除の依頼を受けててなぁ」



 男は「無償で手伝ってくれるならば許してやってもいい」と笑う。レイチェルはツバキたちに黙って出ていくのはいけないと思ったので、「パーティメンバーに伝えてからなら」と答えた。


 けれど、男はそれを許さなかった。「そう言って逃げるつもりだろう」と言ったのだ。そんなことはしないと答えるけれど、男は信用がないと返す。それにはレイチェルもそれ以上は言えなかった。


 だから、仕方なくレイチェルは男たちについていくことにした。自分のやってしまった行いの贖罪のために。


 そんな彼らの会話を聞いていた者がいた。



「なんか、大変だなぁ」



 アンセルムはギルドから戻る途中だった。宿舎の前でレイチェルたちが何かを話しているのを見て、邪魔になるかもしれないと会話が終わるのを陰で待っていたのだ。


 立ち聞きしてしまったなと思いながらも、特に気にすることもなくアンセルムは宿舎へと入っていった。


          ***


「レイチェルがいない?」



 朝、ツバキの部屋へと訪れたイザークとレオナルドは顔を見合わせる。ツバキは「起きたらいなかったのよ」と言う。


 ロウは「朝、部屋を出て言ったのは知っている」と答えた。なので、ツバキはアリーチェに聞いてみたのだ。彼女は「外の空気を吸ってくるって言ってましたけど」と朝、会話した内容を教えてくれた。


 宿舎の周辺を見てみたけれどレイチェルの姿は見えなかったのだという。イザークが「荷物は?」と問うと、「置いたままなの」とツバキは答える。



「出ていったわけではなさそうだな」

「もう一度、アリーチェさんに聞いてみるか?」



 レオナルドが「荷物を置いて何処かへ行くというのはないだろう」と言ったので、それもそうだよなとツバキは頷く。


 食堂にもなっているホールへと下りると、アリーチェが「見つかりましたか?」と声をかけてきた。ツバキが「まだなの」と答えると、彼女はうーんと首を傾げる。



「何処かに行くとかは聞いてないんですけどねぇ」

「先にギルドの方に行っているというのは?」

「お前に引っ付いて離れていない彼女が勝手に行くものか?」



 イザークの指摘にレオナルドはうーんと悩ませる。そんな三人に「どうせ、逃げたんだろう」と言葉が投げかけられる。振り返れば、レオナルドが昨夜に会話した軽鎧の華奢な青年だった。


 他のパーティメンバーと一緒にテーブル席に座りながら笑っている。



「言っただろ、あの女狐は逃げるって」

「荷物を置いて逃げることはないだろう」

「そうやって油断させてるだけ」



 ゲラゲラと笑う青年たちにレオナルドは眉を寄せる。イザークも少しばかり不愉快に思ったのか、顔を顰めていた。


 それでもツバキはレイチェルが逃げたようには思えなかったので、「探してみましょう」と二人に提案する。それに青年が「お人好しすぎるね」とまた笑った。



「どうせ、別の奴らの所に行ったんだよ」

「きみ、口が悪くないか」

「レオナルド、落ち着け」



 苛立ったように言うレオナルドをイザークが止める。煽りに乗る必要ないと抑えていると、食堂の方へと誰かが降りてきた。



「何やってんの、あんたら」



 アンセルムが眠そうな顔をしながら頭を掻いている。イザークが露骨に嫌そうな顔をしたことに、彼は「酷くねぇ?」とぼやく。



「食堂で騒いでるから聞いただけじゃねぇかよ」

「騒がしくしてごめんなさいね? ちょっとレイチェルさんがいなくて……」

「あの、狐の獣人だろ? それなら別のギルドメンバーに連れてかれたぜ」

「ほらみろ、裏切られてるじゃないか!」



 青年が勝ち誇ったように言うそれに、アンセルムが「いや、そうじゃねぇけど」と返した。



「レイチェルちゃんだっけ。あの子が前についていたパーティのリーダーと言い争ってたんだよ。レイチェルちゃんは謝ってたみたいだけど、相手が許してほしかったら仕事手伝えって言われて連れてかれたの」



 アンセルムは見ていた様子と会話をツバキたちに話す。それに青年は渋い表情を見せ、レオナルドは困ったように眉を下げた。一言、言ってくれればとツバキも思ったけれど、相手から「逃げるかもしれない」と信用されていないのならば仕方ない。



「ヴィヴーラ森に行ったんだな?」

「そう言ってたぜ」

「いつぐらいだ」

「さっきだな。そんなに時間は経ってねぇよ」



 イザークの問いにアンセルムが答える。ヴィヴーラ森はこの町から東に行った先にある森のことだ、時間もそれほど経ってないらしい。今から追いかければ追いつくことができるかもしれない。



「迎えに行ったほうがいいんじゃないかしら」



 ツバキはレイチェルに何かあってはとそう提案する。それにレオナルドも「その方がいい」と頷き、イザークも異論はないようだった。



「今、ヴィヴーラ森と言ったか?」



 その声に振り向けば、ヴァンジールが立っていた。彼は顎に手をやって困ったようにイザークたちを見ている。



「何かあったのかしら?」


「ヴィヴーラ森にツインスネークという双頭の蛇の魔物が出没したという情報が入っているんだ」



 ツインスネークは双頭の蛇で胴体はそれほど長くはないが、頭を持ち上げれば大人を見下ろすほどの大きさだ。普段は山深くに生息しているが、たまに獲物を探して下りてくることがある。


 山が近いカラムーナの町ではそういった魔物が下りてくることが多い。丁度、ツインスネークの情報が入ったばかりで、退治依頼をしようとヴァンジールは宿舎を訪れたのだ。



「グリューンランクが相手をする魔物なのでな。竜人に頼もうかと思ってきたのだが、他に行っているメンバーがいたか……」



 ヴァンジールはどうしたものかとしばし考えてから「確認しに行ってくれるだろうか?」と、イザークに頼んだ。



「少々、気になるのでな。もし、メンバーが苦戦しているようなら手を貸してやってくれ」


「分かった」



 イザークはそれを了承してツバキとレオナルドに声をかける。二人もレイチェルのことが心配だったので、引き受けることに問題はなかった。


(レイチェルさん、大丈夫かしら)


 ツバキはレイチェルを心配しながら宿舎を出た。



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