ヴァルキリーズストーム 設定資料集

綿屋伊織

世界設定 歴史編

人類史(古代~赤色戦争)

「一部の物好きは」

 教室に声が響く。

「騎士と魔導師が生まれたのは、紀元前に存在した“超帝国”においてだと主張している」

 壇上の外部講師はチョークを握った。

 達筆。

 そう呼ぶにはほど遠い癖のある白い文字が黒板に並ぶ。

 解読が必要なその文字相手に生徒達は顔をしかめるのがやっとだ。

「現代のそれをもってしても想像さえ出来ないような、出来すぎた高度な魔法文明なんていう、今日日、アニメや漫画だって採用しないような、ご都合主義によって世界を一つにまとめ上げた世界統一政府。

 それが超帝国だ。

 こんな存在が、この地上にいつ現れて、いつ滅んだのか、全くわかっていない。

 全ては口伝で伝わる虚構と真実の狭間に眠ったままだ。

 ……そう。

 でっち上げだ。

 歴史学者の多くはその存在を否定している。

 いわば神話の世界だとな。

 古い血筋“だけ”しか誇ることの出来ない連中が、誰も頼んでもいないのに“箔付け”したさに作り上げた、その程度の話だと。

 だが、信じる者も少なくない。

 ラムリアース帝国の聖導王家の如く、その後継者を自称する王家や一族を並べていったらきりがないからな。

 ん?

 確かに、世界中に、“超帝国”の存在を臭わせる遺跡は存在するさ。

 誰が、いつ、どうやって作り上げたのかさっぱりわからない。

 そんな建築物の残滓―――ラムリアース帝国はその宝庫だな。テレビか何かのドキュメンタリーなんかで見たことあるだろう?

 あれだよ、あれ。

 物証“たり得る”ものは存在する。

 問題は―――だ。

 残された建築物が、どうやって造られているのか誰にも説明が出来ないことだ。

 何年、何世紀、何代にも渡って世界各国の建築家が解明に取り組んで、ことごとく失敗―――その解明については、建築学会ではもう、“ロマン”どころか“妄想”扱いされているのが現実だ。

 あまりに高レベル過ぎてわかりません。

 ……そういうことであり、これらと“超帝国”をつなげて考えるのは安易すぎるのだ。

 高度な建築物がそのまま世界を支配した一大帝国の存在にどうやって繋げられるんだ?

 いいかい?

 優れた建築物があれば、世界が支配出来ると思うか?

 あり得ないだろう?

 まず、世界を支配する一大帝国となれば、そこにはまず、世界各地をつなぐ情報と物流のネットワークが必要だ。

 人と情報の行き来が現代以上に容易でなければ、世界を支配することなんて出来るはずがない。

 ……もう、これだけで、超帝国が存在できないとわかるだろう? 

 電話も無線も、そもそも電力でさえ存在しなかった“はず”の有史以前、そんなものをどうやって構築し、維持出来る?

 不可能なのだ!

 世界統一政府であった“超帝国”?

 そんなものは、歴史と伝説の区別もつかない夢想家の戯言だと、一笑に付されるべき存在だ!

 ……とはいえ、誰も騎士や魔導師の存在を否定出来ないのは当然だ。

 過去の遺跡群と一緒にね。

 目の前に存在するモノを否定することは誰にも出来ないのだよ。

 ならば、その起源は一体?

 全てが謎だ。

 何もわからない。

 その謎を説明するために、“超帝国”という特異な存在を持ち出すのは、むしろ理にかなっている。

 かないすぎている。

 かないすぎているが故に、学者の多くは、私のように全てが方便だと考えるのだ。

 何故?

 楽だからさ。

 ……超帝国は、謎ばかりの古代史を語る上での方便にすぎないのかって?

 その通りなのかもしれないし、違うかもしれない。

 いずれなのかは、誰にもわからないことなのさ。


 ……ん?

 ああ、そうか、今は騎士と魔導師についてだったね。

 どうも脇道に外れていかんな。


 まぁ、騎士なんて君達自身がそうなんだから、一々説明が必要とも思えないがね……。

 一般常識上の定義としてはまぁ……。


 鉄板さえ貫く腕力と、時速数百キロで走れる運動能力を誇るなら騎士。

 魔法を自在に操れるなら魔導師。


 超人。


 そうまとめれば事足りる。

 だかね?

 こんな存在が生命体の通常進化の中で自然発生することがありえない。

 それはわかるだろう?

