人類史(三十年戦争)

 “あの戦争”を一言で言うと?


 難しいことを言うな、貴様は。

 そうだな……。

 私なら、“人類史上初の戦争”と表現する。


 意味がわからない?


 いくらお前達だって、“ここ”に来るまで新聞読まなかったわけじゃないだろう?

 ……。

 ……よろしい。

 お前達がバカだということがよくわかった。


 まず、きっかけから話しておこう。

 今から約40年前に遡る。

 19××年2月12日。

 南米およびアフリカ大陸のほぼ全域が被害を受けた“エアバースト事件”。

 南米大陸と、大西洋を挟んだアフリカ大陸で発生した謎の連鎖的爆発事件の事だ。

 この際の爆風と衝撃波、そして爆発による熱は、アフリカと南米の大半を焼き払った。

 直接的、そして間接的な被害ははかり知ることさえ出来ない。

 人類の生活基盤だけではない。

 両大陸の自然界はほぼ壊滅し、この現象で絶滅した種族はどれ程になるか、私は知らない。


 また、被害は両大陸にとどまらなかった。

 

 両大陸によって生じた大津波は、世界各国を襲った。

 日本も例外ではない。

 太平洋側では最大10メートルを超える津波が観測され、各地に甚大な被害をもたらしたのだ。

 ほとんどの国にとって、南米やアフリカを助ける余裕なんてどこにもなかった。

 双方の大陸の救援作業が本格化し始めたのは、事件から実に1ヶ月以上過ぎた3月14日。

 南米とアフリカ各国で“奴ら”の武力攻撃が確認されたのはこの日だ。

 他国からの侵略ではない。

 襲ったのは、少なくとも人類でさえなかった。


 魔族だ。


 戦車なく、

 戦闘機もなく、

 大砲も持たず、

 甲冑を身にまとう異形の軍団。


 手にする武器は、

 剣

 槍

 斧


 そして魔法を武器として、得体の知れない巨大なバケモノ――妖魔達で編成される。


 それが魔族軍だ。


 私がさっき、人類初の戦争と表現したのは、まさにここにある。


 人類史上、人類が同族以外との組織的な戦闘を行った経験は、よってたかってマンモスを狩るような“狩猟”以外、経験はないはずだ。


 だが、この日を境に、人類は二つの大陸で、“魔族軍”と呼ばれるモンスター共との戦争に突入する。

 小銃弾さえものともしない強靱な彼らは、開戦以降、各地で人類を圧倒、わずかな期間で両大陸を完全に制圧した。

 一時期は、彼らの地中海越えによるヨーロッパ侵攻が本気で語られたほどだ。

 勿論、人類だって黙って殺されたわけじゃない。

 とにかく、開戦当初から戦線に送り込まれたのは、当時の世界最新鋭の兵器達だ。

 戦場が“兵器の見本市”と皮肉られたのも、当時の映像を見れば肯ける。


 だが―――わかるか?


 世界有数の優秀なハイテク兵器を湯水のように投入したにもかかわらず負けた、否、負けるしかなかったんだ。


 狩野粒子(かのうりゅうし)は知っているだろう?


