人類史(明治維新~ベトナム戦争)
●この頃の日本
……連合が派遣したペリー来航の後、攘夷だなんだとドタバタした後、明治維新を迎えた帝国は貿易立国を選択した。
軍事力にも経済力にも全てに劣る日本は、下手に外国を刺激することを徹底して避けたんだ。
当然、植民地獲得なんてやれるはずもない。
カネはなかったし、大陸は連合、朝鮮や台湾は中国ががっちり抑えていたら、進出できる場所がなかっただけなんだけどね。
日本はスタートラインから貿易国家としてやっていくしかなかったんだよ。
ところが、これがうまくいった。
開国から短期間のうちに日の丸を掲げた船は世界中の航路に進出し、世界中の港へ行けば1隻くらいは日本船籍がいると言われた程の海洋国家へ発展したんだからね。
「アジアの奇跡」と賞賛されることだから、君達も自慢して良いと思うよ?
他国との戦争?
ないに等しいね。
“清との戦も辞すな、大陸での植民地獲得競争に参加しろ”と主張した西郷隆盛等、武断派は西南戦争によって粛正された。
小型船舶しか持てなかった海軍は、貿易船団護衛が主眼で戦争なんて二の次。
日本は、貿易相手と必要な資源を買えばそれで事足りる国なわけで、まぁ……坂本龍馬は、その会社……今の光菱を使って儲けるためにそんな政策を打ちだしたとさえ言われるし、西郷はむしろ植民地獲得を狙う当時の急進派―――不平士族をまとめて根絶するための人柱になったというのが定説だけど、どんなものだろうねぇ。
そんな日本が赤色戦争でどっちについたかって?
どっちだと思う?
満州やフィリピンに植民地を持つ上に、炭田や油田といった膨大な資源を抱える南部連合につく方が利口?
違うんだよ。
南部連合は、公然と日本に対して差別政策をとっていたんだ。
日本を開国させて差別するなんておかしい?
最初は最恵国待遇だったよ?
大事な中継拠点として利用出来る国なんだから。
でも、公然と日本人を憎むようになる。
人種差別?
それだけじゃない。
他にも原因があるんだよ。
虫だよ。
日本船が南部に持ち込んだ虫が原因なんだ。
たかが虫?
そう。されど虫なんだ。
農業国家である南部連合史上最悪の農業被害が日本生まれのたった一匹の虫によって生じたといったらどうする?。
マメコガネ。
小型のコガネムシの一種。
凶暴な奴でね。その成虫は、大豆だろうが何だろうが農作物は片っ端から食い荒らす、幼虫だって、食物なら何でも根っこを食い殺す。
南部ではこいつのおかげで幾度となく国家規模で経済が傾くような農業被害が起きた。
最初は何の虫だかさっぱりわからず、農民から“デビル・ビートル”と呼ばれ恐れられた虫が、実は日本原産だと知った時の彼らの怒りはどうだったか?
この虫のことを“ジャパニーズ・ビートル”と呼んで、南部人は虫と共に日本を憎むようになった。
世論が反日に傾いたらもうダメだ。
日本政府は何度も南部連合に対して待遇改善を申し出たが無駄だった。
南部連合にとってはマメコガネを持ち込んだ日本人なんて敵でしかなかった。
その憎悪は、結局は日本に戦争という形で公然と向けられることになる。
連合がどれだけ差別しようと、満州と北米を結ぶ拠点である日本を連合が襲うことはないだろう。
当時の日本政府はそう考えていた。
ところが、甘かった。
未だ日本が赤色戦争への対応を決めかねている間に、連合軍は海軍主力部隊をアリューシャン列島の島、キスカを集結させ、一路南下。
1939年2月14日、日本近海に展開した連合海軍奇襲部隊が横須賀と呉を同時空襲、これによって日本海軍は壊滅的打撃を被った。
見事に致命傷寸前のダメージを喰らったことで目を覚ました日本政府は、連合に対して宣戦を布告、フィリピンや大陸での利権を狙う英国やヨーロッパ各国軍と協力して連邦支援の旗印を鮮明にする。
満州に通じる海上ルートを完全封鎖、連日に近い航空爆撃によって満州の空港や軍需工場を破壊すると共に、北米にも軍を派遣、最後には戦勝国の一つに数えられた。
戦争は連邦の勝利、連合は莫大な損害賠償と不平等条約を飲まされ死に体の有様。
……さて?