 はっきり異質……いや、異常だよ。

 その上、人類の進歩の過程において、どこで、どうやってそんな存在が生まれたか、誰にも分からないのだから尚更だ。


 それでも、そんな常人離れした力を持つ存在が戦場に投入されれば、どうなことになるかは、みんなはっきり知っている。

 ケンカや狩猟の延長線上の戦場が屠殺とさつ場に変わってしまうことをね。

 さて……ああ、キミでいい。

 キミ、戦争は好きか?

 嫌い?

 そうか。

 それは常識的な意見としては合格点だろうが、軍人の卵としては問題な意見ではないかね?

 いや、いい。

 キミの個人としての意見を封殺する権限も意志も私にはないからね。

 質問を変えよう。

 そんなキミがもし、国家で財政を担う立場なら、戦争にどんな意見を持つ?

 わからない?

 そうか……殺し殺され、破壊し破壊され、戦争が終わった後に残っているのは焼け野原と難民だけの戦争に利益があると思うかい?

 思わないだろう?

 戦いに見合うだけの利益が生まれないなら、誰も戦争なんてやらん。

 世界、特にヨーロッパの戦争に関する基本スタンスは、戦争を“利益にならない行為”として忌避している。

 彼らが戦争をするのは、結果が利益をもたらす時だけだ。

 そう、身内で殺し合っても利益は限られる。無駄にカネがかかる戦争より経済的闘争によって覇権を狙う方が良いに決まっている。

 だから、中世以降、ヨーロッパは大きな戦争を経験したことがない。

 臆病?

 そう見えるかい?

 戦争を避ける。

 その考えは、騎士や魔導士による絶望的な破壊を避けることに直結しているんだ。

 わかるかね?

 ヨーロッパ人が戦いを忌避する理由は、まさに騎士と魔導士のもたらす破壊力を知り尽くしているからなんだよ。

 全てを破壊し尽くす騎士や魔導士に暴れられるより、国家間の問題はカネか外交でケリをつけた方がマシなんだ。

 さもなければ―――共倒れの破滅しかないのだからね。

 ……何?

 騎士だろうと魔導士だろうと、そんな力があるものか?

 ……あるのさ。

 というか、あったんだよ、昔から。


 魔導師や魔法騎士が使う魔法を、爆弾として考えてみよう。


 ヨーロッパ独自の魔法科学―――欧州系魔法科学の進歩が頂点に達した16世紀の時点で魔法の破壊力はどれ程か?


 現在最新鋭の大型爆弾の爆発に匹敵する。


 お世辞でそれだ。


 たった一人の魔導士の、たった一発の攻撃で―――だ。

 考えただけでも、シャレにならないだろう?

 たった一人の魔導師によって城が吹っ飛んだだの、数名の騎士によって一度に千人の兵隊が斬り殺されただの―――そんな物騒な話はヨーロッパ史の裏を覗けばそこら中に転がっていることさ。

 そんな破壊を安易に使われてはかなわない。

 灰燼となった都市や切り刻まれた市民を欲しがる者はいない。

 ヨーロッパの安定と繁栄は、戦争を忌避する考えに支えられていたことを忘れてはならないよ?


 記述式のテストには出すから、この辺は覚えておくように。


 そして、中世以降、戦争も疫病もなく順調に繁栄したヨーロッパは、新大陸アメリカの発見する。

 アメリカの誕生だ。

 ヨーロッパ各国から集まったアメリカへの移民は、やがて新たな大陸に二つの独立国を生み出した。

 その主役は魔法に縁のない一般市民達。

 彼らが頼ったのは魔法ではなく、科学だ。

 誰でも知識があれば工夫次第でいろんなことが出来る一般科学の発展は、やがて大量生産、大量消費を前提とした産業の革命を生み出す。

 大量生産による安価な製品の市場への大量流入は、消費者にとってありがたいことの感じるだろう。

 実際、市場が安定していたヨーロッパは最初こそアメリカ産の安価で大量の製品を受け入れたが、すぐに後悔することになる。

 ヨーロッパという一つの市場でアメリカ産が売れるといは、ヨーロッパ側の製品が全く売れないことを意味するからだ。

 

 この問題の打開策は一つ。

 新たな市場を開拓し、そこに売りつけること。

 目をつけたのはヨーロッパ以外の国。

 不良在庫を捌くため。

 それが、ヨーロッパによるアフリカ、アジア侵出の理由だ。

 ところが―――だ。

 言葉もロクに通じない。

 商慣行も何もかも違う。

 そんな連中相手に商売が成り立つと思うか?