 魔族軍出現と共に、南米とアフリカ全土で観測された魔法物質だ。

 狩野粒子そのものは、1ミクロンにも満たない恐ろしく細かい微粒子にすぎない。

 だが、粒子一粒が三次元上に存在することで、粒子の周辺、半径数十メートルの空間が魔力異常地帯と化す。というか、汚染されるんだ。

 ……違う。

 毒ガスを連想するな。

 一定レベルを超えない限り、人類への健康被害は確認されていない。


 問題は、狩野粒子が人体ではなくて、兵器に与えた影響だ。


 狩野粒子は兵器を破壊した。


 ……だから、別に兵器に接触したら爆発するとか、そういうことじゃない。


 電子装備に対する影響だ。


 狩野粒子による空間汚染は、兵器の電子装備を破壊するんだ。


 真空管ならいざしらず、対策処理されていないICやLSIといった半導体や、それらで構成される精密電子パーツは、狩野粒子に汚染された空間では間違いなく発狂する。

 レーダーは反応せず、操縦系は狂い、ミサイルなんて発射ボタンを押してケースの中で吹き飛んだらマシ。

 狩野粒子によって、兵器は戦う前から破壊されたわけだ。

 戦場に各国が満を持して戦線に持ち込んだ兵器は、戦う前から軒並みスクラップ扱い。

 使い物になったのは、電子装備を持たない赤色戦争当時の兵器達。

 博物館ですらみかけないような、古い戦車や装甲車が戦場を駆け回り、バズーカと重機関銃こそが最も信頼される兵器となった。

 ……だが、それでは機甲部隊を歩兵で撃破しろというに等しい。


 人類は、負けに負け続けた。


 開戦とされる日からたった三週間で人類は両大陸からの完全撤退を決定。


 妖魔達の出現から国連による両大陸完全放棄宣言までの悪夢のような負け戦を別に“三週間戦争”、口の悪い連中は“滅亡戦争”と呼ぶ。


 後にアフリカ、南米奪還のため、各国軍による上陸作戦は幾度となく試みられたが、少なくとも最初の数年間はすべて失敗した。


 上陸した途端に、バケモノじみた蜂、“デス・ビー”に襲われて全滅したケースもあったな。

 ……おいおい。

 “デス・ビー”は、確かに蜂だがオシッコかけてなおる相手じゃない。

 チクっと刺されたらもう終わりだ。

 毒が瞬間的に全身に回って、体の組織が連鎖的に崩壊を始める。

 顔が刺されようものなら、顔全体が数倍に膨れあがって、圧力に負けて目玉が飛び出すことになるし、そうなってもすぐには死ねない。脳が血圧の変化で潰されるまで苦しみ抜くんだ。

 どうだ、刺されたいか?

 ……心底遠慮?そうだな。


 幸いだったのは、奴らが南米やアフリカから出ようとしなかったこと程度。

 人類はいつしか、アフリカと南米を忘れ去ったような生活をしていた。

  

 この状況を変えたのが、メサイアだ。


 人型機動魔法兵器、メサイア。


 魔法兵器である以上、狩野粒子の被害から逃れることが出来る。

 毒虫共も無視出来る。

 人類の持つ最強兵器だ。


 何故、最初から投入しなかったか?


 答えは、政治的な理由ってヤツだ。


 いいか?

 メサイアは軍事機密の塊だ。

 なにより、破壊力は陸戦兵器としては最強だが、反面、整備に恐ろしく手間がかかる。


 そして、当時は生産方法がハンドメイドに近い関係で、数があまりに少なすぎた。

 開戦の時点で、世界に百騎は存在しなかったはずだ。

 1騎建造するのに3年かかるし、メサイア1騎で軍艦1隻が買える。


 だが、人類がアフリカと南米を奪還したかったら、メサイアに頼むしかないことを知っていた。


 だからこそ、各国はその量産・低コスト化に全力を注いだ。


 その昇華として、1ヶ月で1騎組み上げる“クイック・ライン”が完成、価格も最新鋭戦闘機数機分に低減された。

 このラインを開発した米国でメサイアの本格的量産が開始されたのは、開戦から15年、他国での本格稼働は17年も後のこと、そして各国が足並みを揃えることが出来たのが、20年目のことだ。

 各国がメサイアの量産化と開発、発展につぎ込んだコストは、実に赤色戦争の戦費に匹敵するとさえ言われる。

 しかし、その効果はあった。

 メサイアが大量投入されるや、戦況は一変した。

 負ける方から、勝つ方へ。

 火炎放射装置で小型妖魔を焼き殺し、大型妖魔相手に戦斧を振るうメサイアに、人類は大陸奪還の希望を託すことが出来たのだ。

 相当な犠牲は払った。

 それは確かだ。

 しかし、例えば、アメリカは開戦から27年目にして、南米から魔族軍を駆逐することに成功した。

 勝ったんだ。


 魔族軍にはメサイアが有効。

 各国は、それを口実にメサイアの開発と増産に乗り出した。


 戦争と平行して行われた“メサイア配備競争”の幕開けだ。


 魔族軍を口実に、メサイアを増産する他国を警戒して、自らも増産に動く。

 それを見た相手国は、さらに増産を……。


 そんな堂々巡りの中、貴様等も、この軍拡競争の一環として徴兵されたわけで……。


 誰だ?


 余計なマネしやがってといったヤツは。

 まぁいい。

 おかげで私も女子高生に―――違う、女子校の教師役を仰せつかったんだ。

 迷惑なのはお互い様だ。


 各国がこぞって大量のメサイアを投入した結果として、アフリカは一応、人類の土地と呼べるまでに回復はしている。


 ……だが。

 

 悲しいことに、魔族軍から土地を奪還した後、各国が何をした?

 

 領土の奪い合いだ。


 南米は、戦線をほぼ単独で構築していた合衆国が完全に植民地化した一方、各国が入り乱れたアフリカは、ドイツやイギリス、そしてラムリアースといった名だたる国が卓上のケーキのように土地を切り分けた。

 サハラ砂漠やコンゴ盆地、そしてエチオピア高原では、魔族軍がいまだ頑張っているというのに、人類は連中そっちのけでアフリカを分断、自らの植民地としたんだ。

 解放すべき土地は、勝者の獲物になったのだ。

 ん?

