ギアナ高地事件

●ギアナ高地。

 南米大陸北部の高地帯である、17億年前の古い地層がむきだしになったテーブルマウンテン状の山々が大小無数に近く存在し、絶壁によって下界から隔絶されたテーブルマウンテン山頂付近では、独特な生態系が繁栄を誇る、まさに秘境。

 それがギアナ高地である。

 その一角であるロイマと呼ばれる地点は、テーブルマウンテンの山頂から見れば下界のさらに下界としか言い様のない場所。

 ジャングルの中を徒歩か、或いはヘリでなければ近づくことさえ難しい所。

 今、そこには様々な機材が持ち込まれ、機材の間を人々が右往左往している。

 発電用ディーゼルにつながれた照明が煌々と照らす中、続けられる作業は、発掘作業だ。



「まさか―――伝説が本当だったとはな」



 発掘作業の中、ようやく現れた“それ”は、岩をくりぬき、コンクリートによく似た謎の物質で仕上げられた地下室の入り口だ。


「……ああ」

 スタッフの呟きに、エール大学のウォルフガング教授は無意識に頷いた。

 この地方特有の粘り着くような湿気を含む暑さが教授の老いた体にはきつい。

 教授の専攻は考古学。

 しかも超帝国の研究が専門だ。

 ある日、エール大学の研究室にベネズエラから送りつけられてきた封筒(エアメール)が全ての発端だった。

 ベネズエラ在住の考古学マニアを名乗る人物からの封筒の中身は、数枚の手紙と写真。そして白い石と地図だった。




 ギアナ高地のロイヤで偶然、不思議な遺跡の入り口を発見した。




 手紙は、そう書いてあった。




 自分に理解出来ない建築物はすべて超帝国の遺跡だと言い張る無知な連中に振り回されて半生を送った教授は、ビール片手に同封された写真を見た。

 放置されたコンクリート製の部屋というのが、教授の最初の判断であり、手紙をゴミ箱に放り込んだとしても文句を言われる筋合いではない。

 だが……。

 教授がその動きを止めたのは、偶然にもその手が、サンプルとして送られてきた白い石に触れたから。

 指先に伝わった異質な感触は、幸いにして指が覚えていた。

 コンクリートじゃない。

 これは―――

 彼はすぐにその白い石を分析に回した。

 分析の結果、石はコンクリートに極めて近い、ラムリアース帝国などに残されている超帝国の遺跡特有の人工物であることが判明した。すぐに大学から予算を分捕った教授は、スタッフと共にギアナ高地へと飛んだ。


「歴史的発見ですよ」

 助手のキャサリンがソバカスだらけの顔を興奮に赤くして言った。

「この未開の地、ギアナ高地に超帝国遺跡なんて!」

「ああ」

 教授もそう思った。

 人類未到の地として知られたこのギアナ高地に、超帝国遺跡だ。

 これは重要な発見―――いや、歴史的発見だ。

 下手をすれば、人類の歴史がひっくりかえる。

「しかも、ここはかなり大切な場所だったんじゃないですか?教授」

「どうしてそう思うんだ?キャサリン君」

「だって、こんな広いんですよ?」

 キャサリンのマグライトが遺跡の中を照らし出す。

 長い歳月の流れの中、遺跡は相応のダメージをおってはいたが、遺跡そのものの持つ風格が衰えることはない。

 マグライトに照らし出された室内。

 入り口こそせまいが、天井はそこそこ高く、ちょっとした街の教会が入りそうなサイズのホールが開けていた。

「これは―――まるで神殿です」

「そうか?」

 突然、後ろからあがった野太い声に、教授とキャサリンは思わず飛び上がった。

「ああ、失礼」

 そこに立っているのは、軍服をラフに着込んだフリー記者のロバートがいた。

「これが神殿?」

 ロバートは、手に持ったマグライトで天井を照らす。

「俺にゃ、コンクリート造りの倉庫くらいにしか思えないぜ?」

「その意見には同意するよ」

 教授は頷いた。

「紀元前九から七世紀の頃は、どういうわけか建物の造りは荒く、装飾はほとんどなされない。ほんの2、300年前まではしっかりとした飾りがなされていたのに。これは全くの謎だよ。

