第41話 これからもこの地で



「イザーク」

「…………」



 宿舎の部屋でテーブルの椅子に座っていたイザークは黙って視線を逸らす。彼の前に立つツバキの手にはコップがあった。


 兄と元婚約者たちがカラムーナを出てから数日、ツバキたちはいつものようにギルドで依頼をこなしていた。今までの依頼とワイバーンでの功績を認められて、グリューンランクからブラウランクへと上がり忙しい日々を過ごしている。


 今回の依頼は素材を集めるものだったのだが、痺れ毒を持つ魔物の攻撃をイザークは受けてしまった。掠っただけだったこともあってか、毒自体の効果は低く軽度な怪我だ。


 けれど、腕を動かすと痺れと痛みが襲う。イザークは我慢しているようだが、ツバキにはお見通だったので解毒薬を飲ませようとしている。彼は薬の類が苦手なのを知っているけれど、我慢してもらわねばならない。



「この前もこの光景見ましたねぇ〜」

「イザーク、何度も繰り返すな」

「そうだぞ、イザークよ」



 我儘を言うなとレオナルドに叱られ、ロウにはげしげしと足蹴にされ、レイチェルには笑われている。それでもイザークは黙っていた。


 竜人の回復力ならすぐなのだろうけれど、薬を飲んで安静にしていた方がもっと早く治る。ツバキは「飲みなさい」とコップを差し出す。イザークはなんとも渋い表情を見せた。



「飲まなくても問題はない」

「駄目よ」

「…………」

「何、また口移しでもされたいの?」

「それは……」

「揺らぐな、揺らぐな、イザーク。自分で飲め」



 レオナルドの突っ込みにイザークはむっと口を尖らせる。お前は子供じゃないだろうと諭される。ロウも「噛むぞ」と言ったものだからイザークは眉を下げた。


 ツバキはイザークの様子に仕方ないなと溜息を吐く。



「ほら、抱きしめてあげるから飲みましょう?」



 頭を撫でて言えば、イザークは眉を寄せながら仕方なく、本当に仕方なくと言ったふうにコップを受け取って飲んだ。


 一気に飲み干して後味の悪さにうげっと声を溢す。ツバキはちゃんと飲んだことを褒めるように抱きしめてやる。よしよしと頭を撫でてやれば、腰に腕が回された。



「そなたは子供か、イザーク」

「子供と思われても構わない」

「お前、七歳差だからね?」

「イザークさん、残念なイケメンって感じぃ」



 一様に酷い言われようなイザークだが、何を言われても構わないとツバキを抱きしめる力を強める。ツバキも少し子供っぽいなとは思わなくもないのだが、甘やかしたくなってしまうのでそのままにしていた。



「そも、ツバキも甘いのだ」

「そうね、甘いわね、ロウ」

「自覚あるなら少しは厳しくしてやってくれ、ツバキさん」

「やめろ、レオナルド。ツバキはこれでいいんだ」

「お前は自重しろ!」



 レオナルドに頭を叩かれるもイザークはめげない。その様子が可笑しくてレイチェルは笑っている。ロウはもう呆れてしまっていたが、ツバキはこんなところは頑固だなと思っていた。



「そろそろ離れましょうね」

「…………」

「名残惜しそうに離すな」

「レオナルドには分からないだろうな」

「お前みたいにはならないから」



 即答するレオナルドにイザークはむっとした表情を見せるも、自分自身が子供じみた行動をしているのは理解しているので言い返さなかったようだ。ツバキは薬を仕舞いながらその光景を見て小さく笑う。


 いつものようになんでもない時間が流れていく。このひと時がツバキは好きだった。



「さぁ、手当ても終わったしご飯でも食べましょうか」

「そうだ、腹が減っているのだ」

「ロウは食べ過ぎたらだめよ?」



 ツバキは注意はするけれどロウは「問題ない」という返事に、また食べ過ぎるのだろうと察する。


 笑っていたレイチェルもは「レオナルド様、行きましょう!」とレオナルドの腕に抱きついていた。そんな彼女にレオナルドはもう慣れてしまったようで、「そう慌てなくても行くさ」と笑む。


 いつものなんでもない時間に「あぁ、本当に残ってよかったな」とツバキは思った。



「行こうか、ツバキ」



 立ち上がったイザークが手を伸ばす。それにツバキが数度、瞬きをしてふっと笑みを溢してその手を取った。


 手を握り返せば、イザークもそうしてくれる。その優しさを感じて、ツバキは温かくなる胸をそっと抑えた。


 何を言うでも通じ合った心に熱を感じながら二人は部屋を出ていった。





END


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