 植民地は人道的見地から、過去にほとんど解放された?

 そんなことは人道的に問題?

 面白いことを言うな。

 なら聞くが、植民地が人道上、どう問題なんだ?

 現地人からの簒奪的行為?

 なら―――

 最初から人が住んでいない場所なら?

 アフリカは、そういう所と見なされたんだ。

 何しろ、占領する土地には、生きた人はいないんだから。 

 ……そう。

 両大陸は魔族軍との戦争で戦勝国となった国々がどうしようが、文句を言うべき現地人がいないなら、文句を言われる筋合いはない。

 そう、“結論づけ”されたんだ。

 事実、両大陸の処遇を決めた“ヴェルサイユ条約”は植民地における戦勝国の完全なフリーハンドを認めている。

 ……それで?

 そうだな。

 確かに、現地から脱出した、“お気の毒な御方”はいた。


 その御方に土地をお返すべき?


 馬鹿な。


 奪還のためにかかった莫大な費用と人的損害を、その御方とやらが支払ってくれるのか?


 “ヴェルサイユ条約”の別名を知っているか?

 

 “ニンジン条約”だ。


 そう。

 あの食べる人参だ。

 広大な土地。

 地下資源。

 そんな“人参”を各国の鼻っ面にぶら下げて、兵力を派遣させることで、人類は両方の大陸を奪還したといってもいい。

 

 黒人共に土地を返すために戦う。

 そんなきれい事、聞いたことさえない。


 あの戦争に出た者として、それだけははっきり言える。

   


 だが―――


 戦勝国、欧米にとって植民地獲得の代償は高くついた。

 あの戦争に関わることによって生じた膨大な戦費と、なにより莫大な戦死傷者による労働人口の減少だ。

 戦争によって多数の若者―――労働力を失ったことで、ただでさえ高い戦勝国の労働賃金は、さらに高騰するしかない。

 それは、資本家をして、豊富な労働力を誇り、賃金も安い国へと経済の中心をシフトさせるには十分だったのだ。


 中華帝国と東南アジアだ。


 メサイア投入から数えて12から15年目。

 未だに兵士達が血みどろの戦いを繰り広げる中、政治屋共は、植民地開拓に血道をあげる一方、どうにかこのシフトを自分側に崩そうと暗躍する。

 人類史上類を見ないとさえ言われた経済成長率25%を叩き出し、経済大国を自負する中華帝国は、アジア経済圏を提唱し、アジアの盟主として振る舞い始める。

 膨大な戦時国債を誰が負担したかといえば、中華帝国だ。

 おかげで、欧米は彼等に強く出ることが出来ない。


 まぁ、あの国は多くの意味で例外的存在だ。


 世界は、連中に関わればどんな目に遭うかは思い知らされている。


 考えて見ろ。


 世界中が大変な目に遭っているというのに、“ニイハオ!安いよ安いよ”でコピー品を売りつけに来た連中と仲良くしたいか?

 欧米が“チャイナ・パージ法”を成立させ、経済圏内での産業保護に動いてからは、さすがにかつての勢いはない。

 “言うこと聞かなければ、戦時国債放棄するアル!”と脅せば、 “次の植民地はテメエ等だぞゴラァ!”となる。

 そんな状況を経て、世界経済は“ヨーロッパ経済圏”と“アメリカ経済圏”、そして“中華経済圏”の3つのブロックに分断されている。

 各経済圏は独立しており、経済圏同士でやりとりをするのが普通だし、昔流行りかけた“グローバル”という言葉自体が死語だ。

 まあ、その辺は、興味があったら自分で調べろ。

 新聞を読め。


 とりあえず!


 まとめるぞ?

 南米全域と、アフリカの大半を魔族軍から取り戻した人類は、両大陸を植民地化した。

 アメリカとEUは、戦争に参加した戦勝国主導の元、それぞれに独自の経済圏を確保する。

 そして、近年、経済的発展を遂げた中華帝国と対立するに至っている。


 一応、一般常識のレベルの話だ。


 ここで、騎士としてのお前達がまず覚悟するべきことは、アフリカが未だ魔族軍から完全には解放されていないことであり、我が軍は、アフリカに一貫して部隊を送り続けていることだ。


 魔族軍の掃討はまだ続いている

 貴様等も、いずれは先輩方同様、アフリカに行くことになる。


 それは、そう遠いことではない。


 今から楽しみにしておけ。


 ……よし。


 今日はここまでにしよう。

 宗像。

 和泉と天儀が目を覚ましたら職員室に来るように伝えておけ。

 午後は長野教官の授業からか……。


 ご苦労だった。

 解散。

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