人生の後悔 和泉美奈代

 人生を通じて最大の失敗と思う事は?


 唐突に何?


 ……え?

 質問に答えろ?

 おエラくなったのね。あなた。

 ……。

 そうね。

 まずは―――。


 生まれたこと。

 生きていること。

 あの時、ああした事。

 あの時、ああしなかった事。

 ……。


 だめ。

 

 やさぐれてるなぁ……私。

 ……しょうがないでしょ?

 そんな人生歩んできたんだから。

 まぁ、無理ね。

 私が答えられる質問とは思えない。

 「私にもプライバシーがあります」

 これじゃダメ?

 ダメ?

 ……そうね。

 あのね?

 こういう質問には模範解答は一つか二つ、用意しておいた方が良いいわね。

 就職面接じゃないんだから。

 

 真実を?

 真実……ねぇ……。

 失敗だらけの私の人生の中で、ベストを選べって……。

 え?

 ワーストの間違い?

 言い換えても何も変わらないわよ。

 ……。


 ああ。


 あった。


 “あれ”だ。

 確実に“あれ”よ。


 ほら。


 私、“メサイア使い”―――つまり、一応の“騎士”でしょう?


 そう。


 騎士。


 この言葉の指す所は、甲冑を着て馬に乗って戦う“職業”じゃないわ。


 一種の超人。


 “一般人”とか“常人”と呼ぶ、普通の人と一緒に普通に暮らせる程度に見た目は一緒。

 私だって、その一人ではあるけど、見た目でそこらの子と違うところはないと思う。

 スーパ●マンだかキ●肉マンだか、そんなの知らないし、別に胸に“す”の字を書いたマント付きの恥ずかしい衣装なんて見たこともない。

 男もいれば女もいるし、肌の色、人種、民族、それらを問わず、騎士と一般人の「見た目」は同じ。


 それでも、騎士と常人とは、体を動かすことで決定的に違うことがわかる。


 例を挙げようか?


 1.素手の一撃が鉄板を貫通する。

 2.数十メートルを余裕で跳躍する。

 3.走れば時速数百キロ。

 4.その動体視力は弾丸すら見切る。

 5.希に魔法攻撃が出来る者もいる。


 ね?

 私が騎士を“超人”と呼んだ理由、これでわかってもらえる?

 百聞は何とやら。

 こんな化け物同然の力を目の当たりにすれば、この表現に抵抗を感じないはず。

 まぁ、残念ながら私はそんなこと出来ないけどね。

 でも、普通にこんなバケモノじみた連中が世の中にいるのがこの世界。


 中世以来、厳然とした身分制度が残るこの世界で、騎士は反乱を恐れる王族や貴族達によって、それらに次ぐ階級階級と、それに見合う様々な社会的特典を与えられてきた。


 戦争の時は兵器として扱うため。

 平和の間は飼い殺しにするため。


 平和の時代には、人々の嘲笑の種とさえなる“灰かぶりの剣”でしかないけど、いざ戦争となれば人々を恐怖のどん底に突き落とす“殺戮の剣”となる騎士。

 世界史の時間の多くは、その血にまみれた栄光を教えることに裂かれていた気がする。


 騎士。 


 それは力。

 力こそが全て。

 生きた戦闘兵器。

 それが騎士。

 

 騎士は、自ら何かを選ぶ事は出来ない。

 生まれた環境と、時流に翻弄される存在。

 人殺しの道具。

 そんな存在。


 私、和泉美奈代(いずみ・みなよ)も、そんな騎士階級に生まれた一人。


 といっても、私に騎士としての自覚なんてこれっぽっちもない。

 美人と呼ぶのに何の支障もないって、高校時代の友達に呼ばれたのは、私の女としての数少ない自慢なの。

 そんな美しい容姿の中に流れるのは、騎士の血。

 その気になれば人を殴り殺すことくらいたやすくて―――。

 んなワケない。

 刀なんて、竹刀くらいしかナマで見たことはない。

 時代劇には興味もない。

 刃物なんて、ハサミか包丁ぐらいしか握ったことがない。

 腕力だか握力だか、そんなものはほとんどない。

 自分で言うのも何だけど、走っても運動しても、ただひたすらに「普通」。

 体育の成績は万年「3」。

 おかげで、私自身、騎士らしい能力を自覚したことなんて一度もない。

 ……というか。


 はっきり言う。


 私は高校三年生まで、自分が騎士だと言うことさえ知らなかった。


 それでも騎士か?


