第22話 無理ゲーすぎる……
「私、ひどい顔してるでしょ……ちょっと直してくるね」
杏璃ちゃんはそっと俺から離れるとそう言った。俺は正直そうでもないと思ったが、杏璃ちゃんがそう言うので「わかった」とだけ答えて杏璃ちゃんの背中を見送った。そうしてベンチに腰をおろして空を見上げる。正直、何も考えられなかった。一度に色んなことがありすぎて、一度に色んなことが好転しすぎて……。
「夢じゃないよな……?」
こうして一人でベンチに座っていると夢を見ているんじゃないかと一瞬錯覚してしまう。右手で左手を抓ると痛くて、夢じゃないということが分かった。そうしてじわじわと実感が湧いてくる。
「……そっか」
「俺、杏璃ちゃんと……」
呟くとその言葉が耳に届いてさらに実感がわいてきて嬉しくて顔がにやけてしまう。空を見上げていた顔をばっと下に向けて地面を見た。堪えろ……こんなところで一人でにやけてたら危ない人になってしまう。
けど……けど。
「翔ちゃん?」
と、必死に地面を見つめてにやけているのを堪えているといつの間に戻ってきたのか、杏璃ちゃんが目の前に立っていた。
「い、いこう!」
俺は顔を杏璃ちゃんに見られないようにしながら立ち上がり、歩き出した。
「あ、翔ちゃん……」
急に歩き出した俺に少し小走りで追いつくと、杏璃ちゃんは俺の左手を握りしめた。
「!!」
「手、繋ぎたいな……」
思わず杏璃ちゃんの方を見ると、少し泣き腫らした目で上目遣いで俺を見つめていた。俺の顔が一気に熱を持つのが自分でもわかった。これまで、散々自分から杏璃ちゃんに手を繋いできたのに、想いが通じてしかも杏璃ちゃんのほうから手を繋いできてくれるなんて……。
「う、うん」
まじで、心臓が口から出そう。めっちゃ可愛いんですけど俺の彼女……。
「な、何に乗る?俺けっこう絶叫系好きなんだ」
そうだよな。しっかりと受け止めないと。俺は杏璃ちゃんの手を握り直してから改めてそう聞いた。
「あ、絶叫系はあまり得意じゃないかな……。乗れないこともないけど」
「そっか……なら見て回る系のやつに乗ろう」
「翔ちゃんが乗りたいなら絶叫系も……」
「いいよ。怖いのに無理することないって、他のでも全然楽しめるし」
「翔ちゃんが好きなこと知りたい。だから…」
「!!」
やばいやばいっ。杏璃ちゃんにデレがきてる!
「そ、そう、だったら……」
パークの中でも一番怖くないであろうジェットコースターを選んで並んだ。それでも時々聞こえてくる女性の悲鳴に杏璃ちゃんは段々と不安げな顔をした。ここは、やめるべきだろうか?でも、杏璃ちゃんが勇気を出して自分から言ってきたことだから、最後まで叶えてあげたい気もする。なら……。
「このコースターはね、あまりスピードとか落差はないんだよ。その代わりに色々な工夫がされているんだ」
「へぇ、そうなんだね」
「うん。子どもでも楽しめる怖さと、それ以上の楽しさが考えられているんだよ」
そんな話をしていると杏璃ちゃんの俺の手を握る力が少しだけ和らいだ。
そうして、俺たちの番が回ってきて、コースターの座席に座り腰のあたりに安全バーが下ろされる。
「しょ、翔ちゃん。手を離さないでね」
「うん」
俺はそう言って杏璃ちゃんの手を握りしめた。その手は冷えてて冷たかった。そうして発射の合図が響き、ゆっくりとジェットコースターが動き出した。
独特の巻取り音を響かせながらどんどんと上に登っていくジェットコースターに俺も次第に緊張してくる。
「しょ、翔ちゃん……」
「大丈夫だよ、杏璃ちゃん」
