ベストパートナーは最強元騎士様!?〜竜の瞳を持つ殿方を助けたら懐かれてしまいましたがこの方、(愛も力も)強すぎます〜
巴 雪夜
このお方、(愛情も力も)強すぎませんか?
第一章……死に戻って家を出たら竜の瞳を持つ殿方に懐かれた
第1話 死に戻ったので、自由に生きることにした
「ごめんなさいね、ツバキ」
幼馴染の彼女は勝ち誇ったような笑みを見せながら言った。
「あたし、彼のことが好きなのよ。だから、諦めてちょうだい」
婚約者であった男の腕を抱いて彼女は口元に手を添えながら高らかに笑う。その光景に何が起こっているのか、やっと理解したツバキは唇を噛み締める。
もう、彼は自分の元には戻ってこないのだという現実に涙が溢れそうになるのを堪えて、ツバキは拳を握りしめた。
***
和の国、ヒノハナの都市であるサクラオウは鮮やかなピンクの花で彩られていた。木々に咲き誇る花が雨のように散って、風に舞う。そんな花舞う夜にツバキは一人、歩いていた。
濡羽色の艶のあるボブカットに切り揃えられた髪が風に吹かれる。紅玉のように煌めく瞳は涙で濡れていた。
ツバキはサクラオウでは名家の令嬢だ。婚約者もいて二十歳となる彼女はそのまま婚姻を交わすはずだった。
婚約者の男は他の女を愛していた、それもツバキが信じていた幼馴染で。それだけでも辛いというのに、幼馴染と結婚すると婚約破棄をされ、家名に傷をつけたと父に罵倒されて家を追い出されてしまった。
着の身着のままで、なんの資金も与えられずに追い出されたツバキに頼る人も行く当てもない。
私が何をしたというのだろうか。毎日、彼に相応しくなろうと稽古を頑張り、勉学にも励んできたというのにどこがいけなかったのだろうか。信じていたというのに裏切ったあの子は私に恨みでもあったのか。考えれば、考えるほどに辛く悲しくなる。
溢れる涙を拭いながらツバキは真っ直ぐにある場所へと向かっていた。木々に覆われている中にぽつんと祠が建てられている。周囲は寂れており、人通りなどない。
この祠には聖獣が祀られていると言われている。けれど、誰もその姿を見たことはなく、参拝をする者ももいない。ツバキはそんな祠をたった一人で手入れをしていた。
きっかけはなんだっただろうか。確か、朽ちていく祠を見て「可哀想だな」と思ったからだった気がする。それから手入れをしてぼろぼろの姿だった祠を立派とは言えないけれど、見ていられるぐらいには立て直した。
月に照らされて淡く見える祠の前までやってきたツバキは膝をついてそっと祈る。
「ごめんなさい、私はもう手入れができそうにないの」
祠に語りかけるようにツバキは話す。婚約破棄されたことを、家を追い出されたことを涙を流しながら吐き出すように。
返事などない、誰もいないのだから。それでもツバキは言う、私が何をしたというのだろうかと。
「私の何がダメだったの……あの子の方がよかったっていうの? 分からない、もう分からない……」
愛そうとすることがいけなかったのか、無理しているように思われたのか。それとも幼馴染の方が可愛らしかったからか、もうツバキには何も分からなかった。
頬を伝う雫が落ちる。ツバキはもう涙を拭うこともしなかった。そっと懐から短刀を取り出すと鞘から抜いた。
「もし、聖獣が祀られているのならごめんなさい。でも、看取ってほしいの」
哀れな女の最後をどうか。ツバキはそう言って刃を首元に当てた。彼女はこんな気持ちを抱いたまま生きるのならばと自ら死ぬことを選んだ。
仮に家に帰れたとしても、婚約破棄された女として話は広まっていくだろう。幼馴染からは見下され、家族からは嫌悪される。そんな生き地獄を味わうぐらいならば、死んだ方がいいとそう思って。
すっと、息を吸ってから手に力を入れてそのまま首を深く切った。鮮血が噴き出る、赤が地面を汚した。
ツバキの視界がゆっくりと霞む、あぁ死ぬのだなとゆっくりと瞼を閉じて倒れた。意識がだんだんと遠のいていく、死ぬのだと理解しても恐怖は不思議となかった。
これでやっと楽になれるのだなと思うとすっきりとした気分だ。そのままツバキは意識を手放した。
「あぁ、なんと可哀想か」
老年特有の嗄れた声がする。ぽっと祠が淡く輝くと声がまた響いた、なんと可哀想かと。
「そなたは何も悪くないだろうに」
ぬっと祠から白狼が姿を表す。大人一人分より少し大きい白狼はツバキの前に降り立つと彼女の頬を舐めた。
「ワシはそなたの行いを見てきている。優しき心を持つ人の娘よ、そなたの信仰の力で一度だけならばやり直せられるだろう」
白狼はそう言って遠吠えをした瞬間だ、ツバキの身体が淡く光り輝いた。さらさらと砂のように消えていく、それを見届けてから白狼も同じように姿を消した。
***
ゆっくりと瞼を上げる、見慣れた天井がそこにあった。ツバキはぼんやりとする意識の中、暫く眺めていた。
ベッドと化粧台に和箪笥、本棚の置かれた部屋は簡素だ。それらを眺めてここは自室だとはっきりしてきた頭で理解した瞬間、飛び起きた。どうしてここにいるのだと。
