第16話 カプロスとレオナルドの災難?



 長く太い二本の牙に闇のように深い黒毛が立つ。血走った眼に荒い息遣いをする大猪のその巨体は並の攻撃を受け流す。


 カプロスはその巨体で魔法を跳ね返した。一定の距離を保ちながら攻撃を試みているギルドのメンバーたちだが、苦戦をしているようだ。そんなことなどカプロスは気にもとめずに地を踏み込んで、駆け抜ける。


 突進してくるカプロスを避けるも、相手はギュンっと素早く反転して走ってくる。その動きに翻弄されてパーティーのチームワークはぐちゃぐちゃになっていた。


 一人のギルドメンバーの男が転んだ、それをカプロスが見逃すわけもない。勢いよく飛び込んでその牙で突き上げようとする、それを防がれた。


 イザークが太刀のような剣で牙を止め、弾き返す。カプロスは後方に下がったが、鼻息荒く血走った眼を向けてきた。



「カプロスに火属性と水属性は効かない! それ以外の魔法が使えない者は下がれ!」



 イザークの指示に何人かのギルドメンバーが下がった。それを視認してからイザークは剣に魔力を注ぐ。淡く紫の炎が包み込んでいくその刃はぎらりと煌めいた。


 カプロスは雄叫びを上げてイザークに狙いを定めて駆け出した。イザークはじっとその動きを見極めている。


 迫り来るその巨体が一歩、踏み込んだ瞬間にイザークは剣を振った。瞬間、闇がカプロスを襲う。炎のように身体を包み込んだかと思うと、無数の斬撃が舞った。


 カプロスの悲鳴が響く。が、それでも相手は闇から転げ出ると身体を起こした。カプロスはイザークから別のギルドメンバーへと狙いを変えて、走り出す。


 けれど、その道を雷が阻んだ。



「導きなさい」



 ツバキは紅の鉄扇を掲げながら魔法を放つ。その雷はカプロスを追い込んでいくように落ちていき、道を強制していく。逃げ場を導かれてしまったカプロスは一直線にイザークの元へと向かっていた。


 再び魔力を注がれた剣が振り上げられる。地面が割れ、棘のように飛び出たかと思うとカプロスを突き上げた。空を飛ぶカプロスをイザークは斬りつける。その硬い皮膚が裂かれ、血が流れる。


 カプロスは身体をうまく反転させて着地しすると、怒りを表すように地団駄を踏んでいた。まだ体力はあるようで、倒れる様子はない。



「浅かったか」



 イザークは竜の瞳をぎゅっと細めて、剣を構え直した。カプロスはまた雄叫びを上げて走り出す。それはさっきよりも早く、ツバキが魔法を放つよりも先だった。


 逃げる一人の男が隣を走っていた女を突き飛ばした。そのまま転んだ女を放って走っていく。ツバキはその女に見覚えがあった、狐の獣人レイチェルだ。


 レイチェルが起き上がるよりも早くカプロスが牙を突き上げようと態勢を変える。ツバキが魔法を放ったのと同時だった。


 太い牙をレオナルドはその剣で受け止めた。カプロスが牙を引こうとしたと共に雷が身体に落ち、その衝撃にカプロスは鳴いて下がっていく。



「きみ、大丈夫か!」

「え、は、はい……」



 声をかけられて、レイチェルは返事をするも腰を抜かしたようで立ち上がれなくなっていた。それを見たレオナルドが彼女を抱き起すと、横抱きにしてその場から離れていく。



「ツバキ、足を狙ってくれ!」

「わかったわ!」



 ツバキはまた走り出そうとするカプロスの足を狙って雷を放つ。それを避けながら突進してきていたが、無数の雷を全て避けることはできず、足に当たった。途端に全身を駆け巡り、身体を焦す。


 それでも動こうとするカプロスの首根に本来の大きさへと戻ったロウの牙が食い込んだ。飛び込んできたその勢いにカプロスは倒れる、それをイザークは見逃さない。


 剣に魔力を込めて再び紫の炎を纏わせると、勢いよくカプロスの身体に突き刺した。どんっと音が響く、カプロスの内部で闇が溢れ内臓を潰していく。ぱんっと身体が破裂したかとおもうと、血が潰れた内臓とともに噴水のように飛び散った。