 そう。

 だから、連中は売るんじゃなくて、売りつける―――押し売りに出かけていったのさ。

 ロクに使ったことのない武力を振りかざしてね。

 ……よくやる?

 そう。

 よくやるのさ。

 なにしろ、ヨーロッパ人にとって肌が黄色かったり黒かったりすれば、それだけで人間じゃないのだから。

 人間ではない奴らにカネを使うなんてもったいない。

 そんな奴ら相手なら倫理は必要ない、そんな判断があったとさえ言われる。


 さて?

 彼等が恐れ続けた魔法と騎士は?

 当然、使われた。

 使いに使われた。

 その結果は?

 勝った?

 否。

 断じて否だった!

 大敗北だ!

 意外だろう?

 爆弾のような破壊をもたらし、千年以上渡って恐れられてきた彼等をして戦争に負けたんだ。

 あり得ないと思っただろう?


 ところが、事実だ。


 彼らを打ち負かしたのは、初めて接する自分たちの知らない世界の騎士と魔導士―――そして、魔法だ。

 ヨーロッパ人は何を勘違いしたか、アジア人には騎士も魔導師もいないと思っていたんだ。

 これがどっこい。いたんだよ。

 しかも、彼らの使う武器も戦法も全く違う、彼等の常識が通じない存在としてね。

 戦法も武器も何もかも違う敵を相手にどうなったって?

 莫大な犠牲が出た。

 本当に冗談抜きで、派遣した騎士どころか軍が全滅したなんて話もある。


 あまりの犠牲を前に、とうとう君主達は発想を切り替えた。

 戦いではなく、外交で懐柔する方向へと動いたんだ。

 有色人種の騎士達と魔導師を怖れつつね。

 表では「仲良くやりましょう。友達になりましょう」とかご丁寧な言葉で懐柔を心がけ、その背後では阿片と魔法薬、そして酒、そして疫病をアジアやアフリカにバラ撒いた。

 ヨーロッパの王侯は、アジアとアフリカを酒とクスリで手に入れたと言っても良い。

 そして一方で、この頃に発展したのが銃と大砲、その使い方だ。

 18世紀から19世紀初等にかけてのアジアやアフリカの植民地化はそんな長年の侵食と火力戦の昇華といえるだろうな。

 騎士や魔導士でどうにもならなかった戦いは、歩兵の持つ銃や大砲の普及と発展で状況が一変した。

 普通の人間が騎士や魔導士並みの攻撃力を手に入れたんだ。

 これは大きかった。

 清王朝末期に発生したアヘン戦争で、ヨーロッパ軍が清軍の騎士軍団相手に圧勝したのは、アヘンの汚染の他にも、火力を活かした戦法があってのことだと、はっきり言えるよ。


 それでは、そんな海外進出を強めるヨーロッパに対して、アメリカは何をしていたのか?


 最初は無視さ。


 彼らは自分達の国の開拓にだけ狂奔していた。

 他の国のことなんて、知った事じゃない。

 それが、当時のアメリカ人の基本的な外交姿勢だ。

 狂ったような経済の繁栄は、富の不平等を国内にまき散らし、貧富の差を理由にした暴動沙汰がやがて社会を狂わすようになる。

 数万人の餓死者を出したとされる穀物相場の大暴落―――後に“死の冬”事件と呼ばれた一連の大飢饉でさえ、元を正せば株屋の仕掛けた人為的なものだった。

 アメリカの労働者達がそんな現実を知った時には、アメリカは国内経済の8割を、たった一握りのエリート富裕層が握る世界になっていた。

 金持ちになる。働けば正しく報われる国―――アメリカ。

 そんな夢は、妄想でしかなかったと思い知らされたのだな。

 金を持つ者と持たない者。

 金を奪う者と奪われる者。

 富者と貧者。

 その違いは、やがて国を破壊へと追いやってしまう。

 きっかけは南部の開拓者となった移民への課税問題。

 富裕層への減税を認める代わりに、その穴埋めとして労働者の課税を強化すると、そんな税制改革が議会を通過したら、労働者が黙っていると思うかい?

