第19話 どうして(杏璃視点)

 朝学校に来るなり、悠ちゃんと咲良ちゃんに捕まった。何事かと話を聞いてみると翔ちゃんのことでびっくりしたけど。


「え?霧島くんが?」


「そう、有名な美容師のモデルになったんだって」


 咲良ちゃんが少しだけ目をキラキラさせて翔ちゃんの話をしてきた。私と仲がいいのは二人とも知っているので、当然私も知っていると思っていたみたいで、知らないと言うと驚いた顔をされた。


「杏璃、知らなかったの?」


 悠ちゃんが意外そうな顔をして私に聞いてくる。


「うん、お姉さんの紹介で髪の毛を切ってもらったことは何となく聞いた気がするけど……」


「……それにしても、すごいよね~ここにいる女子全員霧島くんを見にわざわざ来てるんでしょ?」


 咲良ちゃんが改めて教室の外を見て言う。確かにクラスの子じゃない女の子たちが10人以上廊下でたむろしている。


「まぁ確かに最近かっこよく……というか、綺麗になってきてるなとは思ってたけど」


 悠ちゃんがそんなことを言いながら私の方へと視線を向けてくる。


「え?」


「そうそう、髪型とか、肌とかあれ絶対に意識して手入れしてるよね」


 咲良ちゃんもそれに同意して頷いた。


「そ、そうかな……」


 確かに綺麗になってきているけど、私だけじゃなく周りのみんなもそう思っていたんだと何故か焦ってしまった。


「あ、見てよあれって加納さんじゃない?」


「え……」


 その咲良ちゃんの声に反応して廊下を見ると、確かに加納さんが立っていた。加納さんは校内で一番かわいいと言われている女の子だ。


 翔ちゃんを見にきたのかな……?


 加納さんは顔も小さく手足もすらっとしていて遠目からでもスタイルがいいのがわかる。三人で何気なく見ていると、あっちもこっちを気にしているようだった。


 あ、今目が合ったような……。


 と思っていると、加納さんが教室の中に入ってきて、真っすぐに私たちの方へと歩いてきた。教室の子たちも何だ?という目で見ている。


「ちょっといい?」


 間近で見てもやっぱり美人だ。淡い栗色の髪の毛が綺麗で、一瞬でその場も華やいだようになる。


「え?私ですか?」


 加納さんは真っすぐに私を見つめていた。私は加納さんを知っていはいるが、言葉を交わすのはこれが初めてだった。


「貴女、翔悟くんと仲がいいの?」


 美人に見られてるとドキドキする。って、思ってると。


 今……翔悟って下の名前で呼んだ?


「聞いてる?」


「あ、はい」


 私はちょっと驚きながらも返事を返した。でも何だろう、ちょっと失礼な感じがする。初めて会って言葉を交わしているのに、値踏みされてるような……。


「で、翔悟くんとは仲がいいの?」


 もう一度同じことを聞かれて、少しだけ答えに詰まる。咲良ちゃんと悠ちゃんも言葉を挟めずにことの成り行きを見守っていた。


「……仲がいいです」


 彼氏なので……。と言いたかったけど言えなかった。


「じゃあさ、お願いがあるんだけど翔悟くん紹介してくれない?」


「え、紹介……?」

 

