第48話 立ちはだかる最大の壁ッ!

 長い藤色の髪、背には白銀の大翼、そして医療用の白衣を纏っていた。翼さえなければ、敏腕の女医者にしか見えない出で立ち。

 そう、我々は知っている! その者の名をッ!


「全ての智とはつまりお姉さんの事。そう、お姉さんこそが三大代行が一翼、知恵の翼。ここに舞い降りたわ」


「知恵の翼……!」


「そこの貴方は……。あぁ、思い出した。ウィズ・ファンダムハイン君ね。そして――」


 知恵の翼ヴァイシィトは目だけを動かし、メンバーを把握する。


「初めましての人間。第二級天使イルウィーン。第一級天使ヴァールシア、クリム。そして――三大代行が一翼、心の翼シエル」


「豪華なメンバーね。それで貴方達は何の用で、このヘヴンズステップへやってきたのかしら?」


「力の翼と決着をつけに来た。そこをどいてくれ」


 ウィズがそう即答すると、知恵の翼は笑い声をあげた。


「すごいわね! お姉さん、そんなこと言われたのいつぶりかしら!」


 ひとしきり笑うと、知恵の翼はウィズを見つめる。


「シエルが……心の翼がいるからこそ出る言葉なのかしら?」


「そんな訳があるか。これは僕とあの力の翼の喧嘩だ」


「へぇ?」


「僕が死んだら、シエルに敵を討ってもらうつもりだけどな。それでも僕が死ぬその瞬間までは、この喧嘩を誰にも渡すつもりはない」


「不遜ね。厚顔無恥とも言うのかしら。貴方は自分の力量を知らず、そういうことを言えるのよ」


 ため息交じりに知恵の翼はこう断じた。



「身 の 程 知 ら ず と い う 言 葉 は 知 っ て い る か し ら ?」


「知 ら な い 言 葉 だ な」



 ウィズは一歩も退かなかった。

 もとよりヘヴンズステップへ来た段階で、尻尾巻いて逃げ出すつもりなど微塵もない。

 彼の中では、既に知恵の翼との戦闘に備えていた。


「お姉さん、人間のそのたまに出る傲慢さ、好きじゃないのよ」


「光栄の極みだな」


 ウィズは内から魔力を生成していく。いついかなるときに攻撃が来ても、即座に対応するためである。

 そんな彼を見て、知恵の翼は一歩前に出た。


「やる気なのね。でも良いのかしら? お姉さんはそう簡単に倒せる女じゃないわよ。それに」


 知恵の翼はこう続けた。


「力の翼は消耗した状態で倒せるほど、優しくはないわ。そもそも、十全の状態で戦っても無謀」


「やってみなきゃ分からないだろうが」


「ウィズ」


 シエルがウィズの服の裾を引っ張った。


「もう少しだけ、話を聞いてあげて」


「話を聞くだと? 敵の話なんて――」


「もうちょっとだけ、ヴァイシィトの話を聞きたい」


 知恵の翼の視線はシエルへ向けられた。


「優しいのねシエル。そんな貴方にも確認しておきたいわ。貴方のその雰囲気、封印を解除できたのね」


「うん、ウィズがやってくれた」


「そう……なのね」


 その時、ヴァールシアは確かに見た。知恵の翼の表情が一瞬だけ悲しげになったのを。


「シエル。貴方はエデンの中でも異質の存在よ。お姉さんをはじめとする、他の天使とは明らかに違うモノを持っている。それが何か分かるかしら?」


「……分からない。教えて欲しい」


「ソレよ」


 そう言って、ヴァイシィトはシエルの胸を指差す。天使の中で、ヴァイシィトだけがそれを“知っていた”。

 シエルが三大代行最強といわれるその秘密を。

 それは人間ならば、誰もが持っているモノで。


「心の翼。その名の通り、貴方には心がある。悩み、憂いて、優しくできる心が」


 白銀の大翼が大きく開く。

 ヴァイシィトの視線はシエル以外の天使たちへ向けられる。


「エデンには貴方が必要よ。私たちが無感情な人形たちになっていないのは、きっと貴方がいたから」


「違うヴァイシィト。私は一人じゃ何もできない。貴方がいつも、私のそばにいてくれたから」


「……ふふ。貴方、やっぱり良い子ね。お姉さん、シエルのこと本当に好きよ」


「私もヴァイシィトのこと好きだよ」


「そ、ありがと」


 目を閉じ、噛みしめるようにシエルの言葉を聞いていたヴァイシィトは、目を見開いた。

 

「人間ウィズ・ファンダムハイン」


「何だ」


「特別に通してあげる。行って、力の翼に滅されると良いわ」


「ヴァイシィト、君は……」


 ウィズは拍子抜けした。

 徹底的に邪魔してくるかと思えば、なんともあっさりとした結果。

 彼はつい直感で喋ってしまった。


「君は敵なのか? 味方なのか?」


「ナンセンスな質問すぎてお姉さん、逆に笑っちゃった。そんな簡単な話じゃないのよ」


「でも君はシエルに気を使っている。それは今だけじゃなくて、ずっと前から」


「あんまり分かったようなことは言わないほうがいいわよ。……早く行きなさい。ありえないだろうけど、力の翼を倒せたらご褒美あげちゃう」


「それなしっかり用意しておいてくれよ。僕は必ず力の翼に勝つ」


 ヴァイシィトを横切り、ウィズは走って行った。

 ヴァールシアたちもそれに続こうとした、その時ッ!


「まーつし。アンタらが通るのは許可されていないし」


 彼女たちを遮るように、雷柱が何度も降り注ぐッ!


「知恵の翼様の右腕、レイヴィニール様の登場だしッ」


「……レイヴィニールですか」


 “エデンの雷神”レイヴィニールが長柄の戦斧を握りしめ、ヴァールシアたちの前に立ちはだかるッ!

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