第7話 よし、戦闘準備は整った

 鏡の前で、気合を入れる。鏡の中では綺麗?に見える俺が真剣な顔をしていた。ここまでくると化粧っていうのは、戦いに行く前の戦闘服のように思える。


 今日は、付き合ってから初めてのデート。俺はすぐに杏璃ちゃんに休日デートの提案をした。期間は三か月しかないんだ。もたもたしている暇はない。


 ただやはり何度も思ってしまうのは、俺は身長が普通にある。こんな大柄な女性を杏璃ちゃんは好みに思ってくれるだろうか……という事だった。


 というか、俺は杏璃ちゃんの好みを聞くのを完全に忘れていた。ただ女装すればいいと思っていた。


 致命的だ。杏璃ちゃんはどんな女の子がタイプなんだろうか?俺と同じアイドルが好きだから可愛い系なのか?


 でも、恋愛対象と憧れは違う気がする。もし俺が男を好きなるんだったら、きっと憧れているワイルド系ではない。どっちかっていうと、知的なお兄さん系だ。たぶん……。いや知らんけど。


 まぁ、それと一緒で杏璃ちゃんも憧れは可愛い女の子だが、好きになるタイプは別でクールなお姉さんとか、ボーイッシュな女の子かもしれない。ボーイッシュだとそこまで服装を気にしなくていいから楽なんだけどな。


 しかし、本人に聞いていないので今日は綺麗系のお姉さんって感じにした。身につけているワンピースは秋らしく茶色がメインの花柄で、生地はシフォンでふんわりと軽くやや透け感のある素材だ。その上から黒のカーディガンを羽織り清楚なお姉さん系にも見える。


 何というか、仮装と思えば不思議といける。ただ、さっきから体の一部分に目線がいってしまう。俺は自分の胸元へと目線を移した。そこには豊かな膨らみが二つ。


 両手でむにむにと触ってみる。医療用シリコンで作られたそれは、驚くほど柔らかくてしっかりと重みも伝わってくる。


 俺だって男だ。性欲は普通にあるし興味もめちゃくちゃある。


(実際に胸ってこんなに柔らかい物なのかなぁ……)


 感触を確かめながら、そんなことを数分はしていた。杏璃ちゃんの胸も……っ!やばいっ!それは今考えたらダメなワードだった。何とか深呼吸をくり返し、頭の中に朝ご飯のメニューを思い浮かべた。よし、セーフ……。


こんこん


 そんなことを一人でしていると。部屋のドアがノックされ次いで声がかけられる。


「翔ちゃん、準備できた?」


 姉さんだった。当然と言えばそうなんだが服も靴も胸パッドも姉さんが選んで買ってきてくれた。化粧道具も今は姉さんのを使わせてもらっている。その代わりと言っては何だが、俺は昔のように姉さんの着せ替え人形となることを承諾させられているが、背に腹は変えられない。


「ああ、着けたよ」


 そう答えるとドアが開き、姉さんが部屋に入ってきた。その顔は凄く嬉しそうですぐに俺の姿を見て、小さく拍手した。


「すごい。翔ちゃん。これならパッと見は男の子ってわからないわ」


 わりと大げさに姉さんが喜んでくれたがやっぱりそう言ってもらえると嬉しいから不思議だ。これなら杏璃ちゃんも喜んでくれるだろうか?


「そうかな?」


「うん。身長もあるから綺麗なお姉さんって感じよ」


 そう言って姉さんが俺の隣に立ち一緒に姿見を見る。こうして並んでみると姉妹に見えた。姉さんはとっても嬉しそうでずっとにこにこと俺を見ている。


 それを意外と受け入れている俺が自分でも不思議だった。


 好きな人の為と言いつつも自分がしたいようにしているだけだから、無理をしているという感じがないのも大きいのかもしれない。


「よし、戦闘準備は整った!」


「戦闘って翔ちゃん。相手を殺しちゃ駄目よ……あ、殺しちゃってもいいのか……」


「え?」


「ん?」


 そんな物騒なことを言った姉さんとしばし鏡の中で見つめ合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る