水中花
「何、俺が風邪拗らせてる間にそんな修羅場になってんの?」
マスクを顎にかけてエナジーゼリーを啜りつつ井田ちゃんが目を丸くした。あの一件から俺は浩太ともぎくしゃくしていたが、さらにクラスでなんとなく腫れものみたいな扱いになってしまい昼飯を食う相手がいなかった。ちょうど当日休んでいた井田ちゃんが復帰し、今日は珍しい組み合わせと相成ったわけだ。俺は購買で買ったツナサンドをもそもそと食べ、ここ数日のことを愚痴っていた。
「拗らせてたんだ。いや、修羅場っていうか、なんというか……」
「俺二人の漫才見るの好きなんだよ、勝手に解散しないで」
「コンビ結成した覚えもねえよ」
いつから漫才コンビにされてたんだよ俺たちは。
「向いてるよ」
「どっちがボケ? やっぱミヤ?」
「ん、両方ボケいけるって。笑い飯型だ。ま、それは冗談にしてもさあ」
ずごごごごと音を立ててゼリー飲料の容器をへこましてから、井田ちゃんはいくつかの薬を机に並べる。拗らせたのマジなんだなあとぼんやり見てたら額を小突かれた。
「どうすんの」
「どうするって、どうしようも」
「もう運命は助けてくんないよ。少なくとも今のままじゃ。イヤなんでしょ、このままってのも」
「そりゃ、気持ち悪いけど……あと運命ってほどじゃ」
「運命だよ、示し合わせてもない高校での再会なんて。でもそれに甘えてたら、そりゃそうなる」
俺はぐうの音も出なかった。ずるずるともうとっくになくなったいちごオレを啜る。
「真辺って割と色々ずけずけ言うくせに、宮野にはわかってくれるからって黙っちゃうとこあるでしょ」
「……」
「ないの分かってるからね、そのジュース。あのさあ、もう俺たちも来年度には選挙権もらえるんだよ」
「何の関係があんのさ」
「大人になるんだよってこと。ガラスの水槽から外を見てる時間はおしまい」
「詩人みたいなこと言うね、井田ちゃん」
「暇すぎて姉貴の持ってた詩集ずっと読んでたからかも」
「影響受けんな」
「あっはっは。まあ、実際息苦しそうな顔してんだもん、真辺。もういっそ、勢いのまま大暴れしてガラスなんて割っちゃえば?」
軽く言いやがって、というのは最後少し残ったツナサンドのかけらと一緒に飲み込んだ。井田ちゃんは、頭がいい。だから正しいってこともないんだろうけど。それでも俺は、多分井田ちゃんを待ってたのだろうから。
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