 動かなくなったカプロスから剣を引き抜き、イザークは立ち上がる。ふっと息を吐いてからツバキの方を見た。



むごい」



 ツバキは口元を押さえている。その様子に怖がらせてしまっただろうかとイザークは慌てて駆け寄ってきた。



「ツバキ、大丈夫か?」

「まぁ、大丈夫だけれど。ちょっとイザークまた顔が血塗れよ」



 ツバキは手ぬぐいを出してイザークの頬を拭ってやる。彼は身体を屈めてそれを嬉しそうに受け入れていた。



「ワシも血塗れだ」

「うっわ、ロウの毛が赤いわ」

「ワシの毛は特殊だ。水で流せば落ちる」



 白狼であるロウの毛はそれはそれは赤く染まっていた。このままでは町に帰ることは難しいので、あとで村の井戸を借りようとツバキはロウを眺めながら決める。


 カプロスを倒したのを見たギルドのメンバーたちが「さすが、竜人だな」と口々に言う。近寄ってこないのは恐ろしいからなのかもしれない。それでも、一人の男が「助かったよ」と声をかけてきた。



「おかげで助かった」


「いや、構わないが。カプロスが出たからといってあそこまでチームワークを崩すのはよくない」



 場が乱れては危険度がそれだけ上がる。リーダーは冷静であるべきだと指摘されて、男は「面目ない」と申し訳なさげに頭を下げた。遠目から話を聞いていたパーティーメンバーたちも何も言えず俯いてしまっている。



「次から気をつけたほうがいい」

「わかった、今回はありがとう。あぁ、カプロスの素材はあんたが貰ってくれ」



 倒したのはあんただからなと言ってギルドメンバーたちは、怪我人を診療所に運んでいった。残されたツバキたちはとりあえず、カプロスの方へと戻る。破裂した身体に「毛皮は無理そうね」とツバキは呟いた。



「牙かしら?」

「そうなるな。剥ぐのは簡単だ、俺がやろう」

「イザーク! 助けてくれ!」



 イザークが短剣を取り出すと、レオナルドか走ってくる。どうしたのだろうかと見遣れば、その後ろからレイチェルがやってきて彼に抱きついていた。


 何だ、この状況。ツバキが目を瞬かせていれば、レイチェルが「レオナルド様!」と甘い声を出す。



「助けてくださったあの勇ましさ、ワタシは惚れましたわ!」

「いや、そう言われてもだね、きみ……」

「ぜひ! ぜひワタクシを側に置いてください!」



 どうやらレオナルドに助けられた時に一目惚れしてしまったようだ。レイチェルは離さないとばかりにぎゅっと抱きついている。


 レオナルドが「どうにかしてくれ」と助けを求めるが、イザークにもツバキにもどうしようもなかった。



「レオナルド、お前まだ相手はいなかっただろう」

「ちょっと待ってくれ、僕にも選ぶ権利はある!」

「ワタシじゃダメって言うのですかぁ!」

「この娘、口調が変わっておるぞ」

「多分、今のが本来の口調じゃないかしら」



 言い方は悪いがパーティーメンバーに寄生する時は作った口調を使っていて、レオナルドと話しているのが本来の口調なのではないか。その指摘にロウがなるほどと納得する。



「ワタクシじゃダメだと言うのですかぁ?」



 うるうると上目遣いで見つめるレイチェルに、レオナルドがうっと言葉を詰まらせる。わたわたとしている様子に彼はこういったことに慣れていないのだろうことは見てとれた。


 イザークは何も言わずにそれを眺めているので、助ける気はないのだろう。何もしないと言うのは、それはそれで可哀想なのでツバキが「まずは知るところから初めてみては?」と提案してみる。



「ほら、まだお互いにお互いのことを知らないでしょう?」

「それは、そうだが……」

「そうですぅ! まずはお互い知りましょう!」



 ツバキに乗りかかる感じてぐいぐいとレイチェルが言う。レオナルドは暫く悩ましげに彼女を見つめていたが、はぁと溜息をついた。



「まぁ、まずはきみのことを知ろう」

「よっしゃあ!」

「テンションの差が激しい娘じゃな」



 拳を振り上げるレイチェルにツバキは余程、嬉しかったのだろうなと思う。ロウは若干、引いているのだがそんなことは知ったことではないと、レイチェルはにこにこしながらレオナルドの腕に抱きついていた。



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