第49話 開戦、神話のタイマンッ!

 ヘヴンズエントランス。

 そこはエデンと下界を繋ぐ場所へ至る最奥。

 ウィズはそこへ向かっていた。

 ここに来るまでの極寒は何だったのかというほど、ウィズの足元には生命が溢れている。


「名前も知らない花だ。だけど、ちゃんとそこに“ある”。あんな、全ての生命を凍えさせる地を越えた場所とは思えないな」


 寝転がればきっと熟睡できるだろう。天然の布団が敷き詰められている。

 目的地は近づくたび、ウィズは全身に重りがのしかかってくるような感覚を覚えた。

 ――いる。間違いなく。奴が、力の翼がッ!

 圧倒的戦気がまるで蜘蛛の糸のように彼の体に絡みつく。そのまま足を止め、後退することもまだ許されるのかもしれない。

 シエルたちを待ち、万全の状態で力の翼を倒す。そんな手段も一瞬だけ彼の頭をよぎった。



「力の翼ァァァァァァァッ!!!」



 光が降り注ぐ広間。前方にはまるで階段のように浮かぶ光の塊。

 ここが最奥の間なのだと、ウィズは直感で悟った。



「タンパク質ごときが俺様の名を呼ぶんじゃんよォォォッ!!!」



 天空から黄金の翼が舞い落ちる。

 その方向を見ると、力の翼がゆっくりと高度を下げてきた。

 力の翼がウィズを見下す。


「来やがったな。小便撒き散らして逃げ出すんじゃねえかと思ってたわ」


「そっちこそ僕にビビりちらして、その翼の中に隠れていると思ってたから安心したよ」


 次の瞬間、ウィズは一瞬視界が真っ暗になった。


「おいおいおいおいおいおいおい! 俺様が少し殺気を投げただけでなんてザマだよぉ!? もぉーー少しやる気っていうものを出してもらえませんかねぇ!?」


 謎の異常の正体は、力の翼による殺気だった。

 化け物、という言葉だけでは全く説明が足りない。人外の領域。そもそもこうして相対している時点であり得ない事態。

 それでもウィズはその右手を突きだす。彼の手から、単純な魔力光線が放たれたッ!


「ほおおおん」


 その辺りの上級魔法など比較にすらならない光線は、力の翼が左手を軽く払うだけであっけなくその軌道を逸した。

 戦闘は大した口上もなく、始まった。


「力の翼ァッ! 僕は貴様を倒すぞッ!」


「囀りがすごいですねぇクソゴミカスの虫もどきがよぉッ! 首から下切り離して、俺様のインテリアにしてやるよぉぉん!」


 ウィズが動くのに対し、力の翼は腕を組み、仁王立ちをしている。

 ――力の翼がどういう攻撃をしてくるのか、全く読めない。

 ウィズは最大限の警戒のもと、立ち回っていた。

 〈バニシング・シューター〉で攻撃をしてみるが、力の翼が持つ黄金の大翼は白色光線を全て防ぎ切る。


「守りが堅い……!」


「当たり前ちゃんよオラァ!」


 力の翼は右手で十字を切る。

 瞬間、巨大な十文字の光の刃がウィズへ降り注いだッ!


「光の十字架!」


 ウィズは右手を掲げる。瞬時にその手を中心に防御フィールドが形成された。

 上級魔法を何百発と防ぐことが可能な防御力を秘めた結界。だが、光の十字架が触れた瞬間、ウィズはその驕りを思い知らされる。


 閃光。爆発音。その後、ウィズは宙を舞っていた。


「一瞬……! 一瞬で僕の防御が粉砕した……!?」


「ただの人間サンが作ったモンなんぞ刹那で撃破なんだよなぁ! ほうら近くに寄るぞ!」


「うっ……!」


 気づくと目の前に力の翼が立っていた。

 逃げようとしたが時すでに遅し。力の翼はウィズの首を掴んでいた。

 例えるなら万力だ。ビクともする気配がない。


「ハハハハハハ! 容易いなぁ! 虫取りだよなこれ! オイ!」


「……く、く」


「あん? 何がおかしい?」


 途切れそうな意識を精一杯保っていたウィズが笑っていた。

 彼は待っていたのだ。天空にいる力の翼がこうして地上に降りてくるのをッ!


「まずはワンパンチ入れさせてもらうぞ……!」


 ウィズと力の翼の間に〈フォトンリング〉が発生。その数、三千ッ! ウィズの胸から放たれた魔力弾は、可能な限り薄く細く構成された魔力リングを通過ッ! その威力を倍加させていくッ!


「ご、っおおおおお!?」


 発射から着弾までコンマ秒ッ! 力の翼が気づいたときには、魔力弾が体の中心にめり込んでいたッ!

 力が緩み、弾き飛ばされる力の翼。その隙を逃さぬウィズは即、離脱を行った。


「……ほお」


 ぽっかりと穴の空いた胸部をため息交じりに見つめる力の翼。穴の縁をなぞりながら、力の翼はウィズへ笑いかける。


「やるじゃねえかタンパク質。この俺様に傷をつけられたのかよ。第一級ですらだいぶ苦労すんのによ」


「当たり前だ。スローライフを手に入れるためなら、お前に傷をつけるくらい大したことはないぞ」


 力の翼は小首をかしげた。


「その“すろーらいふ”ってのは何だ? それがお前の戦いの原動力なのか?」


 少し頭が冷えたのか、力の翼の言葉に苛烈さはない。無視してウィズが攻撃に移ろうとした瞬間、彼は続けた。


「慌てんな。小休止ってやつだ。どうせこの戦いはそんな長くねえ。最初で最後の時間くらい楽しもうぜ」


「イカれてるのか? 急に冷静になりやがって」


「俺様は俺様に傷をつけた奴をちょっぴり評価する。それだけだ、さっさと答えろ。“すろーらいふ”ってのは何だ?」


 答える必要はない。このまま戦闘を続行しても良い。

 だが、ウィズは自分でも分からないまま、答えていた。


「スローライフってのは、適度な平穏の中に身を委ね、更に己を高めていく生活のことだ」


「平穏がか? 己を高めんなら戦いだろ戦い。とにかく戦いだ」


「分かってないな力の翼。何事も息抜きが大事なんだよ。それに、戦いだけで己を高められると思ってるのなら、それは大きな間違いだよ」


 ウィズは両手を広げた。まるで舞台役者のように、少し大仰にこう続けた。


「僕はスローライフを求める。お前を倒して、やること全て終わらせたら、のんびりとスローライフを送ってやる」


「死んだ方がゆっくりと出来るんじゃないですかねぇ?」


「それも有りかもな。けど、お前を倒した後に飲むワインは美味そうだからそっちを優先したい」


「オーーーーーーーーーーケイ! なら第二ラウンド開始だなぁ!!!!」


 それを合図に、ウィズと力の翼の攻撃がぶつかり合うッ!

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