第8話 ほんとに来た……
待ち合わせには少しだけ早めに行った。場所は人ごみの多い街の中心地。家から電車に乗る時が一番どきどきした。っていうか、着替えは駅の構内でしてもよかったんじゃないか?……と思ったが。それだと女子トイレに入らないといけないと思い至って頭を軽く振った。
それにしても……。
俺が意識しすぎなだけだとわかっているが、視線を感じたり、笑い声が聞こえたりすると俺のことなんじゃないかと思ってしまう。
『いい、翔ちゃん。相手の好みに合わせることも大事だけど。自分の想いは大切にね。それから、堂々と歩きなさい。誰も翔ちゃんのことなんて気にしてないんだからね』
姉さんの言葉を思いだす。そうだ、誰も俺のことなんて気にしていない。俺は言われた通りに背筋を伸ばし堂々と歩くように意識した。そうすると心なし俺も周りが気にならなくなってきた。
都心に出ると人で溢れ、当たり前のように色々な人がいた。
ゴスロリな衣装の子もいれば、髪型が奇抜で七色の人もいた。いつもの俺だったら気にもしていなかった。けど、今はいつもと違うことをしているせいか、そんな個性的な格好をしている人にばかり目がいってしまう。
でもその人たちはまるで周りを気にしていない。みんなそれが普通で当たり前なんだ。今更ながらそんなことに気付いた。
(俺も、これが当たり前になるのかな?)
そんなことを考えつつ、カバンからスマホを取りだし『着いてるよ』とメールを送った。服装については昨日で知らせているので大丈夫なはずだ。既読はすぐについて、たぬきが両手でマルをしているスタンプが送られてくる。
(このスタンプ。杏璃ちゃんが好きなやつだ。)
前にそのスタンプのキャラがぬいぐるみになったらしく。あちこち探してようやくゲットしたなんて話を聞いたことを思い出した。
もうすぐ来るんだと思うと。ドキドキが強くなってくる。俺を見て杏璃ちゃんはどんな反応をするんだろうか?
「霧島……くん?」
と、後ろから名前を呼ばれて振り向くと杏璃ちゃんが立っていた。いつも後ろで結んでいる髪の毛は下ろされ、上はグレーでフードの着いたスウェット、下は紺色のスカートに黒のスニーカーを履いていた。
「杏璃ちゃん」
俺がそう名前を呼んで近づくと、杏璃ちゃんはわずかに信じられないような顔をして俺を見ていた。一応笑われなかっただけでも良しとしよう。
「どうかな?」
「う……ん。綺麗……」
俺は心の中でガッツポーズをした。それがたとえ世辞だとしてもやっぱり嬉しい。それから俺は声を意識して高く出すようにした。喉を少し締めかつ鼻にかけるような話し方にして、後は微調整と語尾を女性らしく。
「本当?ありがとう。杏璃ちゃんも可愛いね髪を下ろしてるのも似合うよ」
「ありがと……」
「い、いこっか」
「うん」
俺の声にもびっくりしたような反応を見せたけど、笑うことは無かった。姉さんは笑うのを堪えていたけど……。
と、今日は映画を見に行こうと誘った。デートの定番だ。それにあまり人目も気にしなくていいし。ちょうどお互いの推しアイドル声優がでる劇場版アニメが公開されていて映画選びにも苦労はしなかったし。
「はい」
歩き出す前に俺はそう言って杏璃ちゃんに当たり前のように右手を差し出した。
「え?」
「手、繋ぎたいな」
正直な気持ちを言葉にした。女装したことで俺の何かが確実に変わっていた。きっとそのままの俺だったら、デート初日で手を繋ぎたいなんて絶対に言ってなかったと思う。
「き、霧島くんって意外と大胆……だね」
そう言いながらも、おずおずと杏璃ちゃんが俺の差し出した手の上に自分の手を重ねた。その手は緊張で震えとてもぎこちなかった。
「三か月しかないからね。それに女装までしてるんだから、ここで恥ずかしがってても仕方がないでしょ?あと霧島くんじゃないよ?」
俺が杏璃ちゃんの手を優しく握りながらそう言うと、あ、と言うような顔をして杏璃ちゃんくすりと笑った。
「そっか……翔ちゃん…だったね」
「うん」
そうして、初めてのデートが幕を開けた。
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