 加納さんの言葉に驚いて顔をまじまじと見つめてしまった。加納さんは自信に満ちた瞳で私を見つめ返してくる。


「うん、私に翔悟くんを紹介してほしいの」


 そう言って可愛らしく顔の前で手を合わせて、少し笑顔を見せる。自分のお願いは誰でも聞いてくれるだろう自信がそこにはあった。


 今日初めて会って話をしたのに、仲のいい友だち感覚でお願いできるこの人は、今まで思い通りにならなかったことなんてなかったんだろうなって容易に想像できた。


『嫌です』と言いたかった。


 ただ……影響力のある人を怒らせると……。中学の時の嫌な記憶が蘇る。もう二度とああはなりたくない……。


 でも、紹介なんてできない。翔ちゃんを裏切りたくない……。


「じゃ、お願いね。これ私の連絡先、後でメールちょうだい」


「え、ちょ」


 私が迷っているのを了解ととったのか、加納さんは私に連絡先を押し付け教室の外へと出て行ってしまう。


「いいの?」


「……え?」


 加納さんの連絡先を手に固まっている私に、悠ちゃんがそう声をかけてくる。いいの?って言われてもどうしたらいいのか私にもわからない。


 でも、「翔ちゃんは私の彼氏なんです」て、言えなかった。断る理由を見つけきれなかった。


 だけど、彼女は私をだしにして翔ちゃんに近づこうとしている。何より今、私は翔ちゃんの彼女なのに……紹介なんてしたら、翔ちゃんを傷つけることになる……。


 取り合えず断りのメールを加納さんに送ろう。直接自分から言ってもらう方がいい。


 の、はずだったのにどうしてこんなことに……。


 加納さんにメールを送るとすぐに返信がきた。けれどそれは私の意志とは関係なく話が進み、断りのメールを送ってもさらっと無視をされ、さらには別の話にすり替わり、終いには勝手に日曜日の予定まで決められてしまっていた。


 なんで、どうしてこんなことになるの?


 それに、翔ちゃんが注目されるようになって、学校ではさらに話をする機会も減ってしまった。今日も翔ちゃんは女の子に呼び出されていた。きっと告白をされているんだと思う。私も翔ちゃんに……そう思っていたのに。これじゃ……私も翔ちゃんがかっこよくなったから告白したんだと思われてしまう。それは嫌だな……。


「翔ちゃん……」


 放課後、女の子がいなくなるのを見てから、一人になった翔ちゃんへと声をかける。私が名前を呼ぶと翔ちゃんが私の方を振り向いてすぐに笑顔を向けた。どきんと心臓が高鳴って、だけど、今からする話のことで私はうまく笑えなかった。


「杏璃ちゃん!」


 翔ちゃんは私を見ると嬉しそうに名前を呼んでくれる。私は、ちょっとだけ周りを見回して他に誰もいないことを確認してから翔ちゃんの元へと近づいた。


「どうしたの?もう帰ったのかと思ってた」


 翔ちゃんの声が明るくて、私と話せて嬉しいって伝わってくる。


「……その、」


 言葉が中々出てこない。


「……どうしたの?」


 緊張感で喉がからからに乾いてしまう。


「その、話をしたいって頼まれて……」


 そう言うと、翔ちゃんがキョトンとした顔になって首を少しだけ傾げた。翔ちゃんの顔を見ていられなくて、視線を下へと向ける。


「翔ちゃんを……してほしいって頼まれて……」







「は?」







 長い沈黙の後そんな言葉が聞こえた。


「……っ翔ちゃん?」


 顔を上げて見ると翔ちゃんは私を見てはいなかった。顔を横に向け鋭い眼差しで遠くを見つめていた。


「いいよ……」


 そして、感情のない冷たい声。


「え?」


「だから、いいよ。会うよその友だちに。で、どこに行けばいいの?それとも今、一緒に来てるの?」


「あの、今じゃなくて……今度の……日曜日に…10時に遊園地で……」


「――っ、……わかった」


 言葉は交わしているのに、私を見ようとしない翔ちゃん。怒ってる……。当たり前だ日曜日は私がデートに誘うって言ったのに……。あんなに楽しみにしてたのに。


「あ、翔ちゃん……待って、翔ちゃんっ」


 翔ちゃんは私の声を無視して早足で歩き、すぐに校舎へと入りあっという間に姿が見えなくなってしまった。


「あ、あぁ……」


 どうして…私はこんなに弱いんだろう――こうなるってわかってたのに……。傷つけるってわかっていたのに……。


 酷いのは私なのに、なのに……目から涙が出てきてわけが分からなくなった。

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