第5話 諦めのついた気持ち(杏璃視点)
『ねぇ杏璃って女の人が好きなの?』
『え?違うよ。どうして?』
『だって、好きなアイドルは女の子だし、ドラマの話も女優さんの話しかしないから』
『う~ん。でも憧れだしな……。好きとは違うと思うけど』
と、いつも友だちに言っていたけど、本当は……女の人が好きなんだと思う。多分友だちもみんな気付いている。友だちではいるけれど私との恋愛話はタブーみたいな空気は常にあったから。
でも、私は一度も周りにいる人を好きになったことがなかった。それがずっと続くと、恋愛とは無縁何だろうなってどこかで思ってた。
どこか遠くの国のお話しみたいに。
だけど……昨日、初めて告白された。私が唯一仲のいい男の子。身長は私よりも10㎝以上は高いのに、体はがっちりしていなくて色白で、短かく切りそろえられた黒髪は癖もなくまっすぐで、笑うと細い瞳がさらに細まった。
霧島くんと喋るようになったのは高二の夏。霧島くんが何気なく口ずさんでいた歌を聞いてからだった。それは、私が好きな女性声優のアイドルの歌だった。それも一番好きな歌。
『霧島くん、アイドルの○○のファンなの?』
思わずそう声をかけてしまった。でも、かけてしまったあとでしまったと思った。霧島くんの顔が目に見えて戸惑っていたからだ。
『私も好きなの一緒だね』
とりつくようにそう言って笑顔を見せれば、霧島くんは驚いた表情になったけど
『彼女、かわいいよな』
そう言って笑ってくれた。
それから、霧島くんとちょくちょく話すようになった。たまたま会った朝の登校中だとか、クラスの当番活動中だとか、本当に他愛もない話だったけど、霧島くんとの会話は面白くて楽しかった。
だけど、まさか告白されるなんて夢にも思っていなかった。屋上に呼び出されたのも告白とは思っていなくて、お互いの推しアイドルの話かと思っていた。
思考がフリーズしてすぐに返事が返せなくて、何より真っすぐに想いをぶつけてくる彼に嘘がつけなくて、気持ち悪いと思われてもいいから本当のことを言った。もう友達でもいてくれないだろうと覚悟した。最悪、クラスの子に言うかもしれないという覚悟までしてた。
私の告白を聞いて霧島くんは何とも言えない顔をしていた。ただすぐに『気持ち悪い』とか言われなくて正直ほっとした。
その後別れる時も霧島くんは口数も少なくて、ショックを受けているのはよくわかった。
家に帰ってからも信じられなくてよく眠れなかった。
◆◆◆◆◆
『おはよう。昨日のことで今日も話せないか?』
教室に入るとすぐに霧島くんが挨拶してきてびっくりした。どうしようか迷ったけど『わかった』と返事をして、放課後どきどきしながら屋上に向かった。頭の中は霧島くんに限って……とは思っていても最悪の妄想が頭の中をぐるぐるしてた。
けれど、そんな私の妄想よりもさらに驚く展開が待っていた。
『俺が、女装したら考えてくれるか!』
聞き間違いかと思った。けれど霧島くんは昨日と変わらない真っすぐな瞳で私を見つめ、熱の籠った視線を向けていた。
あり得ないと思った。付き合いたいからって女装するとか……。そういう趣味でもないはずなのに。
『好きなんだ……それぐらい本気なんだ。流石にすぐに女みたいにはなれないけど、三か月後のクリスマスまで俺と付き合ってくれ!それでも駄目ならその時は、諦める』
今でも鮮明に霧島くんの言葉を思い出せる。自分だったら……と思う。その人の為に男の人のようになってまで付き合いたいかどうか……。たぶん、できるとは思う。でも実行には移せない。そんな勇気私には無い。
それ以上に霧島くんは男の子だ。私が男の子の恰好をするのとはまったく比べ物にならない程ハードルが高い……。
そのハードルを越えてまで付き合いたいっていう相手が、私っていうのが信じられないけど。
ピロリン
スマホから軽快な音がした。スマホを取り画面を確認すると……霧島くんからだった。メールを開くと今週末の休みに出かけようという内容だった。
正直迷ったけど。付き合っているんだと思い直して
(うん。)
そう短く打ち込み送信した。
ピロリン
すぐに既読がついて返信が返ってくる。意外にも絵文字での返信で、画面に可愛らしいウサギがガッツポーズをとっていた。
(……きっと意図して使ったんだ。)
「本当に信じられない」
誰かを好きになることも、人から好意を寄せてもらうこともないと思っていた。ずっと諦めていた。自分に蓋をし気持ちを押し込めて普通に振る舞う。
(こんな日がくるなんて……。)
画面のウサギを眺めながら不思議な気持ちになる。私は男の人でも好きになれるのかな……。
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