戦勝国となったヨーロッパはどうなった?
彼等に待っていたのは、戦争で荒廃した北米大陸の復旧事業だ。
戦争に勝ったことを忘れそうに成る程、大変なことだった。
連合は満州を中華帝国へ返還する。
いわば植民地放棄からの数千万人の出戻者の生活保証に代表される莫大な、そして見返りのはっきりしない投資は、ヨーロッパ経済を未曾有の大混乱に陥れた。
混乱が混乱を生んで、1949年と1951年に「戦後恐慌」と呼ばれる世界的不況が起き、ヨーロッパは昔日の力を失った。
事実、ここからヨーロッパは半世紀近く立ち直ることが出来なかったのだからね。
“ヨーロッパは、戦争で勝って、経済で負けた”
赤色戦争がそう呼ばれる所以だ。
終戦協定であるフィラデルフィア条約発効をもって、連合が連邦に吸収合併されたことでアメリカ合衆国が誕生する。
一方、世界経済での主導権を失ったヨーロッパは国家として不採算部門の切り捨て―――植民地の放棄を余儀なくされる。
アジア植民地に産業を任せる態勢を破壊して、その仕事を本国の国民へまわそうと、そんな発想だ。
雇用の確保がなければ国民経済は成立しない。
アジアは、それまでの低賃金で使える工場から、再び商品を売りつける相手に格下げされたともいう。
無論、表向きは切り捨てるんじゃなくて、植民地に独立と自由を与えるという建前でね。
これに舞い上がったのが、インテリ気取りの現地のバカや若造共だ。
そういう連中が必ずといって持ち出したのが、生半可にかじっただけのルソーあたりの人権思想をベースにしたあの考え方だ。
よく言う“民主主義”だ。
よく考えてくれ。
フランスでルソーがそれを唱えた挙げ句がどうなった?
ルイ13世以降、戦争を回避し続け、武力を行使してまで貴族達と聖職者の免税特権を削り、海外貿易で莫大な黒字を作り、世界的に見ても先進的な国民への福祉を実現していたあの大帝国フランスの栄華は誰のおかげだ?
その全てはブルボン王朝の歴代の王達の功績として知られることだ。
ルソー達の思想は、こういう繁栄の中で生まれた、一部の道楽息子の驕慢にすぎない。
自由だの平等だの説いた挙げ句、一部国民にも大きな共感が生まれはした。
その一部国民の支持を元にした、“国民議会”たるデマゴーグ達が何をしでかした?
知っているだろう?
フランス動乱だ。
ロベスピエールらデマゴーグによって引き起こされた、各地での武装蜂起、意味不明な大義名分を振りかざし、逆らう者は皆殺しのあの恐怖政治。
百万人が犠牲になったとさえ言われ、フランスどころか人類史上でも最悪レベルの悪政の嵐が吹き荒れた暗黒時代。
集団心理による暴走の最悪のケースだ。
貴族や聖職者は無差別に虐殺され、国家は無政府状態に陥り、国民は一切の福祉を奪われた。
政治の素人達が思いつきで次々と撃ち出す政策はすべて失敗。
王朝を支えた有能な官僚は次々と断頭台に消えた。
そんな暴政の末に、世界で最も福祉的に保証されていたはずの国民は日々のパンにさえ事欠く程落ちぶれた。
その隙に各国は好き勝手に自国の領土をかすめ取る。
恐怖政治が続いた三年間でフランスは植民地を全て喪失し国土はの3分の1を他国に奪われたのだ。
全てはルソー支持者のおかげ、民主主義の産物だ。
国民が彼らに愛想を尽かし、オーストリアに逃れたルイ16世の王政復古を願ったのは、むしろ当然のことだと私は考える。
その思想の延長線上に民主主義があることは分かっている。
民主主義がそのものが悪いんじゃない。
全ては使い方だ。
何だってそうだろう?