そう言って杏璃ちゃんに笑顔を見せる。ジェットコースターが頂上に近づくと、風が強くなり、視界が広がっていく。さほど高くはないとはいえ目の前には遊園地の全景が広がっていた。
いい景色だ。けど、隣の杏璃ちゃんはぎゅっと目を瞑っていた。
「杏璃ちゃん、目を開けて綺麗だよ」
俺がそう声をかけると杏璃ちゃんはちょっとだけ目を開ける。
「楽しんだもん勝ちだよ!」
俺がそう言うと杏璃ちゃんは少しだけ笑顔を見せた。
頂上に達したジェットコースターは一瞬の静寂の後、一気に急降下を始めた。杏璃ちゃんの悲鳴が耳に響き、俺は思わず彼女の手を強く握り返した。風が顔に当たり、爽快感が胸を満たしていく。
「くー-!」
俺も負けじと声を出した。ジェットコースターがカーブを描き、狭いトンネルを通り抜けながら進んでいく。さらに、水のアーチをくぐって花の咲き乱れる中を走り抜ける。
杏璃ちゃんから悲鳴も聞こえなくなって、見ると笑顔が覗いていた。
やがて、コースターがゆっくりと減速し始め杏璃ちゃんの手を握ったまま、俺は彼女に話しかけた。
「どうだった?楽しかった?」
杏璃ちゃんは少し息を整えながら、俺に笑顔を向けた。
「うん。最初は怖かったけど楽しかった。あと……」
「?なに」
「翔ちゃんも叫んでて面白かった」
そう言って杏璃ちゃんは声を出して笑った。
「よかった。俺も楽しかった」
ジェットコースターが完全に止まり、俺たちは安全バーを解除して座席から立ち上がった。そうして杏璃ちゃんの手を握ったまま、次のアトラクションへと向かう。
「次は何に乗る?」
「えっと……見て回る系にしよう?」
「よし、行こう!」
遊園地の賑わいの中、俺たちは次のアトラクションを目指して歩き始めた。それから、色んなものを見たり乗ったりした。何回か来たことのある遊園地も杏璃ちゃんと一緒だといっそう楽しかった。だからだろうか、俺はすっかり浮かれていた。楽しい思いに夢中で、ふと杏璃ちゃんが止まったことに気が付かなかった。
「あ、ここ待ち時間が―え?杏璃ちゃん」
周囲を見渡しても、杏璃ちゃんの姿はどこにも見当たらない。人混みの中で、次第にパニックになり始める。
「杏璃ちゃん?どこにいるの!」
焦りと不安が胸に広がり、俺は来た道を急いで戻った。その時、杏璃ちゃんの大きな声が耳に飛び込んできた。
「翔ちゃん!」
その声は確かに杏璃ちゃんのものだった。俺は声の方向を振り返り、少し離れた場所にいる杏璃ちゃんを見つけた。
「杏璃ちゃん!」
杏璃ちゃんは安堵の表情を浮かべながら、俺のもとへ駆け寄ってくる。俺もまた、彼女に向かって急いで歩み寄った。
「ごめんね、杏璃ちゃん。見失ってしまって…」
「ううん、私こそごめんなさい。急に立ち止まっちゃって…」
「大丈夫だよ。これからは、もっとしっかり手を繋いでいよう」
俺は右手を杏璃ちゃんに差し出した。
「うん…ありがとう、翔ちゃん。」
杏璃ちゃんが手を俺の手の上に置いた。そして、俺は杏璃ちゃんの指の間に俺の指を、入れた。
「あ……」
「これで大丈夫……な、何か食べに行こうか」
「うん」
そのまま恋人繋ぎをして歩きパーク内のスイーツショップに入った。そこで一番人気の特製パフェを注文した。したんだけど、ただこれ……。
「これって……」
「うん、一人じゃ無理だよね……」
杏璃ちゃんと一緒に机の上のパフェを見つめ合う。量がありすぎて一人では食べきれない。
さすがに、いきなり同じものを一緒に食べあうとか……無理ゲーすぎる。
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