 この遺跡は、超帝国時代の素材で造られているが、間違いなくこの時代の特徴を示している」

「紀元前7世紀なら、戦争でしょう」

 ロバートは言った。

「戦時中のバラック代わりに立てられた建物だから、そうなったんじゃないですか?紀元前7世紀頃って、全世界で戦争があったことは、俺でも知っています」

「……君は、新聞記者を辞めて学者になればいい。洞察力に優れているようだ」

「遠慮します。俺はむしろ学会の賞賛より」

 ロバートは、近くに転がっていた石柱を軽く脚で小突いた。

「お宝の方が」

「―――ふん」

 俗物が。

 教授は小さくそう呟くと、ロバートに言った。

「世紀の発見だ。発掘の邪魔だけはしてくれるなよ?」

「へいへい」

 ロバートは肩をすくめた。

「何か出たら教えてください。外でタバコ吸ってます」




 教授、これは何か呪術的な意味が?

 わからない。何だ……この石柱は?

 あちらに、何本か似たものが

 ふむ……この溝に差し込めばいいのか?



 ロバートは、教授とキャサリンのやりとりを背中で受けつつ、出口を目指した。



 出口にさしかかった途端、むっとする空気に息が詰まった。

「早く帰りてぇなぁ……」

 Tボーンステーキから遠ざかってすでに何日だ?

 ああ。フライドポテトを腹一杯食べてぇなぁ……。

 ロバートは、資材の入っていたコンテナに腰を下ろすと、マルボロに火を付けた。

 何しろ、今回の取材は、依頼からして異常だった。

 NYのオフィスにかかってきたFAX。

 ギアナ高地で行われる発掘を取材してくれ。費用はすでに口座に送金済み。

 依頼主は教授。

 売名行為のお先棒を担ぐのは好きではないにしても、仕事にあぶれていたロバートは、もらった金を元手に、ここまで来た。

 だが―――

 肝心の教授は、彼を雇った覚えはないという。

 それだけじゃない。

 カラカスに入ったロバートは、空港のロビーで背広姿の男達に囲まれた。




 ―――ロバート・キャッチャーだな?

 ―――そうだ。

 ―――仕事を依頼したい。

 ―――仕事?




 その“仕事”は終わった。

 報酬は100ドル紙幣の束を2つ。

 ただ、わからないのは―――



 石柱に教授達の興味を引け。

 最悪、君自身が石柱を調べろ。



 それが仕事だ。

 まるで女子供でも出来る仕事だ。

 それをこんな大金で?


 ―――マズかったかな?

 ロバートは、そう思って、今回の仕事を引き受けたことを後悔し始めていた。

 きっと、ずいぶんと厄介なことになるだろう。

 それだけははっきりとわかる。

 何しろ、ここロイヤは、元は現地人の言葉で“悪魔の巣”を意味する土地。

 現地人のガイドからシェルパまで、地名を聞いただけで集まらなかったという曰く付きの場所だ。

 迷信深いと笑われても、その迷信を信じてきたから自分は生き延びてきたとロバートは考えている。


「……ん?」

 ズズズッ。

 不意に地面が揺れた。

「地震か?」

 ロバートは思わず立ち上がろうとして出来なかった。

 ズンッ!

 そんな音がして世界が激しく回った。

 ドラム式洗濯機の中に放り込まれたようなこの感覚。不意にグアテマラで爆撃機の誤爆を喰らった時を思い出した。 これは、間近で爆弾が爆発し、衝撃波に吹き飛ばされたあの時と同じだ。

 意識が遠のく。

 どれくらいの時間が過ぎたのかわからない。

 気が付くとロバートはなぎ倒された木々の下に挟まれていた。

 隙間があったのが幸いだ。

 そうでもなかったら、ロバートの体は二つに裂かれていただろう。

 何とか木々の間から這いだしたロバートは絶句した。

「な、何だ?」

 それまで見事な緑の絨毯を作り上げていたギアナ高地の緑は、軒並み吹き飛ばされていた。

 それはまるで集中爆撃を受けた跡さながらの光景だった。

「何が……起きたんだ?」

 スタッフ達が倒れた機材の下敷きになった仲間を助けようと駆け回る中、ロバートは確かに見た。

 テーブルマウンテンが、一斉に崩れようとしている、その光景を―――。

「な、何だ?何なんだ?」

 テーブルマウンテンの断崖を構成する岩が、まるで剥がれるように落ちていく。

 その隙間から、何かが飛び出した。




 ―――鳥か?




