引き潮
「めっちゃ仲良いよな、宮野と真辺」
そんなことを言い出したのは高橋だった。隣で川原がうんうんと頷く。こいつら五限寝ててまだ起きてねえのかな。俺はなんじゃそらと言いたいのをこらえてそうかなととぼけた。
「そんなことないだろ、普通だよ」
「毎日一緒に帰るし」と川原が謎に食い下がった。
「帰る方向一緒なんだからそうだろ」
「いや、なんかさあ……」
高橋はじっと俺を見つめて、三秒くらいためた。殴ってやろうかとちょっと思ったが次の一言でそんなことは全部吹き飛んだ。
「デキてんの?」
「いっ、はぁ!?」
「ほらお前はまだ俺らとかいるけど、宮野って交友関係謎いし。んで真辺ばっかだし。お前のこと下の名前呼びだし」
「今日も一緒に飯食ってたし」
「いや飯くらい食うだろ! 何でそうなる!?」
「いやー真辺顔でモテるのに中身残念すぎて結局彼女いねえし、そっちいったかなーと」
「宮野も宮野で女子振りまくってるって噂じゃん」
「おっま……んなことわけあるわけねえだろ! あいつはただの幼馴染! 変なこと言ってんじゃねえよ!」
「えーそれにしてはさあ」
「えーじゃねえよ気持ち悪ぃ想像しやがって! ふざけてんのか!」
立ち上がった勢いで椅子がけたたましい音を立てて倒れた。そのまま高橋に詰め寄って胸倉に掴みかかりそうになるのを、あとちょっとのところでこらえる。周りの視線が集中しているのが嫌でもわかる。俺の大声に引いたのか、よっぽど俺がとんでもない顔になっているのかは分からないが、高橋と川原の顔が明らかに引きつっていた。
「あー、あー……悪い、悪かった、というか真辺」
「あぁ!?」
「宮野来てる」
そう言って高橋が教室の前のドアを指した。遠巻きに俺たちを見る女子や寝てるふりでこっちに目線をやってる奴の向こうに浩太の姿があった。なんだかひどく遠くにいるように感じて気持ちが悪い。それでも浩太の真っ黒い目はじっと俺を見つめていた。俺は思わず視線がぶつかったのを打ち消すように目を逸らす。
「隆太」
浩太はいつもなら気にせず机の近くまで来るくせに、ドアのところで立ち止まったまま俺をの名前を呼んだ。遠くにいる気がしたのに、その声は嫌にはっきり聞こえた。
「……何」
「いや、古典の教科書」
「え、あ、ああ、わり」
慌てて机から浩太の教科書を探し出し、それを持ってドアに寄る。浩太はいつものようにしっかり俺を見ていて、それを知りながら俺は教科書と手だけを見ていた。
「隆太」
「悪かったってば!」
「ごめんね」
浩太はそう言うとすっと俺の手から教科書を抜いた。俺は何も言い返せなかったし、引き留めることも出来なかった。
耳の奥でさあっと血の引いていく音がした。心がざわざわして今にも全身を掻きむしりたくなる。気持ち悪い。それと同時に、頭の中で疑問の声がこだまする。
なんで?
ごめんって、何が?
ぐるぐるとはてなマークが脳みその中で回っている。目が回っていくような感覚、遠くでチャイムが鳴っていた。その音が体の中で反響する。空っぽだ、空っぽになっていく。俺の中がはてなマークの形で穴空きになっていく。
何呆けてんだって教師に背中を叩かれて、俺はドアの前で立ち尽くしていたことに気が付いた。教室中の目が俺に向いていた。ああくそ、何だってんだよ、本当に。
その日の放課後、最終下校のチャイムまで待っても浩太が現れることはなかった。
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