 そう思うかも知れない。

 でも、言い分はある。

 

 この世界には、私のような、


 “騎士と呼べなくもないが、騎士と認めるのも問題”


 そんな連中がゴマンといるんだ。


 騎士なのに、騎士に求められる身体能力が発揮できない。


 騎士階級内部では、こんな連中を、


 “騎士崩れ”

 

 そう呼んで蔑む。


 “騎士崩れ”


 その名は、同じ騎士に同族扱いを拒まれて当然の、“恥ずかしい”存在とされている。

 

 ……まぁ、高校生までの私にとって、こんなのどうでもいい話だった。


 ずっと、次のテストがどうとか、駅前のあんみつ屋がどうとか、誰と誰が付き合い始めたとか、そんなことばかり気にしながら、どこにでもある地方の県立高校に通って、単位ギリギリで卒業した程度に、私はどこまでも普通の存在だったから。


 精一杯、普通と違う所と言えば、育ち位。

 私は生まれてすぐに孤児院に入って、そこで育った。

 本当の親が誰か知らないし、里親になってくれた人もコロコロ変わった。

 私の「和泉」という姓は、“最後の”里親の姓に過ぎないのよ。 

 中学校三年の夏、交通事故で全ての記憶を失った私にとって、過去なんて不要なものだと、孤児院の先生は行っていたし、私もそう思うから、どうでもいいけどね。


 最後の里親となった人―――私の養父は、日本の騎士としてはトップ中のトップである近衛騎士。

 その人となりは一言で済ませることが出来る。


 仕事の鬼。


 そんな人だった。

 最初から最後まで私を顧みることはなかった。

 顔を見たことはほんの数回。

 義理か付き合いか知らないけど、望んで私の里親になってくれたんじゃない。

 その程度は、会ってすぐにわかった。

 騎士として、軍人として、出征に次ぐ出征を重ね、ほとんど日本にいることさえ希。

 自分が「親」であることを自覚していたのかさえ、定かではない人。

 希に顔を合わせても、口にするのは仕事の事ばかり。

 どうせ、返事はもらえないだろうと、戦地の父へと手紙を書いた覚えさえほとんどない。

 そんな父も、高校一年の夏にアフリカ戦線で戦死。

 死体は帰ってこなかった。

 爪と髪だけが入った棺桶を送り出すだけの合同慰霊祭っていうのには出た。

 その後、私の収入源は、父の給与振り込みから遺族年金に変わった。

 父が死んで残念だとか、悲しいと思ったのは、死そのものよりも収入が極端に減ったことの方が大きかった。

 最初の振り込み額を見て、朧気に夢見た大学進学ではなく、就職を考えるようになっても、それでも父の死に対して涙も出なかった。

 心配なのは親の喪失よりも明日の生活。

 とはいえ、別に就きたい仕事や向いていると思う仕事もなかった。


 高校三年の春。

 進路を“就職”と決めて望んだ進路相談の席上、「どんな仕事に就きたいか」と訊ねられ、私は本音を語った。

 つまり、真顔でこう答えたんだ。

 

 「とにかく楽したい。

 難しいことしたくない。

 定時に帰りたい。

 ボーナスはしっかり欲しい」


 結果、「人生と苦労の価値について」と題した担任と進路指導の教諭の説教を小一時間は喰らった。


「答えに最も近い」

 その後、担任から勧められたのは市役所の職員だった。

 少なくとも定年まで勤めたら恩給が付く。

 恩給。

 それがいくらだか知らないが、金がもらえるならいい。

 その帰りに本屋で採用試験の問題集を購入、自らの進路を「公務員」と定めた。

 後は、試験に合格して、市役所で働いて、結婚でもして、静かに死ぬ。

 自分の人生はそれで終わる。

 まぁ、十分だと、私はそう思っていた。


 ところが―――そうはいかなかった。 


 人生の転機は、それからすぐに来た。


 “騎士階級に属する未成年者は、騎士能力の検査を受けることが法律で義務づけられています。貴校の生徒、和泉美奈代は、その検査を未だに受けていません。”

 

 県教育委員会から高校へ、そんな内容のハガキが学校に送られてきたのが、そもそもの発端だった。

 騎士個人の能力を測定する検査があること自体、私はその時、初めて知った。

 へぇ?