だがな?
「腐敗した少数の権力者を任命する代わりに、無能な多数者が選挙によって無能な人を選出する」
「名前を変えただけの(無能な)貴族制政治」
それが民主主義の影の本質だ。
フランスの王政復古は、“無能な人”の失政より、“腐敗した少数の権力者”による繁栄を望んだ結果とさえ言えるが、それでも実際、王政復古の後、フランスは、短期間で再びヨーロッパの大国へと返り咲いている。
政治的素人をいくら民主主義だ主権者だと叫んで権力の座につけても、待っているものは破滅でしかないという、偉大な教訓を与えたフランス動乱を受け、各国はルソーだけでなく、啓蒙主義者と彼らの言論を広めたメディアを徹底弾圧し、とばっちりを受けたヨーロッパの言論出版界は、一世紀後退したとさえ言われる。
そういう意味では、ルソーは言論の自由まで潰したことになるが……。
……何の話だったか?
……ああ。
植民地独立の動きか。
世界地図を見よう。
今、アジアのほとんどの国が、独立しているだろう?
それは何故?
戦後の経済システムの変化さ。
拡大の一途をたどる大規模消費社会の中にあっては、旧来の植民地の維持のために戦費や軍事費を使うことが無駄だとされるようになった。
植民地で欲しいのは資源と消費者だけ。
各国は、植民地の資源開発権だけを自国のものとし、政治的にだけ独立させることで、肝心の政治的なことは全て植民地に押しつけた。
わかるかい?
自主自立。
これが、アジア各国の成長を著しく妨げる原因となったのだ。
押しつけられても、素人に何が出来る?
経済は宗主国に握られ、発展は望めない。
独立とはタテマエで、植民地時代と何も変わらない、いや、昔の方がまだマシな状況が各国を襲った。
商店からモノが消え、医者は薬すら手に入らず、かつては宗主国本国並の福祉が保証されていたレベルの国民さえ饑餓に陥る……あのフランスの恐怖政治時代の現代版がやってきたのさ。
政治まで面倒見てくれた植民地時代の方がまだマシだった。
そう言って過言ではない国が、この世界にはいくつも生まれる結果になったのはこのためだ。
民主主義。
自分達が自らの意志で、自らの国の政治を動かせる主義。
その思想は、甘美に聞こえるだろうがとんでもない。
一歩間違えれば、その国を滅ぼしかねない危険性を秘めているのだ。
その危険性をわかった上でなければ、民主主義なんて唱えるのはおかしい。
なのに、「植民地解放」、「民主主義の普及」を大義名分に、海外へ民主主義の押し売りに走る国が生まれた。
復活したアメリカ合衆国だ。
1960年代、オランダから独立したベトナム大越王朝に対して、分離独立を主張する少数民族を「民主主義的」として支援することを口実に軍事介入。
これに対し、大越王朝と周辺国、そして元宗主国は、民主化により共倒れすることを怖れてアメリカと戦うことになる。
ベトナム戦争の始まりだ。
ベトナム軍にベトナム市民軍、ここに各国軍が加わっての泥沼と化した戦いの決定打となったのが、魔法兵器である“メサイア”だ。
……ほう?
