神隠し

 その昔、捜索願を短時間だが出されたことがある。


「あの時はびっくりしたよ」


 母さんは新聞の三面から目を上げずに言う。


「パートから帰ってきたら家の中に誰もいないし、近所の人総出だし、お父さんも帰ってきたし」


 子どもの行方不明事件が報道されると大体蒸し返される話題だった。俺は耳を塞ぎたくなるのを押さえつつ、すみませんでしたねと薄っぺらく返すのが恒例になっている。


「ホント、この子もあんたみたいにひょいっと見つかったらいいね」


「さらわれたって、そんなすぐ考えるかね」


「小二が校区の外までほいほい歩いていくなんて思わないじゃないのよ。アケミちゃんから電話があった時、どんだけほっとしたか」


「はいはい、すんませんって」


 テレビをつけるとワイドショーがやっていて、当時の俺と同じ年の男の子の写真が出ていた。青いキャップがよく似合う、かわいらしい顔の子だ。無事だといい、当時の俺みたいにただ友達に会いに行っただけの小旅行であればいい。




 もう十年近くも前の話になってしまったが、小二の時に校区外まで一人でとぼとぼ歩いていって迷子になった。母さんは俺が行方不明になったと大騒ぎして、片道一時間半かかる職場から父さんを呼び戻したり警察に電話したりしていたのだという。

 それで俺はというと、ある神社の境内で座り込んでいたのを浩太に見つけられていた。たまたまだよとあいつは言っていた。

 その頃の俺は教室の中でうまく立ち回れず、放課後も遊ぶ友達がいなかった。いつも一人でテレビゲームをしながら母さんが帰ってくるのを待っていたような小学生だった。

 あの日はたしか部屋の電気が切れてしまったのだ。それがひどく心細くて、真っ先に思い出した幼馴染のところに行こうとした。その頃は携帯電話なんて持ってなかったし、メモを残して行くなんてことも思いつかなかった。幼稚園頃の記憶をもとに夕暮れが迫る道をとぼとぼ歩き、案の定道に迷ったのだ。それからしばらくうろうろした挙句、疲れ切って幼稚園の頃に遊んだような記憶があった神社に迷い込んだ。座れるんじゃないかと思ったのだった気がする。

 ずいぶんと経って、寒くなってきたな、どうやって帰ろうかななんてそんなことを考えていた時だった。りゅーくんと聞き覚えのある声で呼ばれたのは。顔を上げると鞄を肩に提げた浩太が手を振っていた。


「なんでいるの?」


 鳥居をくぐっててこてこ寄ってくると、浩太は俺の隣に座った。俺は何と言ったもんかと幼いながらに悩んで、遊びに来たと言った。


「えっと、こーたとあそぼうと、思って」


「おかあさんは?」


「しごと。こーたはなにしてたの」


「ピアノ行ってた」


 それから浩太は一緒に帰ろうかと俺の手を引いてぐんぐん歩き、俺を宮野家に迎え入れた。それに驚いていたのは浩太の母親だった。俺にあったかいココアを出してくれるのは忘れなかったが、慌ててうちに連絡を入れていたのだとあとから知った。

 チャリンコを飛ばしてきたうちの母さんに浩太はたまたまだと言っていた。たまたま神社の前の道がピアノ教室の行き帰りに使う道だったんだと。




 思えばそんな偶然ばっかだった。偶然の積み重ねで高校でまた一緒になった幼馴染。偶然って、作ったらもう偶然じゃないのだろうか。そんなことを誰に聞こう。テレビではまだ、行方不明の事件を取り扱っていた。

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