 その時の私の感想は、その一言で足りる。

 どうでもいい。

 私にとって市役所採用試験の方が余程大切だ。

 騎士だろうと何だろうと、役場に雇ってもらえたら、それで生涯安泰なんだから。


 ただ、それで済まなかったのは、この通知を受け取った高校だ。


 “指定の日時に測定検査を受けなければ、本人及び関係者が刑法犯として処罰されます”


 この場合の関係者とは、高校のこと。

 指定の検査日は、通知が来たその日だった。


 「何とかしろ!」

 「俺の年金生活を潰す気か!」

 定年間近、年金ばかりが心配で、不祥事について病的なまでに神経質に陥っていた当時の●●(検閲)校長の命令によって、私は検査会場まで連行された。


 その時、私は中間テストの真っ最中。

 一日かかった検査の結果、私は四科目で追試を受けるハメになった。

 ボロボロの試験結果を前に悲嘆に暮れる中、検査の結果が届いた。


 曰く―――再検査。


「もうイヤだ!」

「うるさいダマレ!」

 そんな職員室でのやりとりのせいもあり、脱走を懸念した学校側によって、再検査には早朝、アパートまで押しかけてきた担任の監視付きで送られた。

 指定された検査場所は県内ではなく、東京の某大学付属病院。

 担任がアパートまで押しかけてこなければ、絶対に行かなかっただろう。

 新幹線の中で“銘菓ひよ●”と“東京バ●ナ”を生まれて初めて食べたのがこの日だったが、その時は、まさかその後、再検査で何度も東京へ送られるとは考えもしなかった。

 検査の度に立派というか、巨大な建物の中をたらい回しにされ、あっちで検査、あっちでレントゲン、あっちで採血……こんなことを何度もやらされれば誰だってうんざりするはずだ。

 検査終了後に「おみやげ」と称してもらうクッキーやケーキだけが唯一の慰み。

 それをつまみながら、市役所採用試験の問題集を読みふけることが数度。

 検査は検査。

 どうせ、ロクな結果にはならない。

 私はそう割り切っていた。


 読みは正しかった。 


 ……確かに、ロクな結果にはならなかったのだから。

 

 最後に検査のため指定された日時は、市役所職員採用試験と同じ日。

 ……そういうことになった。

 知った時の絶望感は、言葉に表せるものではない。


 理由の如何を問わず、検査日の変更は出来ません。

 検査は法律で義務づけられています。


 そんな、あまりに無慈悲にすぎる返答で、検査の延長申請は潰された。


 刑法犯に問われるより、就職浪人の方がマシ。

 担任に説得された私は公務員の道を断念、生まれて初めて自分の血を泣いて恨んだ。

 

 しかも……。

 涙で乗り越えた検査結果は、何時まで経っても来なかった。


 結果なんて見たくもないっ!

 

 恨み辛みを胸に進路指導室の壁に貼られた求人を眺める頃には、すでに秋も過ぎ去ろうとしていた。

 世界的不況だとか、いろんな事情があって、ただでさえ新卒の採用が厳しい中、めぼしい求人は見あたらない。

 一緒に市役所を目指した友達は見事採用試験に合格し、免許をとるために教習場に通い出したせいで、ちょっとだけ疎遠になったのがさみしい。

 

 明日からストーブをつける。

 私に校内放送で呼び出しが来たのは、HRでそんな話が出た日の事だった。


 場所は校長室。


 私、何かしたか?