目の色が変わったな。
ロシア科学アカデミーが開発した人型魔法戦闘兵器の開発コードが、そのまま兵器の名称となった珍しいケースだが、戦線に投入されたメサイアがどれほどの活躍を示したか、語るまでもないだろう。
使用したのは大越王朝支援のために派兵していたロシア帝国。
投入数はたった4騎。
彼らの名称では“スターリン”と呼ばれるメサイア。
たった4騎で、アメリカ軍は壊滅的打撃を被った。
……まぁ、君たちにとっては常識だな。
もう少し、つき合ってもらおう。
一方的に叩かれたアメリカ軍は、戦局挽回のため、当時開発されたばかりのプルトニウム反応弾を戦場にばらまいた。
その二次被害なんて、あの楽天国民の知ることじゃない。
何の罪もないベトナム国民が放射能汚染の犠牲となり、国土は深刻な環境破壊に襲われた。
結局、アメリカの失敗は、民主主義が虐殺者の大義名分にすぎない事を証明してのけたに過ぎない。
結局、アメリカはベトナムを汚染した犯罪者として東南アジア全域から撤退を余儀なくされる。
ルソー以来の民主主義は敗北したわけだ。
大体、放っておいても、各国ではルソー以前から立憲君主政治が基本だし、民間からの優秀な人材の登用は当然だし……君主による完全独裁政治をとる国なんて皆無に近いから、一々民主主義なんて名乗るだけでもおかしいんだが……まあ、ここは歴史の授業であって、政治思想の時間ではないからな。
興味があるなら、これ以上は自分で調べてみるといい。
このベトナム戦争は、戦争という面からすれば大変に興味深い。
……なんだ。
メサイアの話となれば、起きるのか?
しょうがないな。
そうだ。
ベトナム戦争は、赤色戦争以降、大量破壊が可能な機関銃や航空機の発展に伴い、戦場の主役からずり落ちていた騎士と魔導師が、再び戦場の主役に戻った戦争でもある。
ジャングルでの接近戦は、騎士にとっては戦いやすい戦場だ。
そして、メサイア操縦者としての騎士と、メサイアコントローラーとしての魔導師にとっての初舞台となった戦争でもある。
この戦争以降、各国はメサイアの開発と生産に躍起になる。
アメリカは月に行くなんて妄想を放棄して国力を傾けた挙げ句、グレイファントムを開発。
ロシアはスターリンをベースにした騎を同盟国に配備させる動きを強める。
各国は両国から得た情報と技術を元に、独自のメサイア開発に躍起になる。
これが同時に、新しい植民地を生み出す闘争の元になる。
植民地開放政策をリセットさせたんだ。
そうだ。
魔晶石(ましょうせき)だ。
メサイアや飛行艦、TAC(タクティカル・エア・カーゴ)のエンジンに使われるエンジンの動力源。
いくらメサイアの素体を造ることが出来ても、エンジンに使える魔晶石が無ければどうしようもない。
ダイヤより貴重な存在―――魔力の結晶、魔晶石。
世界最大の産地である大日本帝国、そしてロシア帝国、ラムリアース帝国、ついでアメリカ合衆国、中華帝国と……あとはごくごく限られている。
こうした国々が、鉱山と魔晶石を厳重管理して、海外輸出は基本的にしないことは知っているな?
魔晶石は戦略・戦術双方で重要であるから、それを生産出来る国が限られることは戦乱を防止する上である意味望ましいが、しかし、生産不能の国からすれば落ち着いていられる話ではない。
大英帝国やドイツ帝国、フランス王国といった名だたる国が莫大な投資も、犠牲も惜しむことさえ許されず、魔晶石鉱山をかかえる国を時代遅れの植民地なんて代物にしてでも、その鉱山を抱える必要があったのは、そういう背景があるんだ。
苛烈な魔晶石獲得競争を“魔晶石戦争”、あるいは第二次世界大戦とさえ呼ぶ者もいると同時に、メサイアと飛行艦の開発競争へと転じ―――そして、世界は奴らの襲撃を受けることになる。
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