第50話 “エデンの雷神”激昂ッ!

 知恵の翼ヴァイシィト。そして“エデンの雷神”レイヴィニール。

 三代代行の一翼と第一級天使の両方が出張ることの異常さ。

 だが、それを言うのなら、シエルたちも同じことである。


「相手は知恵の翼とレイヴィニール。相手にとって不足なしですね」


 ヴァールシアは双剣を油断なく構えた。それに合わせてクリムたちも武器を構える。


「オルフェス。ここからは人外の戦いです。貴方は――」


「下がってろ、なんて言葉は無しですよ。これがウィズのためになるのなら、私は全力で倒します」


 既にオルフェスは不退転の決意であった。

 これも全てはウィズのために。彼への気持ちのみで生物の枠を超えた“突破者”にまで至れたのだ。

 ヴァールシアは口を閉じた。これ以上は野暮だということはよく分かっていた。せめて彼女に重傷を負わせぬように――これだけはヴァールシアの中で決めていた。


「ヴァールシア、それにみんな。ヴァイシィトは私に任せて」


 シエルの言葉に異議を唱える者など誰がいようか。

 現状、この空間において、知恵の翼に対抗できるのは心の翼のみ。

 たとえ、第一級天使の中でも精鋭であるヴァールシアとクリムが連携したとしても、勝算は限りなく低い。


「分かりましたシエル様。ならば我々はレイヴィニールを鎮圧します」


「ったく、勝手に決めてんじゃないわよ。ねえレイヴィニール、ほんとにやる気? 戦力差見えてる?」


 クリムがそう言うのも無理はなかった。

 第一級天使が二人、第二級天使が一人、そして戦力になるか怪しいが“突破者”が一人。

 戦力差は絶望的と言って良い。しかし、レイヴィニールはイヒヒと笑う。


「ウチが何の用意もしてないと思ってんなら、大間違いだし」


 長柄の戦斧を天高く掲げるレイヴィニール。

 直後、天空から滝のような稲妻が落ち、彼女を飲み込んだッ!



「充電完了……! 知恵の翼様から力を頂いたウチは最強だしッ!!」



 レイヴィニールの全身から電気が迸っていた。サイドポニーの黄色い髪が逆立っている。

 ヴァールシアとクリムはほぼ同時に、彼女に秘められた力を看破する。


「あーあ、軽口は叩くもんじゃないわね」


「クリムの責任、ということでよろしいでしょうか?」


「ざっけんな。アタシは何も悪くないわよ」


 話についていけないイルウィーンとオルフェスは互いに顔を見合わせる。

 

「あの、ヴァールシアさん。あの方は今、どんな状態なんですか?」


「……オルフェス。今、レイヴィニールは知恵の翼から力を借りている状態です。見てくださいあの戦斧を」


 レイヴィニールの戦斧から神話的戦慄が迸るッ!!!

 それは単純に近づけるものではなく、相応の覚悟が求められる。

 天使たち、動ける。オルフェス、動けずにいた。


「圧倒的戦力…ッ!!!」


 オルフェスは相手の力量を正確に見極める力があった。

 故に、今眼前に立つ“エデンの雷神”がひどく恐ろしく見えた。


「――道理で、ビビるわけだ」


 正直に言おう、足がすくむ。

 正直に言おう、腕が震える。

 正直に言おう、逃げ出したい。


「けどねウィズ、私は戦う」


 だが、それがウィズへ愛を示すことへの障害になるかといえば、そうではない。

 むしろ、やる気が出てきた。


「さってと。やりますか、今の私はまず負けない」


「いい心がけです」


 ヴァールシアは地を蹴り、空へ舞い上がる。


「ふざけんなぁァァァ! アンタ一人で行かせるだなんて無礼、許される訳がない!!」


「痴話喧嘩なんて寒いだけだしッ!」


 ヴァールシアに合わせるように、レイヴィニールも飛翔する。

 二人が交差するその瞬間に、凄まじい衝撃が走った。

 ヴァールシアの双剣とレイヴィニールの戦斧が衝突したのだ。


「レイヴィニール!!」


「ヴァールシアァァァァ!」


 二人は無意識に互いの名を呼んでいた。


「アタシを無視するなぁァァァッ!」


 空中戦をただ、指を咥えて眺めているだけのクリムではない。

 一方、ヴァールシアとレイヴィニールの空中戦は激しさを増す。ヴァールシアの双剣による斬撃を、レイヴィニールは全て弾いてみせた。

 意趣返しとばかりに、レイヴィニールは戦斧を縦横無尽に振り回す。それを紙一重で避けていくヴァールシア。


「ウチはね、ヴァールシア。アンタが第一級天使最強だという認識があるからこそ、確信できる。アンタ、手加減してる?」


「まさか。“エデンの雷神”が繰り出す攻撃にしては、遅いがすぎるなと思いましてね。そちらこそ、手加減しているのでは?」


「ウチはそんなことしないッ! これが全力だしッ!」


 レイヴィニールは渾身の一撃をヴァールシアに放つッ!

 しかし、ヴァールシアはそれをいともたやすく弾き返した。


「レイヴィニールッ!」


「クリムッ!!! ウチの邪魔をしてくれるなし!!!」


 咆哮とともにクリムの双槍がレイヴィニールへ繰り出される。彼女はそれを戦斧で防ぐも、勢いを殺しきれず、後方へと吹き飛ばされてしまった。


「ああああああ、もう! 強い! 強いしお前ら! だからウチ、楽しくなってくるんだしッ! 第一級天使に感情は不要ッ! ただ三代代行の力になれればいいのに!!!」


 レイヴィニールは戦斧を振り回し、防風を巻き起こしたッ!!

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