 戦々恐々として部屋に入った私を待っていたのは、引きつった顔の校長と教頭。

 そして、いかにも「お堅い仕事をしてます」って感じの、スーツ姿の男達だった。


 神崎。


 その中の一人、白髪交じりの髪を寸分の狂いもない七三分けにした年長の男が、イヤに親しげな口調で自らをそう名乗って、高そうな革のケースから名刺を取り出した。

 名刺を受け取ろうと近づいた途端、ポマードと加齢臭特有の臭いに襲撃された。

 年頃の女の子にとって忌避したい不快感を顔に浮かべなかったのは、その時点で、緊張のあまり顔の筋肉が強ばっていたから。

 それだけのことだった。


 生まれて初めてもらった名刺の肩書きは、

 

 宮内省近衛府人事局採用本部部長


 そう書かれていた。


 宮内省近衛府は、亡き父の勤務先。

 世界トップレベルの騎士団の一つ、皇室近衛騎士団を擁する近衛兵団を管理する公的機関だ。

 そんなトコロの採用関係の偉いさんが自分を訪ねてきた?

 普通の騎士なら緊張でぶっ倒れても、誰も笑いもしない。

 ところが……だ。


 何だこりゃ?


 肩書きを見た私の感想はそんなものでしかなかった。


「それで?」

 緊張した顔の校長や教頭が見つめている前で、神崎さんに勧められるままにソファーに座った私は、ハンカチを取り出して、名刺をその上に置いた。

「父について―――何か?」

「ん?……ああ」

 何を言われたのかわかっていない。

 神崎さんは、そんな表情をわずかに浮かべ、少しの間視線を宙にさまよわせた後、

「お父上は、2年程前にアフリカ戦線で未帰還。規定により戦死認定されたのでしたね」

 そう、答えた。

「はい」

 面食らった。

 近衛の人が私を訪ねてくるのだから、きっと父のことだろうと思った。

「残念ですが、今回、私がうかがったのは、お父上に関してではありません」

「では?」


 ―――突然ですが、近衛は、に強い関心をもっています。


 冗談。

 そう思った。

 近衛騎士の精鋭ぶりは世界的に知れ渡っている。

 その名は名誉と栄光の代名詞。

 ただ、私は自分のことを理解している。

 つまりは、そんなトコロが自分を相手にするはずがない。

 ってか、私は自分が騎士なのかどうかさえ、はっきり知らないんだぞ?

 これは一体、何の冗談だ?


「それにしても」

 いろいろとついていけない私を置き去りにしたまま、神崎さんはテーブルに書類を並べ始めた。

 その声は妙に楽しげだった。

「私も長年こんな仕事してるけどね?キミのような“マスターピース”をスカウトするのは何十年ぶりだろうねぇ」


 マスターピース。


 その言葉を私は知らなかった。

 後から知ったことだけど、騎士の能力は、基本的に魔法もしくは科学(化学)を用いた測定によって外部から謀り知ることが出来るそうだ。


 その測定結果は「騎士ランク」と呼ばれるが、検査は単純なものだ。

 人の持つ素質を、


 肉体(SFS)

 魔力(SMS)、

 メサイア操縦能力(SMD)


 魔法科学を応用した装置により、おおまかにこれら3つの側面から測定するだけ(検査そのものは、本当は数十項目に渡る幅広いものだが、詳細は国家機密指定されている)

 社会的な地位はともかくも、騎士個人としての“価値”は、測定結果(特に肉体能力)によって決まる。

 生まれもって決まるこの“素質”は、汗臭いマンガやアニメみたく“努力”だか“根性”だかによってひっくり返せるほど簡単ではない。

 文字通り、「生まれ」が人の人生を左右するこの社会では、この検査結果は、一生を左右する程、決定的な意味を持つ。


 最高ランクはFL(フローレス)。

 最低ランクはDマイナス。


 Bの評価を受ければランクが“高い”とされ、それ以上の、Aともなれば“稀少品”扱いされる(3つのカテゴリー中、どれか一つでもAランクに認定される可能性は、数十万から数百万分の一とされる)