 違う。

 鳥にしては奇妙だ。

 あの羽根は、まるでコウモリのそれだ。

 だいいち、コウモリにしても鳥にしても、あんな長い首はもっていない。




 同じような奇妙な生き物たちが続々とテーブルマウンテンの岩肌から現れてくる。




 ロバートは、その光景を呆然とみているしかなかった。








 ●数時間後



「何が来ているんですか、軍曹?」

「モンスターだとよ」

「俺達、ハリウッド映画に出るんですか?」

「少なくとも、ギャラが出るとは聞いてねぇ」



 ギアナ高地を下り、都市マナオスに迫りつつあるバケモノ達に対し、ブラジル陸軍はマナオス防衛のために部隊を送り込んだ。

 戦車を配備した戦車大隊と歩兵連隊。さらに砲兵連隊がそれぞれ2個ずつだ。


 彼らの中で、敵が何者なのか知る者はいない。

 出撃命令が彼等の全てだ。


 そんな彼らが見た敵とは、実に奇妙なものだった。

「あ?……なんだ、ありゃ」

 銃を構える兵士の一人が唖然としたのも無理はない。

 戦闘準備を整え、敵の出現を待つ彼らの目の前に現れたのは、ギアナ高地方面から風にながれて向かってくる、黒いアドバルーン達。

「小隊長、ありゃなんですか?」

 兵士の一人の問いかけに、小隊長も答えられず、ただ空を見上げるだけ。

「通信、貸せ」

 通信兵から無線機を受け取った小隊長は、司令部に問いかけた。

「こちらホテル02 キング01 送れ」

「こちらキング01」

「前方200メートル付近に不審なアドバルーン、数4、命令を求む。送れ」

「キング01よりホテル02 アドバルーンとは何か? 送れ」

「キング01 天幕から出て外を見ろ!」




 しばらく後に、司令部から命令が入った。




「キング01よりホテル02、小銃による攻撃を許可する」

「―――だそうだ」

 小隊長は無線機を戻し、部下に命じた。

「一発ずつでいい。無駄弾は撃つな―――構え」

 ガチャッ

 全員が照準をアドバルーンに向ける。

「撃てっ!」

 銃声。




 次の瞬間。




「っ!!」

 すさまじい爆発音がして、小隊長達はとっさに頭を地面に叩き付けるように伏せた。

「……?」

 恐る恐る見上げた空。

 そこにアドバルーンは存在しなかった。

「誰か、アドバルーンがどうなったか、見た者はっ!?」

「破裂したように見えました!」数名の兵士からそんな声が上がる。

「通信兵」

 小隊長が通信兵に手を伸ばすが、通信兵は通信機を手渡そうとしない。

「どうした!」

 小隊長の怒鳴り声に、通信兵は背負った通信機を下ろしながら答えた。

「通信不能!」

「何?どういうことだ!」




「くそっ!どういうことだ!?」

 戦車の操縦席に座る兵士が規定の動作を何度も繰り返し、

「キング01、司令部応答しろ!」

 戦車長が無線機に怒鳴るが、戦車は動きをみせない。無線機は言葉を運ぼうとしない。

 兵器が―――動かない。




「くそっ!ECMか?」

 機能を停止したパソコンに見切りをつけた司令部の一人が電磁波攻撃について触れた時にはすでに遅かった。




 ドドドドドド……ッ

 不意に、地響きが兵士達を襲った。




 「なっ、何だ?」

 木々の群れを踏みつぶし、こちらにむけて襲いかかってくるのは……。




 見たこともないような巨大な物体の群れ。




 まるでサイだかトリケラトプスだかをスケールアップしたようなバケモノが、自分達にむけて走ってくる!




「う、撃てぇっ!」

 小隊長の怒鳴り声に弾かれたように兵士達は小銃を撃ちまくる。

 だが、そんなことで敵の動きが止まるはずもないことは、撃っている彼ら自身、わかっていることだ。

「戦車、戦車は!」

 敵が面前に迫る中、小隊長が叫ぶ。

 背後からは何の砲声もしない。

「くそっ!―――第二小隊、戦線を放棄!逃げろっ!」




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