自分は婚約破棄されて家を追い出され、自害したはずだ。それを確かめるように首に触れるがそんな痕は残されていなかった。何故だと混乱する頭を抱えると「起きたか」と嗄れた声がした。
ゆっくりと顔を上げるとそこには大きな白狼が座っていた。もふもふとした美しい白い毛の狼、その姿にツバキは目を丸くさせる。
「え、お、狼……?」
「ワシはお前が手入れをしていた祠に祀られていた存在だ。人は聖獣と言うのだろう」
「え、本当にいたの」
ツバキの驚きに無理もないかと白狼は「いたとも」と答える。そして、彼は現状を簡潔に説明してくれた。
ツバキの死に様を見て、なんと可哀想かと思ったことを。毎日手入れをし、信仰したその心を見ていたことを。
「ワシを信仰する者などそなただけよ。その信仰の力で一度だけ奇跡を起こした」
「奇跡?」
「我々のような存在はその信仰の力によって奇跡を起こすことができる。けれど、それは信仰心の強さと長さによるのだ」
聖獣は祀られていた場合、その信仰の力で奇跡を起こすことができる。けれど、何回もその奇跡を起こせるわけではない。白狼の場合、ツバキの信仰心ではたった一度だけしか起こせなかった。
白狼はツバキの時を戻した。本来ならば幼馴染が婚約者を盗る前まで戻したかったけれど、力が足りず一月しか戻せなかったのだという。
「良いか、これは一度きりだ。そなたにやり直すきっかけを授ける」
白狼は「ワシはそなたをずっと見守っていた」と言う。毎日毎日、雨の日だろうと雪の日だろうと一日も手入れを欠かさなかった優しさを。婚約者を想い、大切にしていた心を。
「そなたは何も悪くはない。だから、自由に生きるのだ」
白狼の言葉にツバキは涙を流した。自分の努力を、想いを見てくれていた存在がいたことが嬉しくて。
涙を拭いながらツバキは考える。せっかく貰ったやり直すきっかけを無駄にはしたくない。ただ、いざやり直しができるとなるとどうしたらいいのか悩む。
幼馴染から婚約者を取り返すことは難しいだろう。そもそも、もう婚約者への愛情は冷め切っていて、裏切られたのだから執着する必要はない。悩んでいるツバキに白狼は「家を出ればいい」と言った。
「今、家を出ればそなたは十分な資金をもって他の地へ移れるだろう」
「確かに、個人的なお金は貯めていたけれど……」
ツバキは何かあった時のためにとコツコツ貯めこんでいた。お金だけではなく、換金できる宝石などもある。家を追い出された時はそれも没収されてしまったけれど、今ならば持って出ていける。
それにツバキは魔法の才があったので、資金さえあれば旅をするのは問題ないはずだ。そう考えついて、ツバキは本棚から地図を取り出す。
「国を出るなら隣国のイシュターヤがいいかもしれない」
イシュターヤは他国民が多く集まる国だ。和の国ヒノハナ以外からの他国の人間も、他種族も暮らしている比較的、住みやすい土地である。
ツバキはイシュターヤにはギルドと呼ばれる組織が存在するのを知っていた。ヒノハナにも似たようなものはあるけれど、イシュターヤの国はその自由度が有名だ。
イシュターヤのギルドは余程の悪党でない限りは自由に登録ができる。他国民だろうと他種族だろうと制限はない。身分を証明できなくとも良くて、ギルドに所属すればその証が身分証明となるのだ。
無法地帯かと問われるとそうでもない。しっかりとギルドが管理しており、悪質なメンバーは追放されるようになっている。ここならば自分でも受け入れてくれるかもしれないとツバキは考えた。
「イシュターヤに行くわ」
「そうか、ならば準備をするべきだろう」
「貴方はどうするの?」
「ワシはそなたの信仰に救われた身だ。そなたに力を貸そう」
ツバキの信仰があったからまた力を取り戻すことができたのだと白狼は言う。誰か一人の祈りで聖獣というのは力になるらしい。
ツバキがいなくなるのであれば、この土地ではもう信仰はないだろうと白狼は分かっているようだ。ツバキは自分の信仰で白狼に力が戻るのであれば、力を貸したいなと思った。
「私と一緒にくれるのならば貴方を信仰するわ」
「よかろう。そなたに付き従おうではないか」
白狼はロウと名乗った、そう呼ぶといいと。
「ロウ、なら急ぎましょう」
ツバキは大きな旅行鞄を取り出して荷物を纏めると和箪笥から服を引っ張り出す。赤の肌着に真っ白な着物は巫女の衣装だ。それに身を包むとツバキは短刀を腰に差し、紅の鉄扇を懐にしまう。
紙と筆を手に取るとツバキは簡潔にけれどはっきりと記す、私はこの家を出て行きますと。婚約は破棄して構わないこと、探さないでほしいことを書いてそっとベッドの上に置いた。
「行きましょう」
「あぁ、今なら丁度いい」
外は真っ暗で月も出ていなかった。ロウは耳をぴくりと揺らして音がしないことを確認するとゆっくりと立つ。四足で立つとその大きさにツバキは見上げてしまった。
「ワシの背に乗れ」
そう言われて、ツバキはロウの背に乗る。それを確認するとロウはそっと部屋を出た。しんと寝静まる屋敷の廊下を足音ひとつ立てずに歩き、裏庭から外に出た。
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