 しかも、ねらい打ちにされたのは、特に南部の農業労働者だ。

 苦心惨憺して農場を作り、綿花、小麦、牧畜―――多くの面で農業輸出国にまで発展したのは、移民労働者達の努力のタマモノさ。

 彼らにして見れば、政府の増税なんて許せるものではない。

 それでも、増税が強行されるとなって、世論は大反発。

 終いには「アメリカ人の自由独立の侵害」として、労働者が多い南部では独自の政府を設立、合衆国からの分離独立する道を選択した。

 当時の合衆国政府と大統領は、これを止めることが出来なかった。

 富裕層の票と金にしか、彼らが興味がなかったのさ。

 南部独立によってアメリカ合衆国は分裂、歴史からその姿を一時的に消すことになる。


 その代わりに生まれたのは、北部アメリカ連邦、南部アメリカ連合だ。


 工業国家のアメリカ連邦。

 農業国家のアメリカ連合。


 面白いことに、この分裂の結果、アメリカは本格的な海外進出への道に進むことになる。

 連邦で歯車のように使われるのはイヤだ。

 俺も農場主になって裕福に暮らしたい。

 そんな移民が南部連合になだれ込むんだよ。

 「俺にも土地をくれ!」

 そう叫びながらね。

 ところが……わかるだろう?

 土地は有限だ。

 農業に適した土地となればなおのこと。

 土地を巡っての移民同士の争いが南部連合の政治的結束さえ崩しかねない危険にさらされた時、連合政府は移民を新たな植民地の土地を斡旋する方法で体よく追い出すことにするしかなかったんだよ。


 彼等が目をつけたのは中国大陸―――正確には中国の満州地方だ。


 アメリカ連合は、膨大な投資と引き換えに、清王朝へ満州に移民を送り込む植民計画を認めさせ、実行に移す。

 「満州開拓計画」と呼ばれる話だ。

 肝心なところは、この計画には、北米からユーラシアまでの移民ルート確保も含まれていたことだ。

 簡単に言えば、北米大陸からベーリング海峡、もしくはハワイ経由でユーラシア大陸へ移民船を送り込むための輸送ルートの開拓なのだが、その中継基地として白羽の矢が立ったのが、当時、鎖国を続けていた日本だ。

 満州の開拓を目指せばこそ、連合は日本に港を求めた。

 そのため、連合は海軍の艦艇―――俗に言う黒船―――を派遣して、日本を半ば無理矢理、開国に追い込んだのだ。

 ……まぁ、当時の日本人からすれば迷惑以外の何者でもなかったろうがね。


 南部連合政府が予想もしなかった事態が起きたのは、日本が開国してから数年後のことだ。

 彼らは全く知らなかったことだが、満州は驚くほど地下資源に恵まれた土地だったことが判明する。

 農業用として割り当てられた土地で石油や金を掘り当て、一晩で大金持ちに成り上がった開拓者の話は瞬く間に他の開拓者を魅了してしまった。

 農業を目指して移民した者達は、一夜にして山師に変貌し、山野を荒らし回り、そんな彼ら慕ってさらに満州には次々と移民が入る。となると、次に何が起きるか?

 産業の発展?

 人口増?

 違う。

 現地人との土地を巡る争いだよ。 

 地下資源が無くとも、農地でもいい。

 とにかく、金づるが欲しい。

 そんな移民達は手っ取り早い手段として、中国人の土地を奪い始めたんだ。

 それは確かに、移民による不法行為なのだが、連合はこれを非公式ながら支援したのさ。

 移民が中国人相手に使った武器弾薬の供給は、「移民の自衛」をタテマエに連合政府が行った。

 移民によって使われたのは、連合正規軍でさえ配備が進んでいない当時最新鋭のスナイドル銃だ。

 殺傷力は当時、清国人が手に入れることが出来た先込式マスケット銃を遙かに凌ぎ、清国政府からその使用が“虐殺行為”にあたるとさえ抗議させた曰く付きだ。

 連合は、こんなものを山師同然の移民達に配布して、近隣の中国人を殺しまくらせた。

 土地を手に入れるためさ。

 黄色い猿を殺して土地を奪え。

 そんなスローガンの元、移民志願者達は目の色を変えて中国大陸へ。

 彼らはスナイドル銃を手に満州の全てを蹂躙した。

 略奪、放火、暴行、虐殺―――その暴虐ぶりは、満州を狙うロシアさえ怯えさせた程だ。

 耐えきれなくなったのは清の方だ。

 彼らにしてみれば、ただ単に満州の土地を貸した、ただそれだけのはずなのに、それを物の見事に全てを連合に奪われた。

 だが、どうしようもなかった。

 武力抵抗は連戦連敗。

 サギというか、強盗というか、とにかく一方的な被害者の清国政府は、事実上、満州の支配権を喪失、その分割―――つまり、マンシューコロニーの独立を承認するしかないところまで追い込まれ、やがては“奉天会議”により、満州の独立を承認、その支配権を喪失することになる。