 ―――以上、テキストの朗読終わり。


 神崎さんが一番最初に私に見せてくれた書類は、いつまでたっても来なかった検査の測定結果。


 肝心のそれは、私には得体の知れないグラフや数字の羅列にしか見えなかった。

 どう読むのかさえわからない。

 眉を潜める私の表情から、それを悟ったんだろう。

 神崎さんの説明によると、私は数度の検査の全てにおいて、メサイア操縦能力(SMD)で、


 AAA-(トリプルエーマイナス)


 そんな結果が出たという。


 神崎さん曰く、これだけで「“超”がいくつもつく貴重品」なんだそうだ。

 しかも、それだけではない。

 特別称号である“マスターピース”というおまけつきだ。


 “マスターピース”。


 なんだそりゃ。

 さらにわかんない。


 さらに続いた神崎さんの説明によると、


 「ランク測定では計りかねる潜在能力を持つを示す特別な称号。別に言えば、ランクを超越した眠れる能力の持ち主であることの証明」


 なんだそうだ。

 ……成る程?

 それで読めた。

 確かに、そんな貴重な存在なら、騎士を擁する組織が放っておくはずもない。


 ……でも。

 

 ―――だからどうした?


 そう思うのも確か。


 私は騎士階級に生まれたらしい。

 だけど、騎士として生きるつもりなんてないぞ?


 本気で、そう思っていたから。


 神崎さんは、そんな私にお構いなしに話を進めた。

 

 ―――就職をお考えだとか。どこか内定を?

 

 決まっているなら進路指導室に毎日通うはずもないし、どうせ校長当たりから説明されているだろうに。見透かされたような質問は面白くない。

  

 ―――ちなみに、我々が提示出来る雇用条件はこうなりますが。


 差し出された書面の一部を神崎さんは指さした。


 “初任給”


 どう断ろうか考えつつのぞき込んだその額に、私は目を見張った。

 その横に並んでいた数字は、求人票で見慣れたそれとは一線を画していたからだ。


 ※提示する金額は、あくまで参考にすぎません。


 書類の下に埋もれた、そんな“契約上、一番大切な言葉”に全く気づかない、いや、気づけないアホな私は、しばらく固まったまま動けなかった

 就職を希望する心が“決めろ”とはやし立てる。

 一方で何かが“やめろ”と足掻く。


「こことここにサインを」

 額に脂汗を浮かべていたろう。

 そんな私相手に楽しげに微笑んだ神崎さんが万年筆を差し出した。

 高そうな万年筆を掴むなり、私の手はゆっくりと、必要事項を記入し始めた。


 ―――詳細は後日云々。


 そんな言葉さえ、私はほとんど聞き流した。 

 毎月、これだけもらって、これに遺族年金も入れば……。

 帰り道、そんな金勘定ばかりが頭を駆けめぐった。

 これで父さんにも面子が立つだろうなぁ。ちょっとした親孝行かなぁ。なんて、センチなことに浮かれきっていた。

 

 でも……。


 ―――人生でやらなきゃよかったと後悔している事は?


 そんな質問だったわね。


 はっきり言ってあげる。


 答えは―――。


 「あの書類にサインした事」


 これね。


 メサイア操縦者―――メサイア使いとして近衛に入る。

 春からはメサイア使いとしての教育を受けるため、養成訓練機関、富士学校へ入学する。

 私の前開かれた人生の進路。

 それがどんだけ間違いだったかは、すぐに知れた。

 高校を卒業を間近に控えた頃、住み慣れたアパートも退去すべく手続きをした。

 別に、私が入れるんだから、そんな難しいことはやらされないだろう。

 もし、イヤならさっさと辞めればいい。

 私には遺族年金もあるし。

 そんなソロバン勘定もあった。


 ところが―――だ。

 

 近衛から採用関係の通知とは別に届いたのは、就職と同時に遺族年金を打ち切る通知。

 そして、アパート退去に際して、修繕費その他の名目で大家から突きつけられた請求書。


 貯金は限りなくゼロ。

 収入途絶。

 前途絶望。

 

 私には、環境の激変に呆然とするヒマもなかった。

 もう前に進むしか選択肢はなかったのよ。


 ……ああ。

 いいから。

 そこで手を合わせてくれなくても結構よ。

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