第47話 そこは決戦の地ッ!

 ウィズたちがヘヴンズステップへ進軍している頃、エデンでは力の翼が怒り狂っていた。


「おいおいおいおいおいおい! 今更考えたら、何でこの俺様が下等生物たちのために時間作ってやらにゃあならんのだ!?」


「が……ごぎ」


 第二級天使はボロ雑巾のように倒れていた。彼女はあまりにも不幸だった。たまたま力の翼と一刹那、目が合っただけで、“ストレス解消”に選ばれた。

 ありとあらゆる傷が第二級天使に刻み込まれていた。一瞬で首を切断されたほうが、まだ有情だと言えるほどに。

 そんな哀れな天使へ、力の翼はゆっくりと近づき、手をかざした。


「ほらよ」


 力の翼の手のひらから光が放たれた。光は第二級天使を覆い、みるみるうちに傷を癒やしていった。

 いきなりの行動に、第二級天使は完全に混乱していた。


「これ……は?」


「テメェの傷を癒やしてやったんだよ。どうだ、痛みは引けたか?」


 先程までとは全くの別人。微笑みを浮かべ、第二級天使を立ち上がらせる。


「痛みは引けたかって、聞いてんだよ。どうだ?」


「は、はぁ……痛みは引けました。ありがとう……ございます」


 まだ完璧に回復はしていないが、第二級天使はそう答えた。これ以上、変なことを言って、再び怒らせる前に去りたい。彼女の頭にはそれしかなかった。


「そ、それでは私は――!?」



 第二級天使の全身に、この世の言葉では言い表せない激痛が走った。



「ぐ――!?!」


 力の翼の右手には光で束ねられた棒が握られていた。その棒はただの棒にあらず。

 斬打突を同時に与えられる神話的武装ッ!

 そして振るい手は力の翼ッ! 一秒で一億回のダメージを与えることなぞ、容易たやすいが過ぎるッ!

 第二級天使は、既に五億回絶命するほどの傷が刻み込まれていた。


「――――!?!?!?!?」


 せめて発狂出来れば、第二級天使も幾ばくかの救いがあっただろう。しかし、天使に発狂は許されない。


「ハハハハハハハハハ! 俺様の鬱憤が晴れていくぜぇぇぇ! ありがとうよ肉サンドバッグちゃんよォォォォ!」



 蹂躙は六時間続いた。



 ぴくりとも動かなくなった第二級天使を見下ろしながら、力の翼はワインを一息であおった。


「タンパク質共の作るモンでも、まあまあマシなもんがあるよなぁ」


 グラスを適当に投げつけた力の翼は、骸となった第二級天使を蹴り飛ばした。彼の目にはもはや、その辺の埃と同じ程度にしか映っていなかった。


「さぁて俺様の気分は最高潮に良くなった。後はあいつ……心の翼との決着をつけなきゃいけねぇ」


 目を閉じた力の翼の脳裏に映るのは、あのエメラルドを思わせる髪を持つ少女。


(この俺様が何億回戦っても届かねえ女。力を司るこの俺様が、その力でどうにもならねえ相手)


 今この瞬間、イメージトレーニングをしても、勝てる未来が見えない。

 ――力を封じた状態ですら。


「ありっえねえだろうが!!!」


 力の翼が足に力を込めると、床が全て破壊され、彼は落下する。

 自由落下の中で力の翼は、己の怨念を口に出した。


「俺様は俺様の負けが許せねぇ!! 俺様の辞書にあってはならねぇ言葉ァ! それは敗北だ!!」


 黄金色の翼が大きくはためいた。次の瞬間、力の翼はもうそこにはいない。



 ◆ ◆ ◆



「ああああああ!!!」


 ウィズは今、凍死するかどうかの瀬戸際に立っていた。

 常に吹雪が吹きすさぶ大地。これはヘヴンズステップへの玄関。一瞬でも気を抜けば、全身が凍ってしまう。

 ここでの立ち回りを理解している者は、やがて体温保持をするための魔法を行使する。しかし、その考えを出来る者は限られている。皆、極寒の中で判断能力を奪われていくのだ。


「危なかった……一気に僕の氷像が出来上がるところだった」


「えー? ウィズ、ひ弱ね! でもそこが好き!」


「なぁオルフェス、君大丈夫なのか?」


「え? これぐらいなら全然平気だよ?」


 オルフェスの足取りは軽やかで、まるで草原でピクニックをしているようなペースだった。

 彼女に体温保持の魔法は掛けられていない。なので彼女は現在、ただの身体能力のみで行動していた。


「……寒くないのか? 指がかじかんでいるとか、そういうことは?」


「んーこんな感じかな?」


 オルフェスが剣を握り、数度閃かせる。すると剣風が吹雪を切り裂き、一瞬“無風地帯”が出来上がった。

 体が冷えていれば、こんな精妙な振りはまず不可能だろう。

 その結果を受けた上で、ウィズは断言する。


「君、人間か?」


「ウィズが大好きな人間だけど?」


「……」


 無言でヴァールシアに助けを求めるウィズ。すると彼女は冷静にこう言った。


「ヒューマンの粋を超えた肉体スペックだと思います。ウィズ、あなたも“突破者”なのですから、体温保持魔法などという甘えに頼るのは……」


「無理筋を言うなッ! あれはオルフェスがイカれているだけだ! 僕なんてこの魔法を解除したら刹那で死ぬ!」


「死んでも私、救命活動頑張るけど……」


「死ぬことがあり得る時点で議論に値しないッ! あぁもう、さっさと行くぞ!」


 

「あらあら。いいやる気ね。お姉さん、褒めてあげたいわ」



「こ、この声はァァァァッ!?」


 ウィズはこの声に聞き覚えがあったッ!

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