 もう、あとはやりたい放題だ。

 移民による収奪や虐殺によって地図から消えた中国人の村の数は千を超えるとか、犠牲者は一億をとするとか、推計とはいえ、その数は正視に耐え得るものではない。

 満州コロニー正式承認の時点でかの地に渡った移民の数は約2千万。

 やがて豊かな地下資源と農地に恵まれたコロニーは、後に連合経済の半分を担うまでに成長する。

 これに味を占めた連合政府は、進出の矛先を満州以外に向けるようになる。

 海賊問題を口実にフィリピンに侵出、これの植民地化にも成功し、開拓希望者を送り込んだ。

 悲惨なのは現地人さ。

 現地人、つまりは中国人とフィリピン人は、時に誘拐までされて農場に連行された挙げ句、奴隷としてコキ使われた。

 連合、つまりはアメリカの発展は、現地人の犠牲によって生み出されたと主張する者の意見は聞く価値はあると思う。


 さて、満州とフィリピンで生み出された資本がどう動いたか?

 資本家の懐を満たす以外の多くは、大西洋と太平洋を繋ぐ商業ルートとしてのパナマ運河建設に注がれた。

 現地住民を半ば強制動員した挙げ句、マラリアに疫病に事故に饑餓に暴動……屍をスコップ代わりにして掘ったようなものとさえ言われるこの運河によって太平洋と大西洋双方に製品を輸出が出来るようになった南部は、工業力の面でも北部連邦政府と対等な―――いや、それ以上の力を持つことになる。

 ……さて。

 パラダイムシフトとなるのが、1929年の世界恐慌だ。

 一部の噂と株屋のミスから始まった連鎖的かつ、経済史に残る株価大暴落は、瞬く間に世界中の経済を根幹から破壊してのけた。

 北部、連邦政府は自国経済立て直しのため、対外的には強硬姿勢を選択し、国内へ流入する輸入品に高率関税を課税、国内産業の保護に奔走。南部連合の製品は全面的にその狙い撃ちにあった。

 経済は専門分野ではないので割愛するが、この頃、国境線として利用されていたミシシッピ川の流れが変わったことで国境線の引き直しが必要になった。これを巡って対立が起きたのも、両国の関係を見る上ではまずかった。

 経済、外交で険悪な関係の中、メンツに関わる領土問題が加わったのだ。

 互いに威嚇や牽制のため、多額の国家予算が軍に投入され、著しい軍拡の時代へと突入する。

 南北のパワーバランスの天秤は狂いだし、最後には崩壊した。

 

 1938年12月8日朝の連邦軍による武力侵攻の開始がそれだ。

 事前通告無しに国境線を突破した連邦は、次々と連合の領土を侵していった。

 

 赤色戦争、もしくは北米大戦と呼ばれる世界初の大戦の始まりだ。


 なぜ赤色と呼ばれるようになったか?


 これは諸説あってよく分からないが、世界各国から集まった北部連邦支持派の各国派遣軍が共通の軍旗として赤い旗を用いたからだとされる。


 当初は国内戦争とみなし、自分の手を汚すことを嫌ったヨーロッパが重い腰を上げたのは、侵攻したはずの北部連邦が逆に敗北に敗北を重ね、最後には国土の3分の2を喪失した時点でのこと。


 放っておけばよかった?


 そうはいかないのだ。

 もし、連合と連邦が再び一つの国家となれば、強力な国家となることは自明の理だ。

 自分達を脅かす強国をヨーロッパは嫌った。

 開戦の理由はどうであれ、世界は連邦を支援する。

 理由?

 連合は強すぎた。

 経済的にも、軍事的にも、そして、人種差別の面においてもね。

 満州やフィリピンその他での連合による現地住民虐殺は常に強い国際批判を浴び、同時に、恐れられていた。 

 連合の暴虐の仲間と見なされることをヨーロッパは恐れ、アジアやアフリカ各国は、連合に虐げられることを恐れた。

 だから、世界は連邦を支援する。

 ……まぁ、大まかに言ってだよ?

 実際、ヨーロッパ各国でも中立を宣言したり、裏では連邦を支援した国もあるんだから。

 調べてみれば、国際政治のずるさをはっきり思い知ることが出来るのが、この戦争だ

 なお、戦争の終結は1945年の8月15日、終戦協定はサンフランシスコ湾上の戦艦“武蔵”